新生・冥土の台所事情
久しぶりに後日談を書きました。
クリスマスにはしゃぐ冥土の面々と一緒に、楽しんで頂けたら嬉しいです。
「ペタペタ、ペタペタ」
「ペタペタ、ペタペタ」
ここは冥土にある閻魔様の宮殿の台所。
閻魔様の神力で動く不思議な家電がズラリと並ぶその台所から、今日もお料理に励む可愛らしい声がいくつも響く。
「桃花さまー、スポンジにクリームをペタペタ出来たよー! 上手ー?」
「うん、上手上手! 綺麗にクリーム塗れたねぇ!」
「えへへー。ボクたち上手く塗れた?」
「閻魔様も褒めてくれる?」
「もちろん! とっても褒めてくれるわ!」
冥土の主である閻魔様に褒められると聞いて、きゃっきゃっと嬉しそうな色とりどりの肌をした小鬼たちに、わたしも嬉しくなる。
「今日は12月25日、クリスマス。そしてクリスマスには、やっぱりケーキよね」
ということで今、わたしは小鬼たちと共にクリスマスケーキ作りに励んでいる。
とはいえ茜と葵が裁判官に加わり、かつての眷属達が戻った今も、相変わらず死者が溢れている冥土に季節の概念はないので、当然クリスマスだって無い。
多忙な閻魔様には季節を感じる余裕もないからだ。
「でもだからこそ、たまにはイベントを楽しむ時間があってもいいと思うの! そうじゃないと、仕事に張り合いも出ないってもんだわ!」
「張り合い~?」
「頑張ろうって気持ちのことよ。楽しいことがあると、より大変なことも頑張れちゃうでしょ?」
「そうだ、そうだ!」
「張り合い大事ー!」
「ふふふ」
わたしの言葉の意味を分かっているのか、いないのか。小鬼たちはきゃっきゃっと喜んで手を叩く。
茜と葵の小鬼時代は(今も?)捻くれた言動だったけど、この子たちは素直だ。それに可愛いなぁと和んでいると、横にいた黄色い肌をした小鬼にクイクイと服の袖を引っ張られた。
「ん?」
「桃花さま。生クリームをスポンジに塗った後は、何をすればいいのですかキ?」
「ああ、そうね。次はデコレーションよ! 生クリームやイチゴを使って、ケーキを可愛く飾りつけるの!」
冷蔵庫から取り出した新鮮で瑞々しい真っ赤なイチゴを見せると、小鬼たちは「わあっ!」と歓声を上げた。
わたしはスポンジに塗った生クリームの余りを絞り袋に詰めて、絞りを実演して見せる。
「こうやってね。片方の手を絞り口に添えて、垂直に絞るの。そしたら、ほら」
にゅっとケーキの上に星型の口金から綺麗に絞り出された生クリームに、小鬼たちがパッと顔を輝かせて拍手する。
「すごーい! 生クリームでお花ができたぁ!」
「きれーい!」
「ふふ。さぁ、みんなもやってみて」
「はぁーい!」
それぞれに生クリームの詰まった絞り袋を小さな手に持って、たくさん作ったスポンジの上に、小鬼たちが思い思いのデコレーションをしていく。
それをわたしは最初、微笑ましく見えていたのだけれど……。
「あら? あらら?」
出来上がったものを見てびっくり仰天。
「この絞り、完璧だわ! しかもわたしが用意した生クリームとは別に、ピンクのイチゴクリームを使って、白とピンクで交互に絞られてる……!」
更にはわたしの話を聞いて初めてクリスマスを知ったと言っていたのに、サンタとトナカイのマジパンまでケーキの中央に飾られている! かっ、可愛い!
これは最早、パティシエが作ったものだと勘違いしそうなほど、完璧な仕上がりのクリスマスケーキだった……!!
「え、えええぇぇ!?? みんなすっごいねっ!?」
正直わたしが絞ったクリームよりも、小鬼たちの方が形が整っていて綺麗。
驚いて小鬼たちを見れば、目の前に立つ黄色い肌をした小鬼――杏が、照れくさそうに頬を掻いた。
「えへへ。ボクたちは元々この宮殿で料理担当として働いていた眷属ですキ。故に料理に関する技巧はある程度心得ていますキ」
「そうよね、杏たちは料理担当だったわよね。でも製菓の技巧まで身につけているなんて驚いたわ。さすが閻魔様の眷属。塩おむすびしか作れない茜と葵とは大違いね」
「あはは、それは仕方ないですキ。あの二人は裁判担当。故に料理は専門外ですキ。ボクだって裁判のことはサッパリですキ」
「そっかぁ。それもそうよね」
茜と葵。今じゃすっかり大きいけど、出会った頃はこの子たちと同じ、つぶらな瞳が特徴的な可愛いマスコットのような小鬼だった。
その二人が料理を知らないながらに閻魔様の為を思ってせっせっと握った塩おむすびは、格別の味わいだったわね。ああ、また食べたいわ。頼んだら作ってくれないかしら?
「……桃花さま? あの?」
「はっ!?」
いけない、ついヨダレが口から出てた。
不思議そうにこちらを見つめる杏に、わたしは苦笑して緩く首を振った。
「ああっ、ごめんなさい! なんでもないわ! 今閻魔様たち、裁判頑張ってるのかなぁなんて思っちゃって。……閻魔様はちゃんと毎日ご飯食べてる?」
わたし天宮桃花は現在、いくつかのご縁が重なって、生者の身でありながら、冥土と現世を行き来する生活を送っている。
しかし大学生という身の上の都合上、わたしが冥土へ行けるのは、夏休み等の長期休暇除けば毎週末のみだ。
わたしが滞在している間はモリモリとご飯を平らげる閻魔様だけど、元は一千年もの長きに渡って一切食事を口にしなっかった究極の食わず嫌い。普段きちんと食事をしているのか、心配だった。
「はい、それはもう三食きちんと召し上がられていますキ。以前のお姿がまるで嘘のようで、ボクたちも作り甲斐があって張り切っていますキ」
「そう、よかった……」
まぁ彼の血色の良い顔つきを見れば、健康的な生活を送っていることは分かってはいたんだけれど。
でもこうやって普段閻魔様と寝食を共にしている子から実際に言葉でも聞けて、ホッと安心する。
「はい、本当に。それもこれも、全て桃花さまのおかげですキ!」
「ええっ!? わ、わたし!?」
特に感謝されるようなことをした覚えがなく、ビックリして目を見開く。するとニコニコと笑って杏は当然とばかりに大きく頷いた。
「もちろんですキ! 閻魔様は桃花さまと会った時に余計な心配をさせたくないと、毎日規則正しい生活を心がけているんですキ! 桃花さまの存在が、閻魔様の原動力なのですキ!」
「そ、そうなんだ……」
なんだか改めてそういう話をされると、照れてしまう。
確かにわたしと閻魔様は、本当にほんとーに奇跡ではあるけど、いわゆる〝恋人〟っていう関係で……。
でも〝閻魔様の原動力〟だなんて、本当に閻魔様はそんな風に思っていてくれてるんだろうか?
「? どうされたんですキ?」
「だって杏、わたし閻魔様にまだ――……」
「桃花さま……?」
不意に押し黙ったわたしに、杏が心配そうにそのつぶらな瞳を揺らす。
嬉しくてドキドキと早まる鼓動と、今にも胸が押し潰れてしまいそうな不安。
相反する二つの気持ち。その間で揺れ動き、考え込んでいると……。
チーーーーン!
「あ」
軽やかなオーブンの出来上がり音が台所に響いて、わたしの意識は一気にそちらへと向かった。




