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「好みはそれぞれだし、貴方の趣味に文句をつけるつもりはない」
「はい」
「でもそれは逆も言える。私の主義主張を誰にとやかく言われる筋合いはないの」
「はい」
「マイナーだろうと、邪道だろうと、カプはカプ。数の暴力で殴りつけてくる相手に引く理由にはならない」
「はい」
「何が言いたいかっていうとね」
貼り付けたような笑顔で、淀みなく話していた篠木は言葉を区切る。
すっと眇めた目は微塵も笑っていなくて、絶対零度の視線が羊花を刺し貫いた。
「王道だからって調子こいてんじゃねえぞ」
「すみませんでした‼」
常になく声を張って、羊花は深々と頭を下げた。
自分が腐女子でなくとも、前世の友人との付き合いの中で逆カプが地雷になり得る事はしっかり理解していた。
更に逆カプが王道な場合、繊細な問題となってくる事も以下同文。
篠木の話を謙虚な態度で聞き、改めて「ごめんなさい」と謝罪する。
すると彼女は溜息一つで許してくれた。
「分かってくれたならいいわ。以後、王道マウントはとらないように」
「はい」
かけてもいない眼鏡をくいっと上げる仕草をして、わざと偉ぶったように言った篠木に羊花も小さく笑った。
「で、だ。ちょっと真剣な話をしたいんだけど」
「……うん」
篠木は表情を真剣なものに変え、改めて姿勢を正す。羊花も合わせて、椅子に深く座り直した。
「もしかして真白さんって……」
そこまで言って篠木は言葉に詰まった。
数秒の沈黙。それから『待って』と示すように掌を突き出してから、考え込んでいる様子だった。あっちこっちと彷徨う視線が、思考の迷走を物語る。
眉間にしわを寄せて唸る篠木の考えが、羊花には分かる気がした。
(『前世の記憶があるの?』って、簡単には聞けないよね)
さっきのカップリングの話ではないが、こちらもとてもデリケートな話題だ。
切り出し方次第では、電波の烙印を押されかねない。
それに限りなく黒でも、白の可能性がある段階では踏み込み難い。
羊花は『鱒蟹』という一部の人間にしか伝わらない言葉を出したが、あくまでグレー。この世界にもボーイズラブジャンルは存在するし、対象が三次元で、且つ同級生で妄想する猛者がいるかもしれない。
(なら私も白をきれる)
何を聞かれても、『なんの事?』と不思議そうに聞き返せば、おそらく篠木はそれ以上突っ込んではこない。
(でも……)
羊花は、僅かに俯く。
今までずっと、誰にも前世の話をした事はなかった。
別にそれで苦しんだ記憶もないし、孤独を感じた事もない。でも。
「……あります」
「えっ?」
虚を衝かれ、きょとんとした篠木の顔を見つめながら、羊花はゴクリと喉を鳴らす。
緊張に震える手でスカートを握り締め、羊花は言葉を続けた。
「あります。……前世の記憶」
「…………っ」
際限まで見開かれた篠木の瞳に、蒼褪めた羊花が映る。
息を呑んだ篠木は数秒溜めてから、満面の笑みを浮かべた。
「マジか! 仲間っ‼」
「わっ?」
勢いよく抱き着かれ、羊花は後ろへと椅子ごと倒れそうになる。
どうにか踏ん張って転倒を免れ、冷や汗を掻いた。でも篠木はお構いなしに、ぎゅうぎゅうと強い力で羊花を抱き締める。
体温が高めの篠木の腕の中で、羊花は目を白黒させた後、なんだか可笑しくなってきて笑ってしまった。
前世の記憶を持っている事で、苦しんでいないし、悩んでもいない。
けれどほんの少し、ちょっとだけ、寂しくはあったのかもしれない。
そうして羊花は篠木と、前世の話をした。
といっても、前世の記憶は朧げな部分が多い。家族構成はぼんやり覚えていても、家族の顔や名前は思い出せないとか。高校生くらいまで生きていたはずだが、死因は覚えていないとか。
