23:不滅の城主
城内の至るところに魔獣が、竜が、合成獣が、妖魔が、歩く死体が、邪悪な妖精が、悪霊が、悪魔が、妖霊がはびこっていた。
知られたものから知られざるものまで、ありとあらゆる魔物の見本市のようだった。怪物学者がおれたちのパーティーにいたならば、狂喜してはしゃいだにちがいない。
「こんなになるまで自分の城をほっとくかフツー?」
おれは中庭を駆け回るコッカトリスとバジリスクを見た。
「魔物除けの魔法陣とか、城壁を教会に聖別してもらうとか、いろいろやりようはあっただろうに」
「最初はやったかもしれないが、長い年月を経て効能が薄れてしまったのだろう」
ロイヒはヒドラの頭を斬り落としたところだった。
「でもしっかりと儀式や祝福をやっておけば、二百年くらいは平気で持つんだぜ?」
「おそらくそれらは先祖の代に施されたのじゃ。しかし当代が受け継いだときには、もう効果が切れてしまっていたのじゃろう。たまにそういう話は聞くぞ。ひいおじいさんから受け継いだ城を訪ねてみれば、そこが魔物の巣窟と化していたという……」
セザメは水鏡の魔法でバジリスク自身に邪眼を跳ね返し、おぞましい石像をいくつも作り上げていた。
「巣窟にもほどがあるだろ……」
古今東西、子供を怖がらせるために語られたり、英雄が命を賭して討ち取ったりした化物たちが、すべてこの城に集結しているかのようだったのだ。
おれならこんな城には絶対住みたくないと思うのだが……わざわざ「掃除」を依頼するくらいだから、よほど愛着があるのかもしれない。
まあ、あれだけ高い報酬を頂けるのだったら、こっちに文句はないのだけれども……
冬用の薪が山と積まれていた一角に、ウッドゴーレムがしれっと混ざり込んでいた。側に放置してあった薪割り斧をひっつかんで、その切り株みたいな頭を斬り落とし、暖炉で火にくべてやる。
首のない胴体はあっという間にただの木に変わり、百年も前からそこに生えていたように見えた。
気づくと、あちこちから聞こえていた魔獣の唸り声や、魔妖の断末魔が、まったく聞こえなくなっていた。
城は、とても静かだった。
「おっ、あいつらのほうも片付いたみたいだな。けっこうやりおる……あれ?」
おれはセザメとロイヒに話しかけたつもりだったのだが、いつの間にかその二人はいなくなっていた。
「……さすがにこれはおれが迷子ってわけじゃないよな?」
そう独り言をつぶやきつつ、城のあちこちを見て回った。百人の客が一度に晩餐できそうな食堂、一地方の住民全員を招待してもなお余裕がある舞踏館など、あまりにも規模が大きく絢爛に過ぎる城内を探索したが、ついに見つからなかった。
「なに、これ、ドッキリ?」
おれは段々と不安になり始めた。ルバイラではないが、あれだけ魔物が徘徊していたような城だ。
普通の城とは違う、なにか不気味な気配、底知れない脅威があるような感じは否めなかった。
「おーい! おーい! セザメ、ロイヒ、どこにいるんだよ? この際、ルバイラでもいいから出てきてくれ! おーい!」
返事は帰ってこなかった。
まだ探していない場所はと言えば、城の最上部、無限に続くかと思えるほど長い廊下の果てに据えられた、とてつもなく大きな扉の向こう。
城主がいるらしき部屋しかなかった。
「あのー、すみませんが……」
そう言ってノックしようとしたとたん、扉は勝手に内側へと開いた。
おれは仰天して、この先に行かないでこのまま帰れたらどれだけいいだろうと思ったが、そうするわけにもいかないようだった。
おれたちにこの城の掃除を依頼した者が、この古城の城主が、部屋のはるか彼方にある玉座に座っていたからだ。
そしてその傍らに、五人の人影が横たわっているのが見えたからだ。それはロイヒ、セザメ、ルバイラ、タキカ、クイニーだった。
「どうもどうも。仲間を介抱してくれたよう……には見えないな」
おれの言葉に、城主は口の端をわずかに持ち上げた。
どう見ても只者には見えなかった。
もちろん、こんな城を所有しているような者だから、そんじょそこらの貴族たちとはわけが違う、とは思っていた。
しかしおれを見ているあの城主は、そんな程度ではない。そもそも人間ですらなく、明らかに魔族の一員と見えた。
何とも古典的な、しかしそれゆえに気品を備えて優雅な装束で、肩にかかるほどの長髪だった。
顔は青年にも老年にも見え、しかしこの世ならざる美しさをたたえており、油断をすればすぐにも魅了されてしまいかねないとさえ思えた。
おれは素直に訊ねることにした。
「何者?」
「カルドア・エルナーツァ」
城主はそう名乗った。
「吸血鬼だ」
<読んでも読まなくてもいい解説>
・ウッドゴーレム
木でできたゴーレム。ゴーレムというのは、通常動いたりうめいたりしない物を魔術によって動かしたりうめかせたりすることによって生まれる魔物である。素材となった物質に忠実な特性を持っており、ウッドゴーレムは光合成によって自立した活動エネルギーを得る。ゴーレムのなかでは比較的たやすく作成できるが、そのぶん脆く、目を離した隙に暖炉の火を引火させて勝手に燃え尽きることもしばしば。たまに頭に花が咲く場合があり、これはフラワーゴーレムとして、幸運の象徴とされる。




