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「今日は早かったじゃねーか」


 先に来ていた茶臼山は、イヤホンを外しながら羊花を見る。

 どうやら今日はスマホではなく、携帯ゲーム機で遊んでいたようだが飽きたらしい。ソファーの上に放り投げたゲーム機の画面が中途半端な事が、羊花は地味に気になった。


(音ゲーを途中で放り出すとか、自由人だ)


「いつもみたく隅っこに隠れるのは止めたのか?」


 からかう気満々でニヤニヤと笑う茶臼山に、羊花は眉間に皺を寄せる。


 部活動も委員会もない羊花が溜まり場へ辿り着くのが遅いのは、茶臼山の言うように、往生際悪くそこらに隠れているのが主な理由だ。

 行きたくない、でも無視する勇気もない。律儀に近所まで来ておきながらも、物陰に隠れてぐだぐだと悩んでいる。そして『しょうがない、行くか』と覚悟を決めた頃に『Zoo』の誰かが迎えに来るというのがルーティーンとなっていた。


 羊花は彼等が迎えにくるタイミングの良さを不思議がっていたが、隅っこで小さくなって悩んでいる姿を、離れた場所から見守られているのを知らない。


「別に隠れてないですもん……」


 ちょっと考え事をしているだけだと、無理のある言い訳をする。


「へぇー。わざわざあんな場所でか」


「す、隅っこ好きなだけですっ。落ち着くし」


「どっかにそんな生き物いたな。つかお前、加わっても違和感なさそう」


 サンエッ〇スにも羊花にも怒られそうな発言だが、羊花はピンと来なかったらしく首を傾げていた。


「羊花さんは可愛らしいですから」


 話に途中参加したのは、同じく先に来ていた紫倉だった。

 茶臼山と基本セットな灰賀はおらず、珍しい組み合わせとなっている。


 今日の紫倉はノー眼鏡で髪を上げているが、口調はいつもと変わらず穏やかなままだ。豹変されたらどうしようと、密かに怯えている羊花だが、別に彼は二重人格ではない。

 メガネなしでも性格は変わらないし、逆を言えば、ブチギレたら良家の坊ちゃんの姿のままでも暴れるだろう。


「グッズが出たらボックス買い確定ですね」


「ぐっず……?」


 日本語なのに、言っている意味が何一つ分からない。

 でも理解もしたくないので、羊花はそのまま聞き流す事にした。


「ところで、今日は浅黄さんが迎えに行くと伺っておりましたが……」


 羊花の傍に浅黄の姿がないので、行き違いになったのかと心配したらしい紫倉の言葉に、羊花は頷いた。


「はい、入り口まで一緒でした。今は黒崎さんに報告に行ってるみたいです」


「そうですか」


 紫倉は「良かった」と安堵の息を零す。

 ただしそれは、浅黄を思い遣っての事ではなかった。


「おかしな男につけ回されていると聞きました。一人で出歩いてはいけませんよ?」


(おかしな男って……)


 ぽんと鱒渕の顔が頭に思い浮かぶ。


 本来ならば主役として多くの人に愛され、『Zoo』のメンバーにも一目置かれるようになる男が、どうしてこうなってしまったのか。

 原作には出てこなかった羊花の存在が、ストーリーの主軸を歪めてしまっているのかと、不安になる。


(原作では紫倉さんも、鱒渕君の事を割と気に入ってたっぽかったんだけど)


 しかし今更どうにも出来ないし、自分のせいだから責任を取ろうなんて思うほど、羊花は健気ではない。

 好きでもない男の為に自分が犠牲になるなんて、真っ平ごめんだった。


「なんだよ、ひぃ。お前、何処の男を誑かしたんだ?」


 面白い事を聞いたとばかりに、茶臼山はにやりと笑う。


「誑かしてません」


(言い方!)


