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20:忘れられた柱

「……おい、ラサニ、まさかとは思うが……」


 セザメが言った。


「また迷ったのか?」


「この際だから、はっきり言っておく」


 おれは足を止めて振り返り、厳然なる表情で言い放った。


「……おっしゃる通りです」


 つい昨日、おれはアルトチューリの一角で、目を疑うほどの安さで品物を売る露天商を見かけたのだった。


 その中には各種の調合材料もあり、この安さで材料を仕入れることができるのなら、セザメがこしらえた薬を売って大儲けができそうだった。


 大喜びで宿屋へ飛んで帰り、セザメとロイヒを連れて、昨日露天商がいたはずの区画までやって来たのだが……


「おかしいなあ。ここらへんにいたんだけどなあ」


 あちこちに目をやるも、目当ての露天商どころか、普通の店すらも見当たらなかった。通る人はみなその服装から、聖職者のように見えた。


「ここはもう宗教地区なんだぞ。絶対安売りの店などあるものか」


 ロイヒが言った。


 アルトチューリにはどこにでも教会や寺院や聖堂や大伽藍や神殿や礼拝堂が見つかるが、そういった施設が特に集中しているのがこの宗教地区だった。


 その名を数え上げるだけで貴重な一日が無駄になってしまうほど多くの神が、この大陸では信仰されていた。


 戦士の神、魔術の神、盗賊の神など、冒険者たちが厚く敬う神々も少なくなく、クエストに出発する前には必ずお祈りを欠かさないという者もいる。


「そんなこと言わずに、見つけるのを手伝ってくれよ。さっきから探しているのはおればっかじゃないか」


 二人にそう言った。


「お主しか見たことのないものをどうやって探せというのじゃ」


 セザメが言った。


「こりゃもうソロで行動しているのと変わりないな」


 文句を言いつつ、それでもおれはあの露天商の姿を求めて街路をさまよった。


 で、見つからなかった。


「もう真っ暗じゃ。ここの地区の住民は夜ふかしが嫌いなようじゃな」


 セザメの言う通り、まだ夜になってそれほど時間は経っていないというのに、すでに灯りはまばらだった。


「この辺りは治安がいいほうだとは思うが……うかつに動くのは危険だな。今日はもう、宿に戻ることは諦めたほうがいいかもしれない」


 ロイヒがそう言う間にも、闇はどんどん迫っていた。別の宿屋も見つかりそうになかった。


「街中で野宿するハメになるなんて初めてだ」


 おれは言った。


「こんな夜まで迷子になるのも初めてじゃ」


 セザメも言った。


 なるべく寝心地のよさそうな場所を探していると、古ぼけた神殿が見つかった。暗くてよくわからないが、柱はひび割れ、屋根も崩落しかかっている。


「打ち捨てられて長いようじゃ」

 

 セザメが言った。


「お誂え向き。今日はこの神殿の軒先を借りることにしようぜ」


 おれたちはありがたくその中に潜り込んだ。外見通り、ひっそりとしており、とても人がいるようには思えなかった。


「そろそろ新しい地図を買ったほうがいいんじゃないか?」


 柱にもたれかかったロイヒが言った。


「買ってもどうせ、一ヶ月そこらで新版が出ちまうんだもの。やたらと値段も高いし……」


 野放図に拡大していくアルトチューリのマップは、一ヶ月ごとに更新された。その地図でさえ、毎日そこここで開店したり閉店したりする店、引かれたり潰されたりする道を把握するのには十分でないのだ。


 おれたちが今持っているのは、この前アルトチューリに来た時に買ったもの、つまり数年前のマップで、もはや実用品というより骨董品と呼ぶべきしろものだった。


 地図を買う、買わないの話をしばらく続けたが、やがて眠気が差して、いつの間にやら沈黙が降りた。


「……もしもし」

 

 誰かの声が聞こえた。


 おれたちは悲鳴を上げて飛び上がり、セザメがロイヒに抱きつき、ロイヒがおれに抱きつき、おれは石柱に抱きついた。


「だ、だ、誰だ!」

 

 ロイヒが言った。


「す、すみません……驚かせてしまったようで」


 神殿の奥の暗がりから現れたのは、ほっそりとした一人の少女だった。


 彼女はリーシュアと名乗り、この神殿を代々守り続けているのだと語った。


「そうとは知らず、図々しくもお邪魔してしまい……」


 おれがそう言いかけると、彼女は、


「いいんですよ。久々に困っている人を助けることができて、この神殿も嬉しいだろうと思います」


「ひさびさ?」


「ええ」


 リーシュアは言った。


「もうめっきり訪れる人もいなくなってしまい、ご覧の通り、補修もままならないような現状です……」

 

 両親も死に、それ以来一人で神殿の手入れを続けているが、荒廃は防ぎようもなく襲い、どんどんみすぼらしく、うらぶれていく神殿には、余計に人が寄りつかなくなってしまったという。


 確かに、この暗闇の中で見てさえも、廃墟だと勘違いしたくらいだ。昼の光の下で見たならば……再建への道のりは遠そうだ。


「ところで、この神殿に祀られているのはどんな神なんだ?」


 ロイヒが訊ねた。


「ネカ=ルドーゴという名前の神です」


 リーシュアが答えた。


「聞いたことがないの……あるか?」


 セザメがおれに訊いた。


「知らないな……まあ、おれはメジャーな神の名前だって怪しいもんだけど」


「ご存知ありませんか……」


 リーシュアは幾分がっかりしたようだった。


きんを司ると言われている神なんですけれど……」


 その一言で、おれたちの目が光った。


<読んでも読まなくてもいい解説>


・神殿

 至るところに神殿はあり、祀っている神も様々である。戦士の神を祀っている神殿に赴き、後ろ向きに金貨を投げ、決められた祈りの文句を唱えると、その日一日、息切れをすることがなくなるという。こういう目に見える恩恵を与えてくれる神に人気は集中しがちであり、幸運をもたらすとか、金運を上げるとかいった神々には、どうしても胡散臭そうな目線が向けられがちである。

 

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