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素晴らしいこの世界の片隅で。

遠い昔の小さな友人

作者: ニチニチ

昔。


まだ家の周りが田んぼだらけだったころ。

近所の年上の友達に教えてもらって、アリの巣にジュースを流し込んでいたころ。

ザリガニやカエルをバケツ一杯捕って、大切に育てようと思ってすぐに死なせてしまったころ。


父親の友人のおじちゃんは、山奥のアトリエで、ひとり未来を描いていた。




広々としたアトリエの真ん中に、大人の背丈よりも大きなキャンバス。

そには、ただただ絵具がぶちまけられていた。



おじちゃん。

やっぱりぼくにはわからないや。

でも、いつかぼくがおとなになってわかるときがきたら、ぜったいちょうだいね。

やくそくだよ。



静まり返ったアトリエの中。

むせ返るような、水彩絵具とアクリル絵具のにおい。


外にはゆるやかな川のせせらぎが聞こえていた。

ギョギョギョギョギョギョギョ。

あれはヨタカの鳴き声だっただろうか。


窓を開けて夜空を見上げた。

そこには、届きそうで届かない無数の輝きがあった。

もし流れ星が流れたら、スーパーファミコンをお願いしよう。


そう思いながら、ひとり流れ星待っていた。




それから数年して、おじちゃんはアメリカで石彫刻家として注目された。

それ以来、拠点をニューヨークに移して活動していた。

あの懐かしい記憶は、もう手の届かないところへ行ってしまった。




ねえ父さん。

何で絵を描くことをやめてしまったの?


一度だけ、尋ねたことがあった。

絵を描くだけじゃ食べていけないからだ。

でも、きっと未来を見つめることから逃げだしてしまったんだろうな。


そこには、さびしそうに遠くを見つめる父親の姿があった。




先日、実家に帰ったら僕宛に荷物が届いていた。

送り主はおじちゃんだった。

すぐに開けてみると、そこには2枚の絵と几帳面な字で綴られた手紙が入っていた。




ニチニチ君へ


久しぶりだね。

知っていると思うが、私は今難病と闘っています。

薬の副作用で体調はイマイチで思うように体が動きません。


先日、夢を見ました。

ずっと昔にアトリエに来てくれたことがあったね。

そこで、いつか作品がほしいと言われた記憶が蘇ってきたんだ。

それから、ほんの少しずつ創作し始めて、ようやく形になったよ。


本来ならば額まで創り上げてから贈りたかったけど、体が言う事を聞かないんだ。


作品は額に入れて初めて完成だ。

この絵ならばシンプルな額がいいと思う。

地幅等の詳細は記載しておくから、いつか額屋で完成させてやってほしい。


あの日からずいぶん経ってしまったね。

待たせてしまって本当にすまない。

でも、約束を果たせる日が来て安心している。


今は実家を出ていると聞いています。

昔の君を思い出しながら、今の君を想像しながら創作しました。

見えるところに飾ってもらえれば幸いです。




~遠い昔の小さな友人へ~

・石と円(Q)

・Stacking Stone(A)





額を作ってもらって飾ってみた。

水彩絵具とアクリル絵具で描かれた2枚の絵。

それらは、シンプルでいて先進的なデザインだった。

物を置きたがらない僕の性格と、リビングの雰囲気に寸分の狂いもなくマッチしていると思う。



そうか。

芸術家は緻密な計算をする人と、感性で爆発的に描く人に分かれると言う。


今まで、抽象的でいて、力強い作風から、おじちゃんは爆発派だと思っていた。

でも、おじちゃんは前者だったのだ。

現代においてこのスタイリッシュなデザインは、十分受け入れられると思う。



遠い昔、20数年前に見たキャンバスのデザインと変わっていない。



石彫刻家として精力的に活動していても、あの頃からずっと自分のポリシーを貫いてきたんだ。

何だか今の自分を見透かされている気がして、背筋をぐっと伸ばした。






おじちゃんが変わったんじゃない。

世界が変わったんだ。

おじちゃんは、あの日からずっと未来を描いてきたんだ。




外に出てみる。

星はほとんど見えなくなっていた。

昔みたいに、ただただ流れ星を待ってみようかしら。

そんなことが、ふと頭をよぎったが思い直した。


今の自分には部屋の中がお似合いだ。

とっておきのウイスキーを棚から取り出す。

机の上に置いた2つのグラスに氷を入れて、ウイスキーを静かに満たしていく。






僕はグラスを一つ持ち上げて、目の前の持ち手のいないグラスにそっと乾杯した。

寂しげなグラスは、少し間を開けてから、カランと返事をした。

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