サプライズは大成功!?
「わぁっ! チンッって鳴った!」
「出来た出来た! チキンが出来た!」
「はいはい、今取り出すから待ってね」
はしゃぐ小鬼たちをかき分けて新品の大きく立派なオーブンの前に行き、わたしはミトンを着けて熱々な中のものを取り出す。
すると瞬間香るパリッとした香ばしい鶏皮の匂いに、思わずうっとりと目を閉じて堪能してしまう。
「う~んっ! このジューシーな鶏の香り、最高だわ!!」
「はい! 鶏のお腹にたっぷり詰めた香草のいい香りもすごくしますキ!」
わたしと杏はにっこりと「大成功~」と微笑み合って、両手でハイタッチする。
そして調理台の上に、どんっ! とこんがり焼き上がったローストチキンを置くと、匂いにつられた小鬼たちがケーキをデコレーションする手を止めて、周囲にわらわらと集まってきた。
「桃花さま。閻魔様が手配なされた、この現世のものを参考にされたという〝おーぶん〟。今日は大活躍ですキ」
「うふふ、そうね。今日はケーキのスポンジとローストビーフを焼くのにも使ったものね」
まだ汚れもなくピカピカの可愛らしい赤い色合いをしたオーブンを見て、わたしは微笑む。
――そう、実はこのオーブン、以前の台所には無かったものなのだ。
『もっと桃花の色々な料理を食べてみたい。その為には冥土にはない調理器具も必要だろう? 実は現世の家電を参考に、私の方で高天原の商人を通じて色々と見繕ってみたんだ』
ある日さらっと閻魔様にそう言われ、そしてその言葉通り、翌日には台所に目新しい様々な調理器具がズラリと並んでいた。
『気に入ったかい?』
『え、ええ、もちろん。ありがとう、閻魔様。オーブンにフライヤーに、食洗器まで……』
わたしが使いやすいようにという配慮か、現世でも最新式と呼ばれる家電とそっくりなものばかり。
閻魔様の懐事情は知らないが、こんなに散財して大丈夫なのかしら……?
『でも確かにオーブンがあれば、グラタンやキッシュも作れるわね。せっかくだし、パンにも挑戦してみようかしら?』
『洋食か……、いいな。楽しみにしているよ』
こうして冥土における料理のバリエーションは格段と広がった。
それによって閻魔様も茜も葵もみんな喜んだのだから、閻魔様の機転は結果大成功だったのである。
「さて、チキンも焼けたし、クリスマスケーキも完璧」
「冷蔵庫にはみんなで巻いた巻き寿司とローストビーフのサラダもありますキ!」
「うんっ、お料理の準備はこれでもう完成ね!!」
あとはお料理担当以外の小鬼たちに任せた食堂の飾り付けが済めば、クリスマスを迎える準備は整うのだが……。
「桃花さまー! 〝つりー〟の飾りつけ出来たよぉー!!」
「壁も天井もキラキラで飾ったよぉー!!」
「あ、ちょうどよかった」
タイミングよくわらわらと台所に入って来る小鬼たちを、わたしはにっこりと笑って出迎える。
「みんなありがとうー! よしっ、じゃあわたしが渡した例の服に着替えたら、お料理持って全員で食堂に移動よ! 今日は閻魔様たちをビックリさせちゃいましょう!!」
「おーーっ!!」
わたしの掛け声と共に宮殿中が一斉に慌ただしくなり、小鬼たちはそれぞれわたしが事前に渡しておいた赤い服と赤い帽子に着替える。――そう、サンタ服だ。
「ひゃーっ! みんな可愛いぃ!!」
「桃花さまもよくお似合いですキ」
「そ、そう? ちょいコスプレっぽくて恥ずかしいけど、せっかくだし買っちゃったんだよね」
杏に褒められ、わたしは赤いスカートの裾を摘まんで笑う。
現世でクリスマスグッズと一緒に売られていた、女の子用のサンタ服。
わたしには可愛すぎる気がしたが、同じくサンタ服を着ている小鬼たちに囲まれていると、そう違和感がないように思えてきた。
「うんしょ、よいしょ」
そして着替え終えた小鬼たちから順番に、料理を抱えて食堂へと大移動する。
わたしも一緒にローストチキンを抱えて食堂に中に入れば、そこは普段とは違う光景となっていた。
「わぁ……っ!」
中央にデンッ! と大きなクリスマスツリーが鎮座し、壁や天井もカラフルな電飾とサンタやトナカイのシールで飾られている。
いつもは等間隔に並べられていた机も中央に固めて集められており、そこに作った料理や飲み物を並べていけば、クリスマスを迎える準備は完璧だ。
「みんなお疲れさまー! わたしの思いつきにここまで付き合ってくれて、本当にありがとう!! いよいよこのサプライズもクライマックスよ! はいっ、一人一個づつね。閻魔様たちが入って来たら、一斉に鳴らすのよ!」
わたしは現世で購入したクラッカーを小鬼たちに手渡していく。
……実はこのクリスマスパーティーは閻魔様を筆頭に、茜と葵にも内緒にして進めていた。
なのでいつものように三人は何も知らず、くたくたになって食堂に入ってくるだろう。
「あああ、言い出しっぺなのに、上手くいくか不安になってきたわ」
サプライズなんてするのは初めての試み。正直閻魔様がどんな反応をするのか未知だ。緊張と期待が入り混じる。
「大丈夫ですキ。閻魔様に秘密だなんて恐れ多いことですが、桃花さまの気持ちを知れば、きっと喜んでくださいますキ」
「……うん。ありがとう、杏」
杏に励まされ、不安になっていた気持ちが浮上する。
――その時だった。
「はぁー、今日もよく働いたアカ! 腹が減ったアカ!」
「!!」
来たっ!!
