2:アルトチューリのあるきかた
<概要>
大陸でも最も気候が穏やかなある地方。広大無辺なるその都市は築かれた。
「冒険都市」という別名からもわかる通り、かの都市には大陸のほうぼうから冒険者が集い来る。
ある者は富を、ある者は名声を、ある者は誇りを、ある者は情報を、ある者は力を、ある者は人脈を、ある者は道具を、ある者は武器を、ある者は魔法を、ある者は薬を……求めて来る。
何もかもが揃う場所、何もかもが手に入る場所……ただし、力量次第で。
その都市の名は、アルトチューリ。
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「あれっ? リアトチューリって名前じゃなかったかここ?」
ラサニたちはちょうど、都市の玄関口である鉄の大門をくぐり抜けたところだった。
「アルトチューリだぞ」
ロイヒが呆れた。
「ここを拠点にしてから何年経つと思っているのだ?」
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<構造>
あらゆる種族、職業の者が集うこの都市の構造は、複雑怪奇という言葉でも言い尽くせないほど煩雑をきわめる。
世界に存在する建築様式が一つ残さず発揮されているかのように、都市の町並みはてんでバラバラに見える。
時折、にょっきりと他の建造物を抜きん出てそびえる尖塔があるかと思えば、その隣には東方の国の神社仏閣があるという取り合わせ。
翼あるものが上空から鳥瞰したならば、きっとアルトチューリは無秩序なモザイク模様に見えるにちがいない。
一応、各ギルドの本部が軒を連ねるギルド地区や、万物が売り買いされる商業地区、荘厳なる大伽藍が無数に立ち並ぶ宗教地区といったおおまかな区分はないでもない。
しかし、商人たちはどこにでも店を出したし、無名のギルドはあちこちに散らばっており、教会や寺院も都市じゅうに数え切れないくらいある。
やはりこの都市はカオスの具現化であり、ただの好奇心から気軽に足を踏み入れたものは、しばしば二度と大門をくぐることがないのだ。
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「……おいラサニよ、あの宿屋をまた見失ったのか」
と、セザメが言った。
「いやまだだ! まだわからんぞ! お前は知らないかもしれんが、道に迷ったと認めるまでは道に迷っちゃいないのだ」
ラサニが言い返した。
「……迷ったんだな」
ロイヒはため息をついた。
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<文化>
不可思議の人々が集うこの都市には当然、銀河のように広大で分厚く底知れない文化があまたにひしめいている。
それを確かめたいならば、手近な本屋を訪ねればよい。
たとえ不死の命を手にした者と言えど、容易には読み尽くすことのできない数の書物が、それぞれ文化について教えているのだ。
大陸に住む全種族と、さらに種族それぞれにある民族、部族の数は千にも万にも達する。
そのひとつひとつが独自の文化をこの都市に持ち込み、商いをしたり、見世物にしたりしているのだ。
顕著な例の一つは、食だろう。人間が味わうことのできるありとあらゆる種類の味が、この都市には一通り揃っていると言われている。
単純に感動を誘うほど美味なる料理を出す店はいくらでもあるし、それに飽いたという美食家の面々たちは、最も好奇心あふれる者でさえ食べることをためらうような食材の数々を用いた、通りの暗がりで密かに営業する飯場を訪れるだろう。
旅人よ、世界のすべてはここにあるのだ。
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「ブーッ!!! なんだこれ!!」
ラサニは出された料理を口に入れ、すぐ噴き出した。
「およそ人の食うもんじゃねーぞこれ! そもそも色がマズイ。なんだよこの黒ずみは……」
「あっ、それ」
メニュー表を見ていたセザメが言った。
「テイマーされた魔物用のエサだったようじゃ……」
