た・べ・る
た・べ・る
伏籠 洋介
「世界では年間13億トンの食品が廃棄されています。しばしば食糧不足に陥る開発途上国に
おいても、食品ロスが発生しています。
「我が国における食品ロスは年間646万トン発生しており、一人当たりに換算すると51キ
ログラムとなります」
「にもかかわらず、7人に一人の子供が貧困から食料不足に面しています」
「みなさん、日本を含めた世界の子供たちのために、食品ロスをなくし、持続可能な世界を実
現しようではありませんか」
私はみなさんとともに食品ロス撲滅によるSDGs、つまり持続可能な世界を造り、この世界
を次の子供たちの世代に引き継ぎたいと思います」
食品ロス撲滅の為の持続可能な世界会議満場一致の拍手の中、私は送り出された。
私は使命感に燃えていた。
この世界を私の子供と共に次の世代へ引き継ぐ事。
それが私の生きている証しだ。
街中を見ると、インスタに上げる流行の食べ物、タピオカミルクの飲み残しや、韓国風ホッ
トドック、”ハットグ”の食べ残しが店の横に汚らしく積み上げられていた。
「ああ、もったいない」
私はふと思った。
食べ物として提供されるときは魅力的なのに、残飯になるとどうして汚らしくなるのか。
その時一羽の青い蝶が飛んできて、飲み残しのタピオカミルクにとまった。
蝶に食品と残飯の区別がつかないのは当たり前か。
「ご夫人」
振り返るとでっぷりと太った男が満面の笑みを浮かべて立っていた。
黒い三つ揃いの背広。そのポケットから懐中時計だろうか、金鎖が覗いている。
「その蝶はタテハ蝶と言いまして、動物の死骸を食べたりするんですよ、特に腐りかけがお気
に入りのようで
タテハ蝶は青い美しい羽根をひらひらさせて飛んで行った。
「ほ、ほ、ほ、ここでは珍しい、普段は山の中に住んでいるのに」
「そうなんですか」
私は相槌とも、関心ともつかない声を上げた。
「ご婦人、会議が終わった後お疲れでしょうが、もう一つ会議にご参加いただけませんか」
「もう一つの」
私はその男の言葉を繰り返した。
「そうです、ご婦人」
男は金時計を見ると
「おお時間だ、ささご一緒に」
男はぜえぜえ言いながら汗をかきかき踵を返して歩いて行った。
私は特に断る理由もなくついて行った。
どこをどう進んでいったのだろう、着いた場所はまるで会議にふさわしくない古い農家だっ
た。
男の後から、農家の中に入ると、土間の土のにおい、かやぶき屋根の藁の様なにおいがし
た。
私は農家に住んだことはないが、なんだか懐かしい感じがした。
「さあ、この農家が使われていたころ、人々の生活に無駄はなかった。紙は葛谷によって回収
されまた紙に戻った。古びた着物は子供をくるむねんねこになり、最後はおむつにもなった。
それでも古布は使える部分と使えないところに分けられ、使えないものは畑の肥料になった」
男の長口舌は続いた。
「ご婦人を前にびろうな話で恐縮ですが、糞便でさえも肥料として金肥と呼ばれ大事にされた
のです」
「そんな世界に食品ロスなどあるはずがありませんねぇ、ご婦人」
男の話は至極全うだったが、私はなんだか胡散臭く感じていた。
農家のうす暗闇に何かがいた。
「か、かまきり」
人間大のかまきりが細身の黒い三つ揃いを着て立っていた。
その口には何か昆虫を咥えて。
「ほ、ほ、ほ、その虫はシデ虫といいまして、死肉を漁ります、漢字で死出虫と書き、ひどく
人間に嫌われていますねぇ」
よく見るとハエ、ウジ、スズメバチが皆そろいの三つ揃えを着て金鎖をポケットから垂らし
ている。
「こ、この会議は、何の会議」
私は逃げ出したくなるのをこらえて男に尋ねた。
「これは失礼、まだお伝えしておりませんで」
男はおなかをゆさっと揺らして答えた。
「この会議はですねえ、持続不可能な世界会議というんですよ、ほ、ほ、ほ」
「持