9:ゴールドの生える山
今日も今日とて金稼ぎ。
知ってるか知らないかは知らないが、おれは知っているので、知っていなくても安心してくれ。<ドルマッシュ>というキノコの話だ。
風味豊かなこのキノコは、その味わいから美食家たちが求めてやまない逸品だ。
また食用のみならず、特殊な薬効成分が薬にも――もちろん毒にも――使えるとして、薬師たちもこぞって欲しがっている。
そんなに需要があるのなら、さぞかし毎日どっさりと市場に流れているのかと思いきや、ぜんぜんそんなことはない。
この世界のバランスは、始まりの日に創造主が二日酔いにでもなっていたせいか、とてつもなくバグっており、さっぱり使い物にならないものが掃いて捨てるほど見つかるかと思えば、いくらあっても足りないというほど利用価値のあるものが、目を皿のようにしてもちっとも見つからないという有様なのだった。
ドルマッシュも、そうした調整不足の犠牲のひとつであるにちがいなかった。
ただ、今のおれたちにとってはそれがむしろ好都合だった。その名前の響きからもなんとなくわかってくれるだろうが、このキノコはきわめて高値で取引されている。
だからもしおれたちがこれをたっぷりと採集することができたのなら、たちまちにして目標達成とは行かないまでも、大きなスタートダッシュが切れることになる。
「というわけでやって参りましたのがこちらの山地」
斜面にはびっしりと木々が生え、地面は下生えと根に埋め尽くされている。
「視界が悪いし、足場も不安定だ。不意打ちされてはひとたまりもないな。気をつけて行けよ」
ロイヒがおれたちに忠告した。
「ここはどう見ても魔術師に向いたハイキングコースとは言えなさそうじゃな」
セザメはため息をついた。このイコウ山地に入ってから、すでに彼女は平均的な冒険者が一月にしでかす程度もすっ転びを果たしていた。
おれは古びた植物図鑑をぱらりとめくり、改めてドルマッシュの特徴について確かめた。
「いいか、おれたちの探しているキノコはとてつもなく地味な色合いで、ほとんど樹皮と区別がつかないほどだ。だからただの苔だと思っても、見過ごさずに確認すること。大きさも他のキノコと比べてかなり小ぶりだから、相当に見つけにくいことは覚悟しなくちゃならんようだ」
「シーフなんかがおれば、お宝を嗅ぎ回るあの注意深さで、きっとキノコ探しもはかどったことだろうになあ」
セザメが残念そうに言った。おれはそれを聞いてドリミーのことを思い浮かべたが、もしあの天賦の悪運の持ち主が同行していたなら、そもそもこの地点まで無事にやって来ることすらできなかったんじゃないか……?
「なにものねだりをしても仕方がない。日が暮れると厄介だ。ほら、さっさと行くぞ」
ロイヒの言葉を合図にして、おれたちはサイフをびしょびしょに潤してくれるはずの、ドルマッシュを探し始めるのだった。
見つからなかった。
「は? 明らかにおかしい。どうしてこんなに必死で探しているのに一つも見つからんのだ。くそ」
ロイヒがぶつぶつとつぶやいていた。おれとセザメはと言えば、そんな悪態をつく気力すらなく、木の根元に寄りかかっていた。
ほとんど日が暮れそうになるまで、さんざん山のあちこちへ足を運び、木という木の根元をかき分けるようにして探したのだが、ついぞ一つも見つからなかったのだ。
「どうりで高価いわけじゃ」
セザメがぼそっと言った。
「これだけ探しても手に入らないんじゃからなあ」
一応、ドルマッシュほどではないにせよ、それでも多少の値はつくキノコや山菜のたぐいも、同時に探してはいたのだが、なんと、それすらも手に入らなかったのだ!
