7:先着三名様
慌ただしい三人分の足音が、ずかずかとおれたちのいる部屋まで近づき、ノックもせずに入り込んだ。
「やっと見つけたぞ! さあ我らの頼みを聞いてもら……な、ああっ!? ラサニ、どうしてお前がここにいるんだ!?」
三人の先頭に立った女戦士が言った。
「同じ質問をぜひこちらからもさせていただきたいもんだ」
おれはげんなりした。
屋敷へ闖入してきたのは、このルバイラ・レクマニと、その後ろのタキカ・イデトロス、クイニー・イーツァの三人だった。
彼女たちもおれたちと同じように冒険者として活動しているのだが、どういうわけか――特にルバイラが――おれたちを目の敵にして、何かと張り合おうとしてくるのだった。
いくら過去を振り返ってみても、さっぱり恨まれるようなことをした覚えはない。たぶん、永遠にその理由が明かされることはないだろう。
「ここは鍛冶屋でしょう。鍛冶屋を訪れる目的は一つに決まっているじゃないですか」
クイニーが言った。
「武器だよ武器! そのために来たのに決まってるじゃない」
タキカも言う。
「わざわざここを選んだということは……まさか……」
ロイヒの悪い予感は的中した。
「あの業物、<王無弐縫天刀>を作ってもらうためだ!」
ルバイラが大声で言った。彼女は大声で言わなくていいことを大声で言う。いつもそうだ。
「もしや貴様らもそのためにここへ?」
「その通りじゃ」
セザメが答えた。
「……何? また同じ注文……」
ウトロクがベッドから身を起こした。
「おお! あなたが職人か? ……なんだかずいぶん具合が悪そうだが、ハンマーは振るえるのか? はっきり言って、死にかけに見えるのだが……」
なんともデリカシーのない言葉だ。おれは呆れた。
「ええ」
ウトロクはうなずいた。
「もうすぐ死ぬの」
「そうか。じゃあその前に我々の頼みを聞いてもらうことに……って、ああ!? もしや、こいつらが先に!?」
「まあ、そうだけど……でも、まだ正式に依頼を受けたわけじゃない。費用をもらってないから……」
「ふん、貧乏人どもめ! 素寒貧の星の下に生まれついたことをせいぜい後悔するがいいぞ! 鍛冶屋よ、値段を提示してくれたまえ。私達はただちにそれを支払おうぞ」
「一億」
「ああ、そんなもん……え?」
ルバイラたちは顔を見合わせた。
「どうしたんすか富豪の皆さん。あなた方だったら一億なんて金額、屋台でまんじゅうを買うくらいの感覚で出せちゃうものじゃないんすか?」
おれの言葉に、ルバイラは顔を真赤にした。
「く、う、うるさい! もちろんそうだ! た、ただ、ちょっと今は、素材の収集に出費がかさんだゆえ……」
「払えないの?」
ウトロクが訊ねた。
「い、いや! そんなことはない! 待ってくれ、もう少し……」
「今払えなくちゃダメ」
「ええそんな! 頼むから……」
「ダメ」
まだしばらく、ウトロクが仕事を始めるのには時間がかかりそうだった。
「さっきも言ったけど……わたしはたぶん……もう少しで死ぬ」
しばらくして、彼女は再び口を開いた。
「だからこの仕事が最後になると思う……作れるのは、一振りだけ……どっちのパーティーでもいいけど……先に一億払ったほうのを作ることにする」
そう言うと、気だるそうに目を閉じた。
「……さっさと払ってね」
「一回で一億稼げる仕事はありますか」
「ございません」
「世知辛い世の中だなあ」
おれの希望はあっけなく、冒険者ギルド職員のお姉さんに打ち砕かれた。
「いつの世の中にもそんな仕事はないだろう」
ロイヒは呆れていた。
「真面目が一番じゃ。コツコツとな。一億というのは途方も無い金額ではあるが、決して手の届かないものではない……はず」
セザメの声は尻すぼみになっていった。
「そうだな……とにもかくにも、金を稼ぐためには、仕事をこなさなきゃならん。一万稼ぐのも一億稼ぐのも、その点にかけちゃまったく同じさ。よし! みんなで手分けをして、できるだけ割のよさそうな仕事を探そうぜ」
「おー」
おれたちはギルドを通して依頼された仕事がびっしりと貼り付けられている掲示板を、もはや人類の限界を超越していると言えそうなくらいに目を開いてとくと見た。
あらかた探し尽くすと、それぞれが目ぼしいと思われる依頼書を手に抱えて集まった。
「こんなのがあったぞ。『イズデ坑道での採掘作業』……同じような他の仕事と比べて、ずいぶんと割がいいようだ」
ロイヒからもらった紙をよく読んで、おれは首を振った。
「ものすんごーく小さな文字で、『一切の保障なし』って書いてあるぞ。つまり、保障が必要になるような危険要因があるくせ、それに対して金を払う気はない、ってことだな」
「イズデ坑道って、あれじゃろ、どうして閉めないのか不思議なくらいしょっちゅう落盤して、そのうえ、少しでも吸えば一生剣を握れなくなるような体になるガスが噴出しまくるという……」
と、セザメも言った。
「……これはやめたほうがよさそうだ」
ロイヒはその紙を元の場所に戻した。
「ふむ、これはどうかな。『酒鮭の配達』。酒鮭ってのは天然のアルコールの川に棲んどる魚じゃな。これをマンモクの里に運ぶだけでいいそうじゃ」
「おい、あの里ってたしか酒類の持ち込みが禁じられていなかったか?」
ロイヒが言った。
「修行僧たちの里だから、表向きはそうなってるけど、こういう依頼があるってことは……」
「後ろ暗い仕事は好かん」
セザメは顔をしかめ、元の場所へと紙を戻しに行った。
「なかなかよさそうな仕事は見つからないもんだな」
おれの言葉にふたりはうなずきかけ、それからへんな顔をした。
「おいラサニ。お前も目ぼしい仕事を探したんじゃなかったのか。まだお前が見つけたものは聞いてないぞ」
「そりゃそうでしょ。見つけてないもの」
二人がおれを殺す相談を目の前で始めたので、慌てた。
「いや、いや、探そうとはしたぜ? でもな、やっぱり、ピンと来るものがないっていうか、こんな仕事をするよりもっと他の割のいい仕事をしたほうがいいんじゃないか、時間の無駄なんじゃないかっていう気が……」
「仕事をしなきゃ金は稼げない、とか言っていたのはお前じゃろうが」
セザメが言った。
「そんなことを言っていたら、一生何の仕事もできないだろうが」
ロイヒも言った。
「……はい、その通りであります……」
しょぼくれるおれを気の毒に思ったのか、いやそんなことはないだろうが、誰かが近づいてきて、言った。
「あのう、みなさん、仕事を探しておられるのですか……?」
見ると、小柄な女性だった。少女と言ってもいいくらいの顔立ちだ。おれたちの視線を受け、またたく間に顔が赤くなる。
「もしよかったら、お力を貸していただきたいのですけれど……」
<読んでも読まなくてもいい解説>
・酒鮭
銘酒の川で生まれ、神酒の海から帰ってくる。一口食べるだけで人事不省に陥り、十二時間分の記憶を失くす。忘却のポーションの材料としてしばしば用いられる。ちなみに念入りに火を通すと酒を飛ばすことができ、普通の鮭として食える。美味。