4:至高の一振りを誰が鋳る?
鍛冶ドワーフ達が住まう火山地帯を目指し、おれたちはアルトチューリ発の馬車に乗り込んだ。
馬車ってのはいいもんだ。そりゃ、一刻も早く目的地に行きたいっていうのなら、自分で馬を駆ったほうがいい。
けれど、どんなトラブルがあるかわからないからな。この前なんか、自生のリンゴの匂いを嗅ぎ取った馬が興奮して、おれを振り落として先に行っちまいやがった。
その前には借りた馬が何の前触れもなく死んじまったこともあったな。おれのせいじゃない、ってさんざん言い張ったのに、あの野郎ときたら、とんでもない賠償金を請求しやがった。
ピンピンの馬が二頭も買えるような値段だぜ? そりゃ、死なせちまったのは悪いと思うが、あの皮と骨だけの、ヨボヨボの、冥府に片足を突っ込んだような馬につける値段としちゃ、破格もいいとこじゃないか?
案の定、後から聞いた噂じゃ、あの主人、わざと弱らせた馬を貸し出していたらしい。しかも長距離用で、だ! 過酷な旅路に、もちろんそんな馬が耐えられるわけがない。
そこで乗り手が死なせちまったところで、おいおいと泣く演技をしてみせ、同情を誘ったうえ、目ン玉が飛び出て地面に落っこちるような金を請求するわけだ。
そんなことで荒稼ぎしていたせいだろう。バチが当たったんだな。あれからしばらくして、あいつは馬の後ろ足で蹴られて死んじまった。顔についたひづめの跡は、火葬した後に出た骨にまで残ってたそうだ。
悪いことはできないもんだな。
まあそんなことを考えながら優雅に馬車に揺られていると、ありゃ? なんだか様子がおかしい。やけに速度が遅い。
こりゃあれか、破門されて盗賊に成り下がった魔道士が、馬車荒らしを目論んで馬に遅延魔法をかけたのか? いい度胸だ! 強盗は乗客の顔を見てからにしたほうがいいってことを教えてやるぜ!
……なーんて思っていたら、御者が申し訳無さそうな顔で振り返った。その目線をたどるとロイヒにぶつかる。
「すいやせんが、馬がへたっちまったようです。お客さんが、あのう、ちょっとばかし、ちょっとばかしですよ、重すぎるようなんですが……」
セザメとおれはロイヒを見た。
「……なんだ? 私のせいだとでも言うのか?」
ご明察。
結局ロイヒには馬車を降りてもらい、一人だけ徒歩でついて来るかっこうとなった。
「これロイヒ、なんじゃそのザマは! お主それでも騎士の端くれか! もっとシャキッとせんかいシャキッと!」
とセザメが励ます。励ましてるようには聞こえないけど。
「人の苦労も知らずに……はあ……はあ……」
どんどんロイヒの姿が小さくなる。おれとセザメのふたりが真心を込めて声援を送るが、どういうわけか、そのたびにロイヒの機嫌は悪くなっていった。
しかし、ダテにあんな分厚い鎧を着込んでいるわけじゃない。馬車がドワーフの里に着いてから、ほとんど時を置かずに、彼女も追いついた。
「すごい。すごい。よくやった」
おれとセザメは拍手をして讃えた。
「さすが騎士じゃ。すごい。すごい」
「……」
ロイヒは何も言わなかった。しばらくして、兜の開口部からザーッと汗が滝のように流れ出た。溺れ死なないか心配だった。
で、優秀なる鍛冶屋を求めてやって参りましたドワーフの里ですが……これが非常に暑い。
そりゃ、火山地帯を縫うように作られた里だから当然だが、目の前を赤熱した溶岩が流れていくのを見ると、ここは地獄ですかと言いたくなる。
おれたちを乗せてきた馬車はたちまち回れ右をして帰っていった。ちょっと命の危険を感じるほどの暑さだ。
しかしここのドワーフたちは、そんなおれたちとは違ってぜんぜん平気なようだ。この気温が日常なのである。
ガスと火の粉が乱れ飛ぶなか、里の通りは活気に満ち満ちていている。
採れたての鉱石や石炭を山と抱えた炭鉱夫や、上質の武具を直接買い付けようと世界各地から集った商人たちで溢れかえっていた。
あちらこちらで硬い金属にハンマーを振り下ろす音が聞こえ、熱い炉から立ち上る蒸気が、里じゅうどこにでも見られた。
「暑い」
セザメが言った。
「昼までにはここを出ないと、わたしたち全員が蒸し焼きじゃ!」
もっともな意見。ということで、おれたちは目当ての職人を探し始めるのだった。
……え? アルトチューリには世界中の職人が集まってるんだから、わざわざこんなクソ暑いところまで行かなくたって、そこで探せばよかったじゃないか、って?
