茜と葵の大暴走
わたしと杏たちが手塩にかけて作った料理は、大好評だった。
「ローストチキンうめぇアカ!! 肉汁が嚙めば嚙むほど溢れてくるアカ!!」
中でも特に人気だったのは、閻魔様のオーブンがフル稼働したローストチキン。ナイフで切れ目を入れるとじゅわっと溢れる肉汁と、鼻腔をくすぐる爽やかなハーブの香りは、一度食べたら病みつきになる一品である。
「オイラはチーズ入りの巻き寿司が最高アオ!! はあぁ、チーズ。オイラ世の中にこんなうめぇもんがあるって、ずっと知らなかったアオ!」
二番人気は葵もメロメロのクリームチーズ入りの太巻き。日本だといわゆる〝カリフォルニアロール〟と呼ばれている巻き寿司だ。
以前お試しで作ってみたところ、すっかり葵はクリームチーズ独特の酸味や舌触りの虜となってしまった。今もひたすら巻き寿司ばかり食べて、閻魔様にサラダも食べるよう注意されている始末である。
そして――、
「ほお、普段洋菓子は滅多に食べないが、このケーキはとても美味いな。生クリームが甘すぎず、重すぎず。口当たりがとても良い。見栄えも美しく、まるで芸術作品のようだ」
そう言ってクリスマスケーキに舌鼓を打つのは、言わずと知れた甘党……閻魔様だ。
素朴な料理を好みつつ、その癖結構グルメな閻魔様からお褒めの言葉を引き出せて、わたしはパッと顔を輝かせる。
「でしょでしょ!? そこに気づくとは、さすが閻魔様! 実はそのケーキのデコレーションは、杏がやったんだよ! すっごい綺麗よね! この腕前なら、現世のパティシエにだって負けていないわっ!!」
「ほぉ」
わたしの後ろで閻魔様がケーキを食べるのをドキドキと見守っていた杏。そんな杏をわたしはぐっと閻魔様の前へと押し出した。
「えと……、ですキ」
もじもじとする杏。すると閻魔様は、そんな杏の黄色い頭をそっと撫でた。
「!!」
それに杏はビックリしたように大きく目を見開き、そのつぶらな瞳をウルウルさせる。
「気に入った。是非また作ってくれ、杏」
「あ……あ……、はい、ですキ……」
憧れの閻魔様に褒められて、ぽやんと夢見心地の杏にわたしは微笑む。
きっと冥土のスイーツは、これを機にどんどんバリエーションを増やしていくだろう。もしかしたら現世にはない独自のものも、生み出されるかも知れない。
その時が待ち遠しいなぁ。
「……ん、あれ?」
ふとその時、飲み物を飲もうと近くにあったスパークリングワインの瓶に手を伸ばすが、中は空だった。
「んんっ!?」
更にそのまた近くに置かれていた瓶も手に取るが、これまた空。
え、消費早くない?? お酒を好まない小鬼たちも多いから、シャンメリーもちゃんと用意したし、そっちはまだ残ってるのに……。
「くぉら!! 桃花っ!!!」
「!!?」
どことなく感じる違和感に眉をひそめていると、和やかだった空気が一変、突然わたしを怒鳴りつける声が食堂に響いた。
それに何事かと声のした方を見れば、顔を真っ赤にした茜と葵がよろよろとこちらへと歩いて来るではないか。
「何その千鳥足? ……まさかっ!?」
ハッとして二人の手元を見れば、なんとワインの瓶を抱え込んでいる!?
ていうか葵ってば、瓶ごとラッパ飲みしてるし!!!
「ちょっ、ちょちょっ!! 何やってんの、二人とも!? もしかしてワイン、全部飲んじゃったの!!?」
「あ? あーこのシュワシュワする酒なら、これで最後だアオ」
「んー? なんか桃花が分裂して見えるけど、お前いつの間に妖術を覚えたアカ?」
「いやそれは妖術じゃなくて、アンタたちが酔ってるだけよ!!」
本来二人はなかなかに酒に強いはずだが、慣れない洋酒で酔いが回るのが早かったのかも知れない。
あわあわとしていると、また二人が「桃花っ!!」と叫んだ。
「もうっ、だからなんなのよ!? そんなに酔ってたら、明日のお仕事に差し支えるわ。もう寝なさい」
「そんなことよりお前、見損なったアカ!!」
「はぁ!? な、なによ、いきなり……」
「とぼけるなアオ! まさか桃花が閻魔様という素晴らしいお方がいながら、浮気をしていただなんてアオ!!」
「そうだ! 桃花は浮気をしていたんだアカ!!」
「…………は?」
浮気? ウワキ? UWAKI??