噂をすれば、なんとやら。聞き慣れたバタバタと騒がしい足音に、わたしは小鬼たちへと目で合図する。
「まぁ落ち着け、茜。今日は桃花が来る日アオ。きっとうまい飯が食えるアオ!」
「それより茜、葵。待ち遠しいのは分かるが、食堂に入る前にちゃんと手を洗いなさい。前に桃花にも注意されていただろ?」
「「は、はいっ! 申し訳ありませんアカ(アオ)!!」」
「ふふっ」
相変わらず閻魔様は二人のお父さんみたいだ。ちゃんとわたしの言いつけも守ってるようで何より。
……パタパタパタ。
一度洗面所で止まった足音が、またこちらに近づいて来て、そして――……。
「メリークリスマースっ!!!」
ガラリと食堂の引き戸が開いた瞬間、パパパパーンッ!! っと、一斉にクラッカーが弾けた。
「……は? くり……? なんだアカ??」
「オイラ驚いて、腰抜けたアオ」
「桃花、これは一体どういうことなんだい? その格好は……?」
「…………」
大量のクラッカーを浴びて、紙くずまみれになっている閻魔様が呆然とわたしを見つめる。
これはサプライズ、成、功……??
「ご、ごめんなさいっ! ほら、今日って12月25日でクリスマスでしょ? だから普段と違ったことして、楽しめないかなって。驚かせたくて、三人には内緒にしてたの。この服はクリスマスの衣装? みたいな」
慌てて閻魔様の頭や肩についた紙くずを払ってやりながら、わたしは話す。
すると「ああ」と閻魔様は何か思い至ったように頷いた。
「そうか、確かには現世ではそんな行事が師走にあったね。見慣れない料理がたくさんある。全部桃花が作ったのかい?」
長く美しい銀髪についた紙くずの最後の一つを摘まむと、閻魔様が苦笑してわたしの髪を撫でた。
それが少しくすぐったくて、クスクス笑いながらもわたしは頷く。
「ええ。ほとんど杏たちとの合作って感じだけどね。閻魔様が贈ってくれたオーブンが大活躍だったわよ」
言って机を見れば、既にショックから立ち直った茜と葵が、テーブルに所狭しと並べられている美味しそうな料理の数々に釘付けになっていた。
「うおおおおおお! 肉があるアカ!! こんがり香ばしい匂いがして、うまそうアカ!!」
「こっちは寿司アオ! オイラの大好物のチーズが入ってる巻き寿司もあるアオ!!」
「桃花! これ全部食べていいのかアカ!?」
「クリなんとかが何かは知らないけど、ご馳走食べられるんなら最高だアオ!」
目を爛々とさせて、食べるのが待ちきれない様子の茜と葵。
サプライズ大成功とはいかなかったけど、こんなに喜んでくれたなら結果オーライなのかしら?
ソロソロと閻魔様を見れば優しく微笑んでくれ、それにわたしはホッとしてみんなに声を掛ける。
「ええ、もちろんよ。さぁみんなもうすっかりお腹ペコペコよね、仕切り直しよ! 今日は好きなだけ食べて騒いで、盛り上がりましょーー!!!」
わたしの言葉を皮切りに、みんなの手が一斉に料理へとわっと伸びた。
◇◆◇◆◇
冥土にクリスマスは無いけれど、今日だけは特別。
本音を言うと、こじつける理由はクリスマスじゃなくてもよかった。
ただ毎日忙しい閻魔様、それに茜に葵。そして小鬼たち。みんなに一日だけでも日常を忘れて楽しんで欲しかっただけ。
それってちょっとばかりクリスマスに失礼なのかも知れないけど、冥土はサンタさんも管轄外。
ちっぽけな人間のたった一つのワガママくらい、きっと許してくれるだろう。
次回、茜と葵大暴走