元から覚えていないものも多い上に、時間経過で更に曖昧になっている。
その中で二人が共通で覚えているのが、この世界が舞台だと思われる漫画の存在。
残念ながらタイトルは篠木も忘れてしまっていたが、内容は羊花よりずっと詳しく覚えていた。
「でも設定と変わってる部分が多いんだよね。石動萌絵が全くの別人になったのは、羊花ちゃんが関わったからだろうけど」
ちなみにこの短時間で心の距離がぐっと縮まった為、お互いの呼び方も変わった。篠木は羊花を『真白さん』から『羊花ちゃん』へ。羊花は『篠木さん』を『咲良ちゃん』と呼ぶ事にした。
「初めて会った時、誰だか本気で分からなかったわ。透君がでかい声で『萌絵』って話しかけた時、二度見したしね。メンヘラ枠がギャル枠になるとか劇的なビフォーアフター過ぎるわ」
「今の方が可愛いでしょう?」
「言うねぇ。確かに今の方が好感持てるわ」
羊花が堂々と親友を自慢すると、篠木はにんまりと口角を吊り上げた。
しかしすぐに笑顔を消し、神妙な面持ちとなる。
「虐められてたって設定にあったよね。独りぼっちじゃなかったから石動萌絵は変われたんだろうけど、羊花ちゃんは大丈夫だったの? 巻き込まれて酷い事されなかった?」
「あ、うん。私は特に……」
そう返してから、羊花はふと頭にモヤがかかったような不明瞭さを感じた。
萌絵が同級生の女子に虐められていたのは覚えているし、その時に萌絵の傍を離れなかったのも記憶にある。
けれどその先が曖昧だ。
どうにか二人で乗り越えて、イジメは終わり、萌絵も強くなったのは思い出せるのに、その乗り越える過程の記憶は霞がかかっている。
古い記憶だし、思い出したいものでもない。忘れたいと願った結果なのだろうかと、羊花は釈然としない気持ちで思った。
しかしそんな羊花の疑問は当然ながら篠木には伝わらず、額面通り受け取った彼女は「そっか、良かった」と安堵の息を零す。
それから何かを思い出したのか、目を輝かせて羊花の方にズイと顔を寄せた。
「そういえば私、『Zoo』のメンバーに会った事あるんだ」
「……へ、へぇー」
羊花は動揺して、アクセントを間違えた。
しかしテンション上がっている篠木は気付かなかったようで、そのまま言葉を続ける。
「しかも黒崎と浅黄の二人だよ! 凄くない!?」
「すごいね」
今度は不自然なほどに平坦な発音となった。
元々、羊花は嘘が苦手だ。更に今は、篠木に全て話すべきかを迷っているせいで、余計にぼろが出ている。
「二人共、あり得ないほど顔が良かった! 二次元のクオリティを求めたらガッカリするだろうなと思ってたけど、そのままだったよ。寧ろ、イラストより実物の方が何百倍もイケメンだった」
「そうなんだ」
相槌を打つのが辛くなってきたので、羊花としては正直に全て話したい。
でもタイミングを完全に見失っている。
「……なんか反応薄くない? 羊花ちゃんは『Zoo』に興味無かった?」
羊花が微妙な顔をしている事にやっと気付いたらしい篠木は、訝しげに首を傾げる。
「いや、えーっと。なくはない……んだけど」
「?」
奥歯にものが挟まったような言い方に、篠木は更に怪訝そうな表情になった。
羊花は上手な説明の仕方を悩んで、悩んで、途中で放棄する。
横に置いてある自分のバッグを掴み、中を探った。取り出したのは某店のロゴが印刷されたショッパー。その中に入っている服を、羊花は無言で羽織った。
羊をイメージした白いパーカーのフード部分を被ると、篠木は唖然とした顔で固まる。
「え……、え?」
ぽかんと半開きになっていた口から、呆気に取られた声が洩れた。
ゆっくりと持ち上がった手が羊花を指差し、大きな目が数度瞬く。
「うぇええええええ!?」
信じられないとばかりに叫んだ篠木に、羊花はへらりと笑うしかなかった。