こいつらは一体何を言っているんだ?
わたしの周囲を宇宙が回る。
一切身に覚えのない濡れ衣を着せられてポカンだが、横にいる閻魔様も同じくポカンとしている。
「えっと……? 意味分からないから、説明ほしいんだけど?」
とりあえず落ち着かせようと、対話を試みる。
しかし酔った上に興奮状態の二人には話が通じない。
「おいっ! オイラたちが無知と高を括って、まだしらばっくれる気かアオ!!」
「いいか! オイラたちは思い出したんだアカ! 〝クリスマスの由来〟をなアカ!!」
「クリスマスの、由来……?」
なぁにそれ? そんなの考えたこともなかった。だって日本では、由来なんてそっちのけでみんなで楽しむ為の日だし。
由来、由来……。
うーん、確かキリストの――……。
「あ゛」
二人が言わんとすることに思い至った瞬間、わたしの声は裏返った。
「やっと気づいたかアカ! そうだクリスマスとはつまり、〝イエス・キリストの降誕祭〟アカ!!」
「お前は閻魔様を前にして、他の神の誕生を盛大に祝おうとしていたのだアオ!!」
「ま、待った待った!! そんなつもり全くもってなかったわよ!!? そもそもクリスマスパーティーってのも、ただのこじつけで……!!」
「問答は無用アカ!! サンタ服着て、めちゃくちゃ浮かれてるアカ!!」
「桃花は閻魔様に本気じゃなかったんだアオ! 遊びだったんだアオー!!」
「ああ、お労しや閻魔様だアカ!!」
「ちがっ!!」
否定しようとしても、真っ赤な酔っ払いの顔で二人はああ言えばこう言う。
ああもう、違うのに! わたし、本当にそんなつもりでクリスマスをしようとした訳じゃないのに!!
「…………っ」
ちらりと閻魔様を見れば、驚いたような表情で事の成り行きを見守っているものの、その真意は分からない。
……もし、閻魔様にまで浮気者だって思われたら?
いやだ。そんな誤解、絶対にしてほしくない。
だってわたし、他の神様なんてそんな、だって、だってわたしは――……。
「違うっ!! わたし、閻魔様のことが好きなの!! 本当に、本気で好きなのよーっっ!!!」
食堂中、宮殿中。……いや、もしかしたら冥土中に届くような大きさでわたしは叫んだ。
「……!」
そして叫んでしまってハッとする。
見れば小鬼たちも閻魔様も、わたしを焚きつけたはずの当の茜と葵までもがポカンとこちらを見ていたのだ。
「~~~~っ」
一斉に視線がわたしに集中し、恥ずかしくて死にそうになる。
こんなことをしでかしてしまって、もうまともに誰の顔も見られない。というか見たくない。
何も言えず呆然と立ちすくむ。
「……桃花さま」
するとそんなわたしの腕を、くいくいと杏が引っ張った。
「この場はボクにお任せくださいキ」
「え?」
わたしの返事を待たず、言うや否や、杏がスッと音も無く茜と葵の元へと走る。そして……、
――ガンっ! ガンっ!
急に小気味良い音がしたと思ったら、茜と葵は頭に大きなコブを作って倒れたていた。
そんな二人の後ろには、どこから取り出したのか、フライパンを持った杏……。
「ふぅ。お二人を想う気持ちは分かりますが、やり方がお子ちゃまですキ。図体がでかくなり、裁判官となっても、根が幼いのは変わらないですキ」
「…………」
すっかり伸びている茜と葵を前にして、やれやれと溜息をつく杏は、大きくなった二人よりも随分と大人びて見えた。
ていうかフライパンを振り上げた瞬間、全く見えなかったんだけど!? 杏、アサシン過ぎない!?
「さぁみんな、クリスマスパーティーはこれにてお開きだキ。後片付けをするキ!」
「はぁーい!」
杏の声掛けで、ポカンと固まっていた小鬼たちが一斉に慌ただしく動き出す。
先ほどのわたしの大失態が、杏によって見事に掻き消されてしまった。
「すごいわ、杏……」
これからはいくらマスコット的な見た目が可愛いからといって、あまり杏を子ども扱いしないようにしよう。
そうわたしは心に誓うのであった……。
次回、閻魔様のターン




