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※虐めに関する表現があります。


不快と感じる人が多い内容となっておりますので、閲覧にはご注意ください。

 

 純粋な驚きだけを表していた砂川の表情は、黒崎が羊花を背に庇った事で変化する。

 可愛らしい顔が不機嫌そうに歪み、鋭い目で羊花を睨み付けた。


 小さな羊花は訳も分からず怯えているが、大きな羊花は流石に分かる。


 あれはたぶん、恋敵を見る目。

 この時に羊花の認識は、地味で存在感のないクラスメイトから、好きな男の子に近付く邪魔者へと変わったのだろう。


(この頃から、砂川さんは黒崎さんが好きだったんだ)


 それから、もう一つ。新たに得た情報がある。

 『家政婦の娘』と黒崎は言っていた。


 漫画のファンブックで判明した黒崎の食の薄さに関係しており、実際に彼が苦手だと明言した『家政婦』が、砂川の母親という事だろうか。


「なんで真白さんが、司狼くんと一緒にいるの? どんな関係?」


「えっと」


 砂川は相対している黒崎ではなく、その後ろにいる羊花へと疑問をぶつける。

 小さな羊花は焦りながらも、『友達だ』と説明しようとした。しかし、返事をする前に黒崎が遮る。


「ひつじ、答えなくていい」


「!」


 黒崎の言葉に、砂川は何故か驚愕した。


「……ひつじって、そう呼んでるの?」


 掠れた声で、問いかける。


「私のこと……未愛の事、『ひつじ』って呼んでってお願いしたでしょう? 司狼くんが『オオカミ』でお揃いだから、お家ではそう呼び合おうって……」


「了承してないし、ハッキリ断ったはずだ」


「でも、それは、照れてたんじゃないの……?」


 庇護欲を掻き立てるような儚さで、砂川は呟く。

 対する黒崎は渋い顔で目を伏せ、溜息を吐き出す。


「迷惑だって伝えたのに、何でそうなるんだ。お前も、お前の母親も、人の話をまともに聞きやしない。自分に都合の良いように、事実を捻じ曲げる」


「司狼く、」


「馴れ馴れしく呼ぶのは止めろ。ただの家政婦とその娘が、勝手に家族面をするな」


「……っ」


 受けた衝撃に比例するように大きく見開いていた目が、すっと眇められる。柳眉を吊り上げた砂川は、鋭い眼差しで羊花を見た。


 大きな羊花が『ひつじ』だと知った時と同じ顔。ギリッと唇を噛み締めた砂川の表情は、憎しみすら感じた。


 何を言われるのかと、小さな羊花は身構える。

 しかし予想に反して砂川は何も言わない。忌々しげに羊花を睨んでから踵を返し、駆け出した。


 けれど、そのままで済むはずもない。

 次の日から、羊花の環境は変化した。


 気が強い女子の一派は、標的を萌絵から羊花へと移した。温厚な女子らはイジメに加担する事はないが、巻き込まれたくないと羊花から距離を取る。


 砂川は直接、羊花に何かをしてくる事はほぼ無かった。

 けれど彼女の代わりとして、数人が率先して羊花を取り囲む。


 砂川は哀しげな顔でクラスメイトを味方につけ、羊花を悪者に仕立て上げる事にしたらしい。

 『彼氏が真白さんに騙されている』だなんて言い掛かり以外の何物でもないが、クラスの人気者と人望で争って勝てる訳もなかった。


 勝てば官軍負ければ賊軍という言葉がある。

 羊花に証明する術がなければ、砂川の嘘が真実となってしまうのだ。


(私は、虐められていた過去を忘れたかったのかな……?)


 取り囲まれて罵詈雑言を投げつけられ、孤立していく幼い自分を見つめながら、大きな羊花は自問した。


 成長した羊花から見ても辛い過去だ。忘れてしまいたいと願う気持ちは分かる。


(でも、なら何で黒崎さん達の事も忘れちゃったんだろ)