「この山は呪われている」
おれは確信した。
「このまま夜までここにいたんじゃ、おれたちまで呪われて、二度と探しものが見つからない体にされてしまうぞ」
「なにをバカなことを……しかし、潮時なのはたしかだ。もう日が暮れてしまう。その前に山を降りるとしよう」
ロイヒの言葉におれたちはうなずき、夢と消えたキノコの影をそこここに幻視しつつ、失意のままに山を下りた……かったのだけれども。
人間、やはり辺りが暗くなってくると焦りがちになってしまうもので、それはおれたちのような百戦錬磨の冒険者パーティーとて、例外ではなかったのだ。
「すまん、一つ聞きたいことがあるのだが……」
ロイヒが言った。
「ここはどこだ?」
セザメが灯した魔力の灯りで、誤って崖に踏み外すようなことはなかったものの、頭上を見上げれば木の枝ばかりが張り巡らされ、月も星も見えやしない。
行けど行けども入山口に戻れる気配はちっともなく、堂々巡りをしているような気分にさえなる。
ともすると、こういうときには迷子の犯人探し、仲間割れが起こりがちだ。お互いにお互いのせいだと責任を押し付けあい、心細さと不安を怒りで紛らわせようとするのだ。
しかし、おれたちはそんな愚かなマネはしない!
だって全員に責任があることが明らかだったからだ。
三人が三人とも、これこそが来た道を示す目印だ! と、とんちんかんな物を指差し、そのたび律儀にその言葉を信じたため、当然ながらルートはしっちゃかめっちゃかになり、とうとう誰も入り込んだことがないのではないかと思われるほどの深みへはまり込んでしまったのである。
「こりゃもう、あれじゃな、野宿じゃ」
セザメがきっぱりと言った。
「ヘタに動くと墓穴を掘る……ぶっちゃけもう墓の中にいるような気分じゃが……とにかく、これ以上動くのは危険じゃ」
やむを得ないと、おれたちが土臭い地面に腰を下ろそうとしたとき、ロイヒが何かを発見した。
「おい! あそこにあるのは家じゃないか?」
「なに言ってんだ。こんなところに居を構えるような根性の持ち主が、今のこの世の中にいると思って……」
おれはロイヒの指す方向を見た。
「ほんとだ」
確かに、家のようなものがあった。入り口に吊るされたランタンが、その輪郭を浮き彫りにしている。
だいぶみすぼらしい、ほとんど掘っ立て小屋のようにも見えるものだったが、今のおれたちにとっては天界の宮殿にも匹敵するほど美しく見えた。
「きっとこの辺りの地形にも詳しいはずじゃ!」
おれたちは喜んでその家まで一直線に駆けていった。足元の悪さも感じさせないその走りは、ロードランナーをも凌駕するものだったにちがいない。誰も見ている人がいなかったのが残念なくらいだ。
おれたちは小屋の戸にたどり着き、逸る気持ちを抑えて、できる限り礼儀正しくノックした。
「……なんだ?」
いかにも山男といった雰囲気の太い声音が中から響いてきた。
「いやどうも夜分遅くにすみません。キノコ採りに来ていたら、道に迷ってしまいましてね……」
おれたちがそう説明すると、いくぶん声が和かになって返ってきた。
「おお、そうか! それは大変だったな。今戸を開けるから待っていてくれ。」
なにかガタゴトという音が聞こえたかと思うと、しばらくして戸は開かれた。
「いやあ、あんたら幸運だよ。ここを見つけるなんて……」
中から出てきた男は、にやにやと笑っていた。
その手には、あんまり見る人を楽しい気持ちにはさせないような、大斧が握られていた。
「……この山賊のアジトをな!」
<読んでも読まなくてもいい解説>
・シーフ
名前がこれだからといって、べつに本当に犯罪を犯すわけではない。もちろんその身のこなしや、解錠のテクニックを悪用する不埒な輩もいるにはいるが、そんなに多くはない。多くのシーフは、自らのスキルをまっとうな目的にのみ役立てようとするものだ。ただし、戦闘はからっきしという者も多い。一応、ギルドによる定義においては、戦闘もある程度こなせるとの触れ込みだが、実際にはぜんぜん役立たないシーフがほとんど。特に即席で組んだパーティーに盗賊が混じっていた場合、少しでも身の危険を感じれば一目散に逃走してしまうことがほとんど。しかし、そういうものだと割り切る姿勢も大切である。シーフがいなければ、ただの木箱一つもおちおち開けられないのだから。