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11:バザールの販売競争

 アルトチューリでは日々、数え切れないほど多くの品々が売り買いされている。


 その多くは商人によって販売されるが、この奔放の都市においては、誰もが買う側から売る側へと、いつ何時でも転身することができる。


 都市の一角に、冒険者たちが物を売ることができるバザールがあった。


 たとえば戦士が冒険の末、魔力の触媒やスクロールを手にしたところで意味がないし、魔術師が剣を手に入れたって意味がない。


 そんな時、冒険者たちはこのバザールへと集い、自分には似合わない戦利品を、誰か他の冒険者に売りつけようとするのだ。


 ここには公正さを定めるルールなどありはしない。


 実家で使っていた包丁を伝説の業物だと説いて売ったって構わないし、ただの雨水を永遠の若さを約束する霊薬だと騙っても構わない……報復を恐れないのであれば、だが。


 だから通常の売買以上に、買う側も売る側も神経を尖らせなければならない。


 それこそ、命を懸けた戦闘のように。


「で、おれたちもその戦闘の輪に参入するってわけだ」


 おれたちは大通りの路傍にいた。倉庫を引っ掻き回し、少しでも値が付きそうなものはあらかた路上に並べてある。


 さんざん山を走り回って狩り集めた例のキノコが、悲しいほどの二束三文でしか売れなかったことによる傷心は、しばらく仕事が手につかなくなるほどだった。


 とはいえ、何もせずにぼけっと宿屋に泊まっているわけにもいかない。ただ待っているだけで、未来のほうが勝手に開けてくるわけはない。


 少しでも一億ゴールドという目標に近づこうと、こうして久々に、バザールを訪れてみた次第なのだった。


「……けどさっぱり来ないの」


 セザメがぼやいた。


 バザールは盛況で、あらゆる職業の冒険者達がわいわいと通りにはいたものの、そのなかの誰一人として、おれたちの商品に足を止めるものはなかった。


「魅力がないんじゃないか?」


 ロイヒは並べてある品々に目を落とした。


 使い古したり迷宮で拾ったりした武具、セザメが使い切らなかった調合用の素材など。


「胸躍るラインナップとは言えないな」


 おれはため息をついた。


「こんなことをしてる間にも、ルバイラたちは着々と金を稼いでるかもしれない……って、いたァ!?」


 今の今まで、ひっきりなしに通る冒険者たちに遮られて見えなかったものの、噂のルバイラたちのパーティーも、おれたちのちょうど向かい側の路傍に陣取って、なんだかよくわからんものを売ろうとしていたのだった。


「なんだなんだ!? またお前らか!」


 ルバイラもこちらに気づいて叫んだ。


「ふん! ゴミみたいなものを売りさばいて小金稼ぎか? でもさっぱり売れてないようだなハッハッハ! おい、クイニー! 我々の売上金を教えてやれ」


「ゼロです」


「どうだゼロだぞ! 腰を抜かし……え? ゼロ?」


「さっきから一つも売れてませんよ」


 クイニーは言った。


「どうして最初から店番をしていたのに気づかなかったんですか」


「ねえ、もうやめようよ。つまんないよこれ」


 クイニーの脇にいたタキカも言った。


「こんなゴミみたいなもん、売れるわけないじゃんね」


「こ、こらっ! ゴミなんて言うんじゃない! そんなこと聞かれたらますます売れなくなるだろうが!」


 慌ててルバイラがタキカの口を塞いだ。


「えっ!! お前らただのゴミに値段をつけて売り飛ばそうとしていたのか!? 悪質な詐欺だな。みなさん、こいつの店から買わないほうがいいですよ」


「お前も黙れ!」


 ルバイラは今にもおれに飛びかかりそうな勢いだ。


「ラサニよ、他のところに構わっているヒマはないぞ」


 セザメがたしなめた。


「ただでさえ売れてないっちゅーのに、ますます客足が遠のくではないか」


 そうだった。おれはそもそも物を売るためにここへ来たのだった。

 

 おれは手近にあったそれなりに綺麗に見える短剣を取り上げ、宣伝文句をぶち上げた。


「さーさーお買い得だよ! この手にありますは現し世にその名を轟かす短剣。その刀身は肉を裂き、魚を裂き、野菜を裂き、果実を裂き、ついでに皮も剥けちゃうっつー便利なしろもの。この業物を見逃す手はないよ。夕食の準備のお供にいかが?」