 小さな羊花の日常は一変したけれど、意外とタフなのか、萌絵や黒崎達には変わらず会いに行っていた。

 暗い顔は見せず、毎日、元気そうに振舞っている。


 それでも感情の機微に聡い浅黄や黒崎には、たまに気付かれて心配されてはいたが、笑って誤魔化しているようだった。


 だがその強さが、砂川を刺激した。

 まだ黒崎に会いに行っていると知られ、更に浅黄達と遊んでいるのも目撃されたらしい。


 放課後、帰宅してお弁当を作り、黒崎に会いに行こうとしたところを捕まった。

 公園へと向かう橋の近くで待ち伏せしていた砂川達に、羊花は取り囲まれた。


 人目につかないよう橋の下へと連れていかれる。

 河川敷を開発してグラウンドとして使用している場所なので、普段は割と人通りもあるのだが、その日は夕方から天気が荒れる予報なせいか、誰も通り掛からない。


「真白さん……お願いだから、もう司狼くんに近付かないで」


 哀しげな顔で訴えてくる砂川と、後ろで睨む気の強い女子三人。

 それから砂川の事が好きな男子が一人。大柄で、乱暴者として有名な男子だ。


 痩せっぽちの女子一人を取り囲む布陣じゃない。

 それなのに砂川はまるで被害者かのように、涙ぐむ。


「司狼くんが優しいからって、騙して近付くのは止めてほしいの」


「……そんな事、してない」


「嘘。今日だってまた、会いに行くつもりなんでしょう?」


「それは……そうだけど。でも、騙してなんか」


 小さな声で反論しても、火に油を注ぐだけだ。

 成り行きを苛立たしげな顔で見守っていた女子の一人が、眉を吊り上げた。


「あのさぁ、真白さん。騙してないなら、何で未愛の彼氏が貴方に構うの?」


「未愛に虐められてるって嘘吐いて、取り入ってるの知ってるんだから!」


 実際に虐めておきながら、厚顔無恥にもそう叫ぶ。

 ヒートアップして、羊花の胸倉を掴もうとした女子を、砂川が止める。


「乱暴は駄目!」


「でも、この子、言っても聞かないじゃん!」


「そうだよ。ちょっと反省させた方がいいって」


「でも、暴力は……」


 葛藤するように砂川は目を伏せる。

 これが演技なら末恐ろしいと、大きな羊花は思った。


 砂川は数秒の間をあけてから、じっと羊花を見つめる。


「お願い、真白さん。司狼くんにはもう二度と会わないって誓って」


 そう真摯な瞳で告げる砂川の後ろで、女子三人と男子一人は羊花を睨んでいる。断ったらどうなるか、分かっているだろうなと言いたげな顔付きだ。


 お願いと言っておきながら、これは最早、脅しだろう。

 非力で気弱な羊花に抗う術はない。


 しかし小さな羊花は、頷けなかった。

 その場凌ぎとして、今日だけ会いにいくのを止めるという選択も出来ない。


 何故なら今日も黒崎は公園で待っているはずだから。しかも夕方からは雨予報。放置して待たせるなんて、絶対に出来ない。


 黙り込んだ羊花を、砂川は憎々しげな目で睨む。

 一瞬だったので取り巻きには見られなかったが、羊花からはばっちり見えた。やはり、さっきの健気な葛藤は演技だったらしい。


 悲壮な顔で砂川は俯く。


「やっぱり、止めてくれないんだ……」


「未愛は優しいから舐められてるんだよ。こういう子には、もっと強く出なきゃ」


「でも、どうやって? 言っても駄目なら、閉じ込めるとかしか方法がないし」


 そんなの駄目だよね、と儚なげに呟く砂川は、男子を上目遣いで見た。

 男子の顔が、一瞬で真っ赤に染まる。


「お、オレに任せておけよ!」


 どん、と胸を叩いた男子は、「あそこ」と一方向を指差した。

 そこにあったのは古びたプレハブ。グラウンド利用者が、物置か休憩所として利用している物だろう。


 普段なら気にも留めず通り過ぎる、何の変哲もないプレハブ。しかし、閉じ込めるという不穏な言葉の後で示されたら嫌な予感しかしない。


 小さな羊花と一緒に、大きな羊花は蒼褪めた。


 逃げ出そうと試みるが、女子二人に両腕を掴まれてしまう。

 抵抗空しく、プレハブの前まで引き摺られてしまった。


「鍵が掛かってるんじゃないの?」


「先月から壊れてんだ。古いし、中にもロクな物が入ってないからって、修理もされてない」


 男子は説明しながら、入り口の片引き戸に手を掛ける。滑りがかなり悪くなってはいるが、言葉通り開いた。


 運動部の部室特有の、嫌な臭いがむわりと漂う。

 羊花の腕を掴んでいた女子は一瞬怯んで、鼻を押さえた。けれど残念ながら、腕は離してもらえない。


 中には古いボールやバッド、地ならし用の道具や竹ぼうきが散乱している。古い棚には段ボールが雑多に詰め込まれ、採光用の窓を塞いでいた。


「ほら、入って」


「あ!」


 どん、と強い力で背中を押される。

 よろめきながら、羊花はプレハブに足を踏み入れた。


 急いで振り返るけれど、もう遅い。

 無情にも戸は閉じられてしまった。


「だ、出して!」


 引手に手を掛けても外から押さえ付けられているらしく、開かない。


『これからどうするの? 鍵、壊れてるんでしょ?』


『つっかえ棒しとけばいいだろ』


 外の不穏な会話が聞こえてきて、羊花は震える。

 バットかトンボか、適当な物を立てかけた音がした。


『じゃあね、真白さん!』


『ちゃんと反省するんだよ』


『気が向いたら、明日には助けに来てあげるからねー』


 笑い声がゆっくりと遠ざかっていく。


「待って! お願い、出して!」


 羊花は必死に戸を叩く。けれど誰も、願いを聞いてはくれない。


『真白さん、ごめんね……。こんな事するつもりじゃなかったんだけど』


『未愛ちゃん、いいから行こう』


『うん……』


「砂川さんっ! 待って!」


 羊花の訴えも空しく、足音が遠ざかっていく。

 少ししてからまた、駆け寄ってくる軽い音がした。


 誰か、一人だけ思い直して戻ってきてくれたのか。

 そう希望を抱いた羊花を嘲笑うように、小さな声が聞こえた。「あは」と至極楽しそうに、可愛らしい声で笑う。


「アンタが悪いのよ」


 砂川未愛は憎しみと嘲りを込めてそう呟き、今度こそ立ち去って行った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分が可哀想な立場を装って、周りを使っていじめるのはホントたちが悪い… [気になる点] 次はどんな展開が待ってるのか楽しみです(*^^*) 過去の記憶がないのとどうつながってるのかな
[一言] これだけだと弱いなきっとまだ何かあるかな。
[一言] ひぇえぇ…。いくら子供とは言え、ここまで出来るのは本当に怖い… しかも砂川さん、自分は手を汚さないとか…小学生でこれが出来るとか…本当に末恐ろしい子…ひぇ… ひつじちゃん…無事救出されるんで…
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