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素晴らしいこの世界の片隅で。

遠い昔の小さな友人

作者: ニチニチ
掲載日:2021/08/08

昔。


まだ家の周りが田んぼだらけだったころ。

近所の年上の友達に教えてもらって、アリの巣にジュースを流し込んでいたころ。

ザリガニやカエルをバケツ一杯捕って、大切に育てようと思ってすぐに死なせてしまったころ。


父親の友人のおじちゃんは、山奥のアトリエで、ひとり未来を描いていた。




広々としたアトリエの真ん中に、大人の背丈よりも大きなキャンバス。

そには、ただただ絵具がぶちまけられていた。



おじちゃん。

やっぱりぼくにはわからないや。

でも、いつかぼくがおとなになってわかるときがきたら、ぜったいちょうだいね。

やくそくだよ。



静まり返ったアトリエの中。

むせ返るような、水彩絵具とアクリル絵具のにおい。


外にはゆるやかな川のせせらぎが聞こえていた。

ギョギョギョギョギョギョギョ。

あれはヨタカの鳴き声だっただろうか。


窓を開けて夜空を見上げた。

そこには、届きそうで届かない無数の輝きがあった。

もし流れ星が流れたら、スーパーファミコンをお願いしよう。


そう思いながら、ひとり流れ星待っていた。




それから数年して、おじちゃんはアメリカで石彫刻家として注目された。

それ以来、拠点をニューヨークに移して活動していた。

あの懐かしい記憶は、もう手の届かないところへ行ってしまった。




ねえ父さん。

何で絵を描くことをやめてしまったの?


一度だけ、尋ねたことがあった。

絵を描くだけじゃ食べていけないからだ。

でも、きっと未来を見つめることから逃げだしてしまったんだろうな。


そこには、さびしそうに遠くを見つめる父親の姿があった。




先日、実家に帰ったら僕宛に荷物が届いていた。

送り主はおじちゃんだった。

すぐに開けてみると、そこには2枚の絵と几帳面な字で綴られた手紙が入っていた。




ニチニチ君へ


久しぶりだね。

知っていると思うが、私は今難病と闘っています。

薬の副作用で体調はイマイチで思うように体が動きません。


先日、夢を見ました。

ずっと昔にアトリエに来てくれたことがあったね。

そこで、いつか作品がほしいと言われた記憶が蘇ってきたんだ。

それから、ほんの少しずつ創作し始めて、ようやく形になったよ。


本来ならば額まで創り上げてから贈りたかったけど、体が言う事を聞かないんだ。


作品は額に入れて初めて完成だ。

この絵ならばシンプルな額がいいと思う。

地幅等の詳細は記載しておくから、いつか額屋で完成させてやってほしい。


あの日からずいぶん経ってしまったね。

待たせてしまって本当にすまない。

でも、約束を果たせる日が来て安心している。


今は実家を出ていると聞いています。

昔の君を思い出しながら、今の君を想像しながら創作しました。

見えるところに飾ってもらえれば幸いです。




~遠い昔の小さな友人へ~

・石と円(Q)

・Stacking Stone(A)





額を作ってもらって飾ってみた。

水彩絵具とアクリル絵具で描かれた2枚の絵。

それらは、シンプルでいて先進的なデザインだった。

物を置きたがらない僕の性格と、リビングの雰囲気に寸分の狂いもなくマッチしていると思う。



そうか。

芸術家は緻密な計算をする人と、感性で爆発的に描く人に分かれると言う。


今まで、抽象的でいて、力強い作風から、おじちゃんは爆発派だと思っていた。

でも、おじちゃんは前者だったのだ。

現代においてこのスタイリッシュなデザインは、十分受け入れられると思う。



遠い昔、20数年前に見たキャンバスのデザインと変わっていない。



石彫刻家として精力的に活動していても、あの頃からずっと自分のポリシーを貫いてきたんだ。

何だか今の自分を見透かされている気がして、背筋をぐっと伸ばした。






おじちゃんが変わったんじゃない。

世界が変わったんだ。

おじちゃんは、あの日からずっと未来を描いてきたんだ。




外に出てみる。

星はほとんど見えなくなっていた。

昔みたいに、ただただ流れ星を待ってみようかしら。

そんなことが、ふと頭をよぎったが思い直した。


今の自分には部屋の中がお似合いだ。

とっておきのウイスキーを棚から取り出す。

机の上に置いた2つのグラスに氷を入れて、ウイスキーを静かに満たしていく。






僕はグラスを一つ持ち上げて、目の前の持ち手のいないグラスにそっと乾杯した。

寂しげなグラスは、少し間を開けてから、カランと返事をした。

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