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閻魔様のほっこりご飯~冥土で癒しの料理を作ります~  作者: 小花はな
六品目 卵がゆ

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二十六話 小鬼たちの決意



 葵は決して納得した訳じゃない。だったら……!



「待ってください閻魔様! 確かに裁判の穴は開けられないのかも知れないですけど、だったら閻魔様が無茶をする以外の別の方法を考えましょうよ! きっといい方法があるはずです!!」


「桃花、やめるんだアオ。全ては閻魔様がお決めになること。そこにオイラたちが口を挟んじゃいけないんだアオ」


「葵!? ……何よそれ」



 表情は全然納得してない癖に、葵がわたしを鋭く止める。



「すまない、桃花。桃花の頼みはなんでも聞いてやりたいが、これだけは譲れないんだよ」


「…………っ」



 言葉は優しいが、明確な拒絶。

 閻魔様は冥土の主で、偉い神様で、冥土の裁判は閻魔様にしか出来ない特別なこと。

 だから休めない。頼れない。弱音も吐けない……。

 確かにそれはそうなのかも知れない。

 ただの人間の小娘が口出しなんて、おこがましいのかも知れない。


 ――でも、



「閻魔様……、分かってない」


「……桃花?」


「桃花、お前何をアオ」



 それって本当にそうなの(・・・・)? どうしてこんなにも閻魔様は一人抱え込もうとするの? 



「だってここには茜と葵がいるじゃない!!」


「!?」


「この子たちは閻魔様の眷属なんでしょ!? なんで頼らないの!? 二人は閻魔様の言いつけ通り、毎日宮殿中をピカピカに磨き上げているわ! 閻魔様が快適に過ごせるようにって! 閻魔様が喜んでくれるようにって! 本当は、裁判を手伝いたくて山々でしょうに!!」


「桃花……アオ」



 閻魔様が悪意を持って小鬼たちに裁判を手伝わせない訳じゃないことは分かってる。だけどこんなのが続いたら、他の眷属達のように茜や葵だって閻魔様の元を去る日が来てしまうかも知れない。

 お互いもっと言葉を交わせば簡単に解決しそうなのに! ほとんど話す時間が取れないからって、こんな状態を一千年も放置して! 閻魔様と小鬼たちには寿命なんて関係ないのかも知れないけど、それにしたって気が長過ぎよ!!



