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 その後、黒崎は羊花のクッキーを全て平らげた。

 まぁまぁの量があったので、羊花は少し心配になる。


「お夕飯、入る? 大丈夫?」


 おやつでお腹を満たして夕ご飯が食べられないなんて言おうものなら、羊花の家では確実に叱られる。向こう一週間、おやつ抜きの刑を言い渡されるだろう。

 食べ盛りの男の子なので心配ないかもしれないが、一応訊ねてみた。


 羊花の質問に、黒崎の表情が曇る。


 やはり食べ過ぎてしまったかと、羊花は焦った。

 けれど黒崎の答えは羊花の予想とは全く違うものだった。


「……ご飯は食べたくない」


「? ……クッキーでお腹いっぱいだから?」


 その問いにも、黒崎は暗い顔で頭を振る。


「なら嫌いなものでも入ってるの? それか、お母さんがお料理苦手とか?」


 全ての質問に、首を横に振る。どれでもないと示す黒崎に、羊花は困り果てた。他に理由が思い浮かばない。


 少しの沈黙が続き、羊花の目がぐるぐるしだした頃、黒崎はぽつぽつと話を始めた。


 母親は、彼が幼い頃に亡くなった事。

 それから父親は仕事で忙しくて、殆ど会話もない事。

 食事はお手伝いさんが作るが、その人が苦手な事。そして、そのお手伝いさんが作ったと思うと食べられない事。


 かなり踏み込んだ内容を聞き、他所のご家庭の事情に首を突っ込んでしまったと羊花は蒼褪めた。


 けれど、聞かなかった事には出来ない。

 何故なら、黒崎のいう事が全て真実な場合、これからも彼はまともな食事をとれないという事になってしまう。


 コンビニ等の外食で済ませるのも推奨は出来ないけれど、今日、公園でお腹を空かせていた事を考えれば、それすらも無し。

 育ち盛りの男の子の栄養源が、学校の給食だけなんて。


 由々しき事態だと、羊花は思った。


「……ねぇ、君。今日はもう帰っちゃう?」


 黒崎は少し考えてから、こくりと頷く。

 もうすぐ暗くなるだろうし、引き留めるのは難しい。


「なら、明日もここに来られる?」


「大丈夫だけど、なんで?」


「私が君のご飯作るよ」


 不思議そうに首を傾げる黒崎に、羊花はそう宣言した。

 『作ってあげようか』ではなく『作る』と断言したのは、親切ではなくただのお節介だと重々承知の上だからだ。


 困惑する黒崎にアレルギーの有無や、好きなもの、苦手なもの、それから好みの味付けを聞いてみた。

 食事に興味がないらしい彼の返事の殆どは「別に」だったが、アレルギーが無い事だけ聞けたから良しとする。


「なんで、そこまで……?」


 ほぼ他人なのに、どうしてそこまでするのかと聞かれ、羊花は少し考えた。


「えーと……君がお腹減ってるのかと思うと、美味しくご飯食べられないから?」


 知らなければスルー出来ても、知ってしまったらもう見ない振りは出来ない。

 自分が温かい家で母親の作った美味しい料理を食べている間も、黒崎が腹を空かせているのかと思えば、たぶん気になって味わえないだろう。


 羊花の答えが予想外だったのか、警戒していた様子の黒崎は呆気に取られていた。

 猜疑に満ちた表情が、年相応の少年の顔になる。


 その顔を見ていた大きな羊花は、漠然と思う。

 もし、この時に綺麗ごとを並べ立てていたら、黒崎はもう二度と、羊花の前には姿を現さなかったかもしれない。

 そのくらい、劇的な変化だった。


「ただの自己満足だから、気にしなくていいよ」


 そう言って笑った羊花に毒気を抜かれたのか、黒崎は頷いて了承した。


「そういえば、お名前聞いてもいい?」


「……しろう」


「シロくん? 私とお揃いだね」


「違……」


「私も苗字はシロなんだけど、同じだと紛らわしいかな」


 違うと言いかけた黒崎の声が聞こえていないのか、小さい羊花は顎に手を当てて考え込む。黒崎は溜息を一つついて、訂正を諦めた様子だった。


「……下の名前は? 友達にはなんて呼ばれてるんだ?」


「羊の花って書いて羊花って読むの。友達は羊花ちゃんとか、ようちゃんって呼ぶよ」


「じゃあ僕は、ひつじって呼ぶ」


「? そう」


 深くは考えずに羊花は頷く。

 そうして次の日から羊花の日課に、お弁当配達が加わる事となった。


 最初は誰にも言わずにこっそり作ろうと思ったけれど、いつかバレるだろうからと母親には相談した。羊花の説明が下手だったのか、好きな男の子に差し入れをする、みたいな勘違いをされてしまったけれど、まぁ結果オーライだ。