そういうあなたは、アルトチューリの広大さを知らない。一生あそこから出ずとも、世界のすべてをまんべんなく体験できると言われているほどの都市なんだぜ?
もちろん、世界中の職人たちが集まっている。探せば、中にはおれたちが求めるような腕前を誇る者もあるだろう。
……が、その数がとんでもない。
砂丘で一粒の砂金を探すようなもんだ。玉石混交甚だしく、何百もの旅人の戦いを支えたベテランがいるかと思えば、明らかにどっかの親方の工房から逃げ出してきたようなやつもいる。
どうしても見つからなければ、いずれはアルトチューリの人材を頼ることになるだろうが……それを探す手間を考えると……いや、考えたくない。
マズイものは最後に残しておくタイプなんだ、おれは。
「はァ? <王無弐縫天刀>だと?」
おれたちの依頼を聞いて、そのドワーフの職人はうさんくさそうに顔を上げた。
「プッ、バカ言ってんじゃねえよ! あんなまどろっこしいもん、本気で作ろうなんてやつがいるわきゃない。お前らとちがっておれは忙しいんだ。からかうなら身内でやりな」
「本気だよ」
おれたちは懐から一つずつ素材を取り出した。<ロータス鉱石>、<海溝バラ>、<虹の滴り>。
あんぐりと口を開けた職人に、おれは説明を続けた。
「もちろん、これが全部ってわけじゃない。必要なはずの量のほんの一部だ。残りは拠点に預けてある……でもこれで、おれたちが本気でその武器を欲しがってる、とんでもない大馬鹿だってこと、ご理解いただけましたかね?」
「馬鹿なのはお前一人だろう」
ロイヒが言った。
「そうじゃ。元はと言えば『ほしい』とかのたまいおったのはお主じゃろうが」
セザメが言った。
「何ですか君たちは。せっかく『三人が協力して困難な目標に立ち向かっている感』を演出できたと思ったのに。お前たちみたいなのが団の間に不和を蒔くんだぞ」
「団なんてどこにあるんじゃ」
「ものの例えだ。突っ込まれると困る」
「それじゃあやめておこう」
「助かる」
その間ずっと口を開けっ放しだったドワーフは、一転して、すまなさそうな顔になった。
「いや、悪かった。まさか本気だとは思わなかったんだ。力になってやりたいが……すまない。これはおれの手に余る仕事だ。せっかくの素材をダメにしてしまいかねない」
「そうか。でもしかたないな。他を当たるとしよう」
ロイヒがそう言って引き上げようとすると、ドワーフが引き止めた。
「すまん。この里じゃ、まずそんなものを作れる職人はいないと思う」
「えっ。マジ?」
セザメが言った。
「ずいぶん自信がないじゃんか。でもここの里の鍛冶技術は大陸中に知れてるぜ。きっと作れる職人だっているはず……」
ドワーフは、ロイヒの言葉を遮った。
「お前たちが求める武器の加工には、魔術的な手順を経る必要がある。しかし、ドワーフというのは魔術を不得手とする種族だ。まあもちろん、ドワーフ出身ながら、大魔道士として大成したものもいなくはないが、そうした者は鍛冶の技術には習熟していないことが多い」
「……それじゃあ」
「残念だが、他のところを当たってもらえないか」
おれたちはそうした。
見つからなかった。
「で、ここに戻ってくるというわけだな」
おれはげんなりとして、目の前の大門を見上げた。
「アルトチューリ! 頼むから神業の職工と我らとを出会わせ給え!」
<読んでも読まなくてもいい解説>
・ドワーフ
一般に、この種族は皆が老人だと思われている。しかしこれは誤解である。ただ単に、他の種族から見ると少年ドワーフも青年ドワーフも中年ドワーフも老年ドワーフも老人ドワーフに見えるだけのことだ。ずんぐりむっくりとした体格も特徴だが、手先はいかなる種族にも勝って器用である。そのため鍛冶のみならず、手芸工芸品のたぐいでも名を成す。まったくもって、人は見かけによらないのだ。