 イラっとしながら言い返しても、茶臼山のニヤニヤ顔は崩れない。そんな顔していても美人は美人のままで、羊花は更にムカついた。


「オレが追っ払ってやろうか?」


「……ちなみにどんな風にです?」


(きっとロクでもない案だろうけど、一応)


 聞くだけ聞こうと思うくらいには、羊花は困っていた。

 それにしても失礼極まりないが。


「そりゃお前、『オレのオンナに手ぇ出すな』って凄めばイッパツだろ」


「はい、却下」


 素気無くバッサリ切り捨てると、茶臼山は口を尖らす。


「オレ様が助けてやろうってのに、贅沢が過ぎんぞ」


「面白がってるだけじゃないですか……」


 疲れたように溜息を吐くと、茶臼山は口角を吊り上げる。


「面白い事には全力で乗っかる主義だからな」


「メイワク……」


「なんか言ったか?」


「いえ、なにも」


 テーブル越しに身を乗り出して顔を近づけられ、羊花は『やべ』と内心で呟きつつ目を逸らす。


「……ん?」


 胡乱な目を向けてきていた茶臼山は、ふと動きを止める。

 羊花が疑問を投げる前に、更に身を寄せてスンと鼻を鳴らした。


「!?」


(か、嗅いだ……!? 今、におい嗅いだ!?)


 羊花はドン引きしていたが、茶臼山は一切気にした様子はない。


「なんか今日のお前、良い匂いがすんな」


「え、こわ。頭沸きました……?」


 ずりずりと茶臼山から距離を取ろうとするが、茶臼山は気にせず距離を詰める。行儀悪くも、片膝がテーブルに乗っていた。


「茶臼山さん、それ以上はお止めください」


 本格的に羊花が逃げようとする直前、二人の間を遮るように手が伸びる。

 紫倉の口調は丁寧なままだったが、手で茶臼山の顔面を掴み、押し退ける動作は遠慮の欠片もなかった。


「紫倉、テメェ良い度胸してやがるな」


「いくらお顔が良くても、セクハラはセクハラです……、うん?」


 涼しい顔で対応していた紫倉は、さっきの茶臼山のように訝しむような顔で動きを止める。

 そして庇っていた羊花を振り返ると、同じように鼻を鳴らす。


「……羊花さん、今日は調理実習でもありましたか?」


「え?」


「貴方から甘い香りがします」


「!」


 羊花はその言葉に、ぴしりと固まった。

 色々あって忘れていたが、羊花には甘い香りの正体に心当たりがあった。


(わ、忘れてた!)


 羊花のリュックの中には、手作りのクッキーが入っている。しかも試作品で大量に焼いた、不格好なものが。


 お礼の品で悩み過ぎた羊花は、一周回って手作りクッキーという無難とも、地雷とも呼べる品に辿り着いていた。


 大金は出せないし、センスに自信もない。それに好みは人それぞれで万人受けするものなんて思いつかない。

 それならせめて、感謝の気持ちだけでも伝わるものにしようと考えた訳だが。


 黒崎の腕には遠く及ばないのは当然というか、確定として。そもそも手作りの品を嫌う人は一定数いる。

 思いついた時は割と無難な案に思えたが、焼いている間に正気に戻り、最も危険な賭けに出た事に気付いてしまった。たぶん悩み過ぎて疲れていたんだろう。


 それでも別の品を考えずに、そのまま押し通す程度には、羊花は面倒臭がりだった。


(断られたら、それはそれでいいや。どうせお礼したいってのも自己満足だし)


 そうしてクッキーを焼いたはいいが、流石にマズいものは渡せない。

 なら誰かに味見して貰おうと思い至ったのは自然な流れだ。


 今日、本当ならば昼休みに萌絵や他の友達に試食してもらって、アドバイスを聞こうと思っていた。

 しかし鱒渕に付き纏われて、それどころではなくなってしまった。


「羊花さん?」


 蒼褪める羊花を紫倉が覗き込む。

 ビクリと肩を揺らしてから、視線があからさまに逸らされる。


「……調理実習はなかったです」


「調理実習『は』、ですか」


 一番スルーしてほしかった部分を丁寧に拾われてしまい、羊花は冷や汗を掻いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 〉ぽしゃった味見の予定 ………。鱒ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!? 萌絵ちゃんガチギレますね(遠い目 鱒は反省して自分なりに自己改善目指してるんでしょうが。 取り敢えず貴様は保父さんと絵本の読み合わせ…
[良い点] 大丈夫だよ、皆喜ぶと思うよ。寧ろ、萌絵ちゃんは幼なじみ君のせいで試食と言う名で最初にプレゼントして貰えなかった事を知ったら、彼をどう扱うか……。 [気になる点] ひぃって、羊って意味だと思…
[一言] さて、クッキーの評価は?
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