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<宿泊>
この都市を目指して旅をしてきた者にも、この都市から新たな冒険へと旅立っていく者にも、疲れた体を癒やし明日へと備えるための寝床が欠かせない。
相場を知る前には、しばしばぼったくられることも多いだろう。しかしそれも勉強料だと考え、あまり気にしないことだ。
むしろ、不自然に安い宿泊費にこそ注意を払うべきだ。
その埋め合わせを企んで、泊り客が寝静まった深夜、その荷物へとおもむろに手を伸ばす不埒な主人がいないとも限らない。
金は何とかなるとしても、健康を損ねるような本末転倒には最も気をつけたいものだ。
ロクに掃除が行き届いておらず、野ネズミ程度の衛生観念しか持たないような輩が頻繁に利用する宿屋のベッドなど、たとえタダだと言われても使うべきではない。
この世界には、あなたが知っているよりもずっと多くの病が存在するのである。ベッドを介して感染する病気により、高級ホテルの宿代がかすんで見えるほどの治療費を泣く泣く払った者も少なくないのだ。
彼らは、いっそ馬小屋にでも泊まったほうがマシだった、と思ったにちがいない。下手な人間よりもずっと馬のほうが清潔だし、何より、タダである。
とはいえ、すべてはあなたの自由。ちょっとばかり痛い目を見るのも、いい経験だと割り切って、直感の赴くままに探すのがよい。
痛手一つ負わないで、なにが冒険だろうか……
……『ロジェビプト・クーシー著/アルトチューリのあるきかた』より引用
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「いやあ、よかったよかった! なんとか着いたな! ほら見ろ、やっぱり道に迷ってなんぞいなかったのだ」
なじみの宿屋を目の前にして、ラサニは喜んで言った。
「素直に人に聞いたら一発じゃったな」
セザメは隣のロイヒへぼそりとつぶやいた。
「とんでもなく驚かれたな。『えっ、その宿屋はここからちょうど正反対の地区にありますけど……』と」
ロイヒもつぶやいた。
「何か言ったか?」
ラサニはそう訊ねるが、二人は首を振る。ともかくも、目当ての宿屋にたどり着いたのだから、まま、良しとしましょう。
ラサニたちのパーティーは、この都市で活動を初めて以来、ずっとこの宿屋を拠点としていたのだった。
べつにここが、他の宿屋を比べて別段に秀でているというわけでもない。
確かに清潔ではあったし(実はこの清潔さが何よりも宿屋に求められるべきものではあったけれど)、料金も良心的と言えた。しかし、それだけだ。
ただ、その抜きん出たところのない平凡さが、ラサニたちを惹きつけているのかもしれなかった。
異常なものが溢れているこの都市では、特色のない普通のものこそが、何よりも安心をくれるものである。
ラサニたちはなじみの主人に挨拶をし、久方ぶりの再会を喜ぶと、すぐ三階の部屋へと上がった。
ラサニは自分に割り当てられた部屋の窓辺から、もうすぐ夜を迎えるアルトチューリの支度を眺めた。
段々と建物に灯りがつき、思い思いの昼を過ごした人々は家路につき、その代わりに新たな人々が繰り出し始める。
昼とは違った店が開店し、必ずしも合法であるとは言い切れない品々を、暖色のランプで照らし出す。
「冒険都市」アルトチューリに眠りの刻は来ない。昼、太陽の下で栄えたこの都市は、夜、月光の下で新たな顔を見せる。
とはいえ、ラサニたちは今から眠る。
一日中迷子になって都市をうろつきまわってみれば、彼らの疲労のほどは容易に理解できるだろう……
<読んでも読まなくてもいい解説>
・『アルトチューリのあるきかた』
超ロングセラー。アルトチューリに初めて足を踏み入れる者にとっての必読書。やや古めかしい文体は現代の読者にとって取っつき難いだろうが、得られる情報は価値あるものばかりだと好評。しかし、アルトチューリの書店以外にはめったに売っていないため、アルトチューリに入るための本をアルトチューリに入って探すという矛盾を、誰しも一度は経験する。