「あーもー! 見てるこっちがモヤモヤする! 閻魔様も葵も思ってることなんてハッキリ口で言わないと、ぜーったいに伝わらないんだからね!!」


「っ!? 桃花!?」


「あっ! 閻魔様に何するんだアオ!? 桃花!!」



 慌てふためく葵を押しのけて、わたしはずんずんと閻魔様に近づき、そしてそのまま勢いよく彼の額に手を押し当てて、思わず顔を(しか)めた。



「……とんでもなく熱いわね」



 これを〝少し調子を崩しただけ〟だなんて、閻魔様は本気の大馬鹿野郎だわ。

 わたしは無理やり閻魔様を引っ張って布団に押し込める。



「も、桃花」


「はい病人は寝た寝た」



 閻魔様はわたしのあまりの剣幕に驚いてされるがままだし、その様子を見ていた葵が元々青い顔を更に青ざめさせているが、この際不敬だろうが何だろうが関係ない。

 ……だってわたしは少し怒っているんだ。

 茜と葵の気持ちを知りながらも、突き放す閻魔様に。



「…………」



 わたしの少々怒気のはらんだ表情に、この場が一瞬シンと静まり返る。


 ――ドドドドドドド


 しかしちょうどその時、ドタバタと騒がしい足音と共に、部屋の中へと小さな赤い影が勢いよく飛び込んで来た。



「桃花ーーっ!! ありったけの氷、持ってきたアカーー!!」


「あら、ナイスタイミングよ茜! さぁ閻魔様、ここは観念してもらうわよ!」


「も、桃花? 何を……っ!?」



 いつもは穏やかな閻魔様の珍しく焦った声を聞きながら、わたしは茜の持ってきた氷で手早く氷嚢を作り、閻魔様の額にそっと乗せてやる。

 するとやっぱり熱でしんどかったのだろう。閻魔様が気持ち良さそうに息を吐いた。それを見たわたしは、閻魔様に穏やかに尋ねる。



「……ねぇ、閻魔様。やっぱりせめて今日一日だけは休まなきゃダメだわ。こんな高熱で……、本当は起き上がるだけでも辛いんでしょ?」


「だが、それでは裁判が――」


「あら? 閻魔様だって本当は分かってるんでしょ? 今が閻魔様を手助けする為に生まれた子たちに頼る時だって」


「「――――!?」」


 

 そう言ってわたしが茜と葵を見ると、二匹は驚いたように息を呑んだ。



「茜と葵も、分かってるよね? 閻魔様の為に(・・・・・・)何をすべきか(・・・・・・)



 わたしの言葉に少しの間二匹は不安気にこちらを見つめていたが、やがて決心したように畳に座り込み、閻魔様に向かって頭を下げた。



「恐れながら閻魔様! 裁判はオイラたちにお任せくださいだアカ!!」


「絶対にやり切りますアオ! だから、だからどうかご承諾を……っ!!」


「……っ!」



 自分で発破をかけておいてなんだが、発せられた二匹のあまりの気迫に圧倒され、わたしの体はぐらりとよろける。



「!」



 しかしすぐに横から手が伸びてきて、肩を支えられた。

 それにハッとその手の主を見上げれば、いつの間にか布団から出て立っていた閻魔様が、わたしを支えたまま茜と葵を厳しい表情で見下ろしていた。



「……茜、葵。言っている意味は分かっているのか? この場の雰囲気に流されただけのただの気の迷いとは違うのか? 冥土の裁判は死者のその後を左右するとても大事なものだ。安易な判断が出来ない。……とても難しいものなのだよ」



 閻魔様が優しく諭すような、それでいてどこか冷たく突き放したように言う。

 しかしそれにもめげず、茜と葵がなおも言い募った。



「お役目の重さは重々承知しておりますだアカ!」


「しかしオイラたちはそんな重責を担う閻魔様をお傍でずっと見てきましたアオ!」



「「一番多く閻魔様の裁判を見てきた我らをどうか信じてください!!」」



 最後には畳に額をこすりつけて茜と葵が言う。その鬼気迫る様子にわたしはすっかり吞まれてしまった。

 ――そしてそれは、閻魔様もだったのかも知れない。



「……まさかお前たちからそんな言葉を聞く日が来ようとは」



 どこか寂しそうに、でもそれ以上に喜びを隠せないと言った表情で、閻魔様が微笑む。

 先ほどまでの苦い笑いとは違う、心からの微笑みだった。



「裁判は私ですら時として悩み、そして後悔が尽きない。こんな重責、誰にも味わせたくないと思っていたが、お前はとっくに覚悟していたのだな。成長したな、茜、葵。……いや、本当は随分前からそうだったのか。私が見ようとしなかっただけで」


「閻魔様……」



 閻魔様は自嘲するように一瞬だけ目を伏せる。



「――――茜、葵」



 しかし次の瞬間には閻魔様らしい威厳に満ちた表情で、声で、態度で、二匹の小鬼の名を呼んだ。



「「――はい」」



 そしてその圧倒されるような雰囲気に呑まれることなく、茜と葵も居住まいを正す。



「今日この日より、お前たちを冥土の裁判官と任命する。その妖生尽きるまで、冥土の為に務めなさい」


「「ありがたく拝命いたします」」



 二匹が深く礼をする。



「――――!?」



 するとその瞬間、突然小鬼たちから眩い光が放たれ、輝き出したのだ。



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