「なんだそりゃ。ただの調理用ナイフの宣伝ではないか」


 ルバイラが言った。


「そんなんだからお前のところはものがひとつも売れないのだ!」


「こっちもですけどね」


 クイニーがぼそりと言った。


「手本を見せてやる!」


 そう叫ぶとルバイラは地面に広げていた品々から、なんだかひどく萎びた植物の根っこのようなものを拾い上げた。とうてい値段がつくようなものには見えないのだが……


「さあさご覧あれ! これこそは古今無双の超絶なる秘薬を調合するため必須となる素材の一つ! その秘薬は一口のめば怪力魔力知力霊力剛力速力何でもござれのパワーアップ! 凡庸なるお前らみたいなのもたちまちにして万夫不当の英雄へと至らせしめる……」


「客をけなしてどうするんじゃ」


 セザメが言った。


「……そんな秘薬を手にしたくば、ぜひともこれをお買い求めください! ……えー、ちなみに秘薬の材料として他にこちらの十種類がありますが、先にこちらをご購入いただくと、もれなくこちらも付属して……」


「ゴミにゴミを抱き合わせたってしょうがないだろう」


 ロイヒが言った。


「ゴミゴミゴミゴミとうるさいぞ! ゴミはゴミでもこれは由緒正しいゴミだ! あの著名なる錬金術師の屋敷の裏手のゴミ箱から拾得したものなんだからな! 霊験あらたかなることは必定!」


「本当にゴミだったのか……」


 おれは呆れた。


 このような宣伝合戦がお互いの間で繰り広げられたが、どちらにもちっとも客はつかず、ただむやみに時間だけが経っていった。


「くっ、なぜだ、なぜ売れない!?」


 おれは頭を抱えた。


「客なんて『限定』とか『今だけ』とか『一番売れてる』なんて言っとけば紙くずでも喜んで買っていくもんじゃないのか!?」


「冒険者舐め過ぎじゃ」


 セザメが呆れた。


「日頃からあらゆるものを売り買いしている人種じゃぞ。そんな虚飾扇動洗脳の手管には引っかからんよ」


 おれたちと同様に、ルバイラたちも悩んでいるようだった。


「くそ、ちっとも売れん、なぜだ!?」


 ルバイラが頭を抱えた。


「商品がゴミだからですよ」


 クイニーが理由を説明した。


「わたしがお客さんだったら、絶対こんな店じゃ買わないわ」


 タキカも賛同した。


「だってゴミばっかだもの」


「どうしてお前らまでそんなことを言うんだ! 最初はゴミに見えなかったのに、いよいよわたしにまでゴミに見えてきたじゃないか!」


「最初からゴミでしたよ」


 またクイニーが言った。


「くそっ、こうなったら実演販売だ、デモンストレーションだ! うおおおお! 行くぞラサニ!」


「え、なんで?」


 ルバイラはそう叫んで、足元に転がっているゴミの中から特にゴミっぽい剣――刀身も柄も捻じくれ曲がった、正気の戦士ならとうてい使いそうもない剣――を振りかざして、おれに踊りかかってきた。


 とっさにおれも、先程美辞麗句を尽くして売ろうとしたナイフを取り出し、彼女の一太刀を受け止める。


「タキカ! クイニー! お前たちも商品を手にとって戦え! それが一番の宣伝になる!」


 ルバイラがとんでもない剣幕でそう叫んだので、慌てて名指しされた二人も手に手に商品……いやあれはやっぱりどう見てもゴミだ。ゴミを手にとってこちらへ向かってきた。


「マジか!? ようし、ロイヒ! セザメ! こっちも応戦するぞ!」


「お前ら本気でやってるのか?」


 ロイヒが心配した。


 しばらくして、勝負は決着、というか、お互いに繰り出せる品がもはやなくなったため、引き分けということに相成った。


 もともとしょぼくれていた商品は、戦いの中で傷つき、曲がり、捻じくれ、ますます貧相な見た目になった。もはや完全に売り物とは見なせなかった。ルバイラですらそれを認めた。


 ……けれどまあ、いい暇つぶしにはなったのかもしれない。


 ゴミにしては。


<読んでも読まなくてもいい解説>


・錬金術

 黄金でない金属を黄金に変換する技術……だったはずだが、最近はずいぶんと定義が広がり、ただの薬屋も錬金術師を名乗る時代となった。今のところ、黄金の生成に成功したという噂は聞かない。ただし一説によると、今世界にある黄金の半分はエセ錬金術により作られた偽物であるかもしれないとのこと。しかし本物との区別がつかないのなら、べつにどういう過程で作られたって構わないと考える者は多い。ただ値段が高ければよいのだ。

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