 お米を多めに炊いておく等のアシストは、とても有難いし。


 羊花は別に料理上手という訳ではなかったので、たまに失敗もした。

 野菜の水分でべっちょりしてしまったサンドイッチとか、唐揚げや卵焼きを詰め込んだせいで巨大になったお握りとか。

 それでも黒崎は文句ひとつ言わず、美味しいと平らげた。


 仲良くなって二週間ほど経った頃、黒崎は友人等と一緒にやってきた。といっても、黒崎は連れて来たくはなかったようで、物凄く不本意そうな顔をしていたけれど。


 やたら綺麗な顔した子と、大人しそうな子、それから小柄で可愛い子と、体が大きくて無口な子。


 一見、まとまりのない集団。共通点といえば年頃と、やたら高い顔面偏差値くらい。

 けれど羊花は、彼等に見覚えがあった。


(この子達、『Zoo』のメンバーだよね? 浅黄さんと紫倉さんと、茶臼山さんと灰賀さん)


 羊花は過去に黒崎だけでなく、他のメンバーにも会っていたと知って驚いた。


「ごめん、ひつじ。勝手についてきちゃったんだけど、帰らせるから」


「え、いいよ。私はすぐ帰るから、お友達と遊びなよ」


 お弁当箱の入った紙袋を押し付けて羊花が言うと、黒崎の眉間に皺が寄る。


「何でお前が帰るんだよ」


 手首を掴んで引き留められ、羊花は困り顔になった。

 一方、それを眺めていた浅黄らは呆気にとられている。


「司狼が女の子と仲良くしてる……」


「あの女子、何者だ?」


 浅黄が呆然と呟き、茶臼山は面白いものを見つけたと言わんばかりに目を輝かせている。

 無口な紫倉と灰賀は言葉こそないが、それでも珍しい黒崎の様子に驚いていた。


「司狼は女の子、苦手なんじゃなかったっけ?」


 浅黄の問いに、黒崎は不機嫌そうな顔で振り返る。

 少し口籠ってから、「ひつじは別」と小さな声で言った。


 ひゅう、と口笛を吹く茶臼山に、お前は本当に小学生かと羊花はツッコミを入れたかった。

「マジかぁ」と言いながら赤面している浅黄が可愛く見える。


 それから羊花は黒崎が一目置く存在として、浅黄や茶臼山に認められたらしい。

 浅黄は何くれとなく羊花の世話を焼き、茶臼山はガキ大将みたいな構い方で、羊花にちょっかいをかけた。


 暫く一定距離を空けていた紫倉と灰賀も、徐々に打ち解けた。

 紫倉とは本の貸し借りと愛犬自慢で意気投合し、灰賀にはいつか編みぐるみを作ってもらう約束もした。


 何気ない遣り取りを眺めている大きい羊花は、その一つ一つに胸が締め付けられる。


 例えば、羊花が紫倉にあげた紙の栞。

 本屋のレジ横に『ご自由にどうぞ』と置いてあり、イラストが紫倉の愛犬に似ていたから持ってきただけの物だ。

 当然、無料。配る側も使う側も、使い捨てと認識している品なはず。

 けれど記憶違いでなければ、紫倉は現在もあの栞を大切に使っている。


 それから、灰賀のくれた編みぐるみ。

 上手に作れるようになったらプレゼントするという約束を、彼は数年越しでちゃんと叶えてくれたらしい。


 彼等はたぶん、羊花を覚えていてくれた。

 それでも記憶のない羊花の為に掘り返さず、見守ってくれた。


(私はどうして、皆を忘れちゃったんだろう)


 こんなに大切にしてくれたのに、どうして。

 羊花はそう思わずにいられなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 羊ちゃん達の幼少期、ほのぼのしていいですね。 [気になる点] この先、悲しい過去が来るんだろうなと思ったら、心臓がドキドキです。 [一言] 日々色々な事があるかと思いますが、無理のないよう…
[一言] この後に何かがあったんですね、楽しみです。
[一言] やっぱり読み返すと、伏線が効いていますね。 特に15のクッキーをあげるシーンが感慨深かったです。
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