14
「今日は早かったじゃねーか」
先に来ていた茶臼山は、イヤホンを外しながら羊花を見る。
どうやら今日はスマホではなく、携帯ゲーム機で遊んでいたようだが飽きたらしい。ソファーの上に放り投げたゲーム機の画面が中途半端な事が、羊花は地味に気になった。
(音ゲーを途中で放り出すとか、自由人だ)
「いつもみたく隅っこに隠れるのは止めたのか?」
からかう気満々でニヤニヤと笑う茶臼山に、羊花は眉間に皺を寄せる。
部活動も委員会もない羊花が溜まり場へ辿り着くのが遅いのは、茶臼山の言うように、往生際悪くそこらに隠れているのが主な理由だ。
行きたくない、でも無視する勇気もない。律儀に近所まで来ておきながらも、物陰に隠れてぐだぐだと悩んでいる。そして『しょうがない、行くか』と覚悟を決めた頃に『Zoo』の誰かが迎えに来るというのがルーティーンとなっていた。
羊花は彼等が迎えにくるタイミングの良さを不思議がっていたが、隅っこで小さくなって悩んでいる姿を、離れた場所から見守られているのを知らない。
「別に隠れてないですもん……」
ちょっと考え事をしているだけだと、無理のある言い訳をする。
「へぇー。わざわざあんな場所でか」
「す、隅っこ好きなだけですっ。落ち着くし」
「どっかにそんな生き物いたな。つかお前、加わっても違和感なさそう」
サンエッ〇スにも羊花にも怒られそうな発言だが、羊花はピンと来なかったらしく首を傾げていた。
「羊花さんは可愛らしいですから」
話に途中参加したのは、同じく先に来ていた紫倉だった。
茶臼山と基本セットな灰賀はおらず、珍しい組み合わせとなっている。
今日の紫倉はノー眼鏡で髪を上げているが、口調はいつもと変わらず穏やかなままだ。豹変されたらどうしようと、密かに怯えている羊花だが、別に彼は二重人格ではない。
メガネなしでも性格は変わらないし、逆を言えば、ブチギレたら良家の坊ちゃんの姿のままでも暴れるだろう。
「グッズが出たらボックス買い確定ですね」
「ぐっず……?」
日本語なのに、言っている意味が何一つ分からない。
でも理解もしたくないので、羊花はそのまま聞き流す事にした。
「ところで、今日は浅黄さんが迎えに行くと伺っておりましたが……」
羊花の傍に浅黄の姿がないので、行き違いになったのかと心配したらしい紫倉の言葉に、羊花は頷いた。
「はい、入り口まで一緒でした。今は黒崎さんに報告に行ってるみたいです」
「そうですか」
紫倉は「良かった」と安堵の息を零す。
ただしそれは、浅黄を思い遣っての事ではなかった。
「おかしな男につけ回されていると聞きました。一人で出歩いてはいけませんよ?」
(おかしな男って……)
ぽんと鱒渕の顔が頭に思い浮かぶ。
本来ならば主役として多くの人に愛され、『Zoo』のメンバーにも一目置かれるようになる男が、どうしてこうなってしまったのか。
原作には出てこなかった羊花の存在が、ストーリーの主軸を歪めてしまっているのかと、不安になる。
(原作では紫倉さんも、鱒渕君の事を割と気に入ってたっぽかったんだけど)
しかし今更どうにも出来ないし、自分のせいだから責任を取ろうなんて思うほど、羊花は健気ではない。
好きでもない男の為に自分が犠牲になるなんて、真っ平ごめんだった。
「なんだよ、ひぃ。お前、何処の男を誑かしたんだ?」
面白い事を聞いたとばかりに、茶臼山はにやりと笑う。
「誑かしてません」
(言い方!)
