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一話 空腹は敵



 夢を見た。



「お腹空いた……」



 床にゴロリと倒れている小さな女の子が一人、真っ暗な部屋の天井を虚ろに見つめている夢。



 女の子のその瞳は何も映しておらず、ただか細い声で何度も何度も同じことを呟いている。



「お腹空いた……」



 ――そう、何度も。



「……お父さん、お母さん、お腹空いた」



 ◇◆◇◆◇



 空腹は生きる上での最大の敵だとわたしは思う。

 だって空腹は時に正常な思考を奪い、時に死に至る恐ろしいものだから。



「あーーっっ! 小娘! それは閻魔様(えんまさま)にご用意した握り飯だアカーー!!」


「小娘貴様! 厳粛な裁判中になんという大それたことをするのだアオーー!!」


「!!」




 咎めるような声に、わたしはごくん! と頬張っていたものを全部飲み込む。

 慌ててたからちょっとむせた。



「ごほっ、あれ、ここ……?」


 

 涙目になりながら辺りを見回す。

 気づけば立っていたのは、朱色の柱が幾重にも建つ広い空間。なんだか和風なような中華風なような……不思議な場所。



「どこだっけ? ……ああ、でも」



 そういえばなんだか居心地が悪くてウロウロと視線を彷徨(さまよ)わせていたところで、目の前を美味しそうな艶々のおむすびがゆらゆらと通り過ぎたのだ。

 それを見た瞬間、一気に空腹感が湧いてきて無我夢中でおむすびを引っ掴んで平らげたところまでは覚えている。



「小娘ー! 何ぼーっと物思いに(ふけ)っているアカーー!!」


「このオイラたちの怒りが見えていないのかアオーー!!」



 またさっきと同じ、わたしを咎める声が響く。



「え、あ」



 その少々甲高い声がどこから聞こえてくるのかと思ったら、わたしの足下に何やら赤色と青色の小さな生き物がいることに気づいた。

 膝丈くらいしかないその小さな生き物たちは頭に一本角を生やしていて、その見た目はまるで物語に出てくる小鬼のようだ。

 そんな二匹がおむすびの乗った大きなお皿を両手に抱えてプンプンと怒っているのだが、いかんせんマスコットのようにまるっとしたフォルムにつぶらな瞳のせいで全然怖くない。むしろ可愛い。



「ご、ごめんなさい! わたしなんだかとってもお腹が空いてて、そしたらあなた達があんまりにも美味しそうなおむすびを運んできたから、つい……」



 とっさに口から謝罪の言葉が出てくるが、しかしまたも目の前にゆらゆらと揺れる美味しそうなおむすびを目にすると、どうにも空腹感が止まらない。

 わたしはまたひとつ、小鬼が持つお皿からおむすびを拝借して頬張った。



「ああっ!? またお前ってやつはアカ!!」


「どんだけ食い意地張ってんだアオ!!」


「むぐ、む……」



 小鬼たちの静止も無視して、わたしはおむすびを次から次へと皿から取っては口に詰め込む。



〝お腹空いた。お腹空いた〟



 頭の中にか細い小さな女の子の声が響く。

 それに突き動かされるように、わたしはおむすびを頬張った。

 すると口いっぱいに広がる優しい塩味にお腹も心も満たされていく心地がする。


 なにせこのおむすび、ふっくらしたお米の一粒一粒にしっかり塩味が効いていて、ものすごく美味しいのだ!!

 これは作った人と握手したいくらいである!



「ああーっ、美味しかった! ごちそうさま、美味しいおむすびをありがとう!!」



 すっかり空になったお皿を持って呆気にとられている小鬼たちに向かって、わたしはにっこり笑って手を合わせる。



「それはそれはお粗末様でした……って、違うアカ!」


「これは別にお前のために作ったんじゃないアオ!」


「わっ! ごめんなさい!」



 いきなりノリツッコミをしたかと思うと、我に返った小鬼たちがまたプンプンと怒り出した。

 さすがに怒られて当然なのでわたしは何度も下げるが、小鬼たちの怒りは収まらない。

 けれどマスコット的な見た目とヘンテコな語尾も相まって、やはりその姿はどこか愛嬌があって可愛らしい。怒られているのに、なんだか和んでしまう。


 ――しかし、



「別によい。(あかね)(あおい)。私よりも腹を空かせた者に食べさせてあげなさい。……人間は飢えにとても弱いのだから」


「!!」



 そんなゆるい空気は、凛とした威厳を感じる美声によってピリッと緊張感のあるものへと一転する。

 ハッと正面を見上げれば、朱色の柱が幾重にも建つ広い空間の奥に、先ほどまでは見えなかった(・・・・・・)人物が現れる。

 それに小鬼たちは慌てて居住まいを正し、とりあえずわたしも二匹に倣う。



「神聖な冥土(めいど)の裁判の場で誠に申し訳ございませんアカ!」


「閻魔様の前で大変お見苦しいところをお見せしてしまいましたアオ……!」



 そう言って低頭する二匹の小鬼の前には豪奢なまるで玉座のような椅子があり、そこに一人の男性が悠然と腰掛けていた。

 金の冠を頭にかぶったその男性にしては細っそりした手には(しゃく)を持ち、更に高貴な藤色の道服(どうふく)を優美に着こなしている。髪は絹のようにサラサラと長い銀髪で、瞳は血のように紅い。

 人というにはあまりにも端正過ぎる顔立ちのこの人は、やはり人ではない証に左右の額に鋭い角が生えていた。



「――……」



 そうだ、ここは冥土。天国と地獄の(はざま)



 死者たちが生前の行いを裁かれる最後の場所。

 そしてこの目の前の男性こそが小鬼たちが先ほどから言っていた〝閻魔様その人〟



「そっか、じゃあわたしって……」



 ――そう、つまりはわたしは〝閻魔様の死後裁判を受けている真っただ中〟だったのである。



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