イラっとしながら言い返しても、茶臼山のニヤニヤ顔は崩れない。そんな顔していても美人は美人のままで、羊花は更にムカついた。
「オレが追っ払ってやろうか?」
「……ちなみにどんな風にです?」
(きっとロクでもない案だろうけど、一応)
聞くだけ聞こうと思うくらいには、羊花は困っていた。
それにしても失礼極まりないが。
「そりゃお前、『オレのオンナに手ぇ出すな』って凄めばイッパツだろ」
「はい、却下」
素気無くバッサリ切り捨てると、茶臼山は口を尖らす。
「オレ様が助けてやろうってのに、贅沢が過ぎんぞ」
「面白がってるだけじゃないですか……」
疲れたように溜息を吐くと、茶臼山は口角を吊り上げる。
「面白い事には全力で乗っかる主義だからな」
「メイワク……」
「なんか言ったか?」
「いえ、なにも」
テーブル越しに身を乗り出して顔を近づけられ、羊花は『やべ』と内心で呟きつつ目を逸らす。
「……ん?」
胡乱な目を向けてきていた茶臼山は、ふと動きを止める。
羊花が疑問を投げる前に、更に身を寄せてスンと鼻を鳴らした。
「!?」
(か、嗅いだ……!? 今、におい嗅いだ!?)
羊花はドン引きしていたが、茶臼山は一切気にした様子はない。
「なんか今日のお前、良い匂いがすんな」
「え、こわ。頭沸きました……?」
ずりずりと茶臼山から距離を取ろうとするが、茶臼山は気にせず距離を詰める。行儀悪くも、片膝がテーブルに乗っていた。
「茶臼山さん、それ以上はお止めください」
本格的に羊花が逃げようとする直前、二人の間を遮るように手が伸びる。
紫倉の口調は丁寧なままだったが、手で茶臼山の顔面を掴み、押し退ける動作は遠慮の欠片もなかった。
「紫倉、テメェ良い度胸してやがるな」
「いくらお顔が良くても、セクハラはセクハラです……、うん?」
涼しい顔で対応していた紫倉は、さっきの茶臼山のように訝しむような顔で動きを止める。
そして庇っていた羊花を振り返ると、同じように鼻を鳴らす。
「……羊花さん、今日は調理実習でもありましたか?」
「え?」
「貴方から甘い香りがします」
「!」
羊花はその言葉に、ぴしりと固まった。
色々あって忘れていたが、羊花には甘い香りの正体に心当たりがあった。
(わ、忘れてた!)
羊花のリュックの中には、手作りのクッキーが入っている。しかも試作品で大量に焼いた、不格好なものが。
お礼の品で悩み過ぎた羊花は、一周回って手作りクッキーという無難とも、地雷とも呼べる品に辿り着いていた。
大金は出せないし、センスに自信もない。それに好みは人それぞれで万人受けするものなんて思いつかない。
それならせめて、感謝の気持ちだけでも伝わるものにしようと考えた訳だが。
黒崎の腕には遠く及ばないのは当然というか、確定として。そもそも手作りの品を嫌う人は一定数いる。
思いついた時は割と無難な案に思えたが、焼いている間に正気に戻り、最も危険な賭けに出た事に気付いてしまった。たぶん悩み過ぎて疲れていたんだろう。
それでも別の品を考えずに、そのまま押し通す程度には、羊花は面倒臭がりだった。
(断られたら、それはそれでいいや。どうせお礼したいってのも自己満足だし)
そうしてクッキーを焼いたはいいが、流石にマズいものは渡せない。
なら誰かに味見して貰おうと思い至ったのは自然な流れだ。
今日、本当ならば昼休みに萌絵や他の友達に試食してもらって、アドバイスを聞こうと思っていた。
しかし鱒渕に付き纏われて、それどころではなくなってしまった。
「羊花さん?」
蒼褪める羊花を紫倉が覗き込む。
ビクリと肩を揺らしてから、視線があからさまに逸らされる。
「……調理実習はなかったです」
「調理実習『は』、ですか」
一番スルーしてほしかった部分を丁寧に拾われてしまい、羊花は冷や汗を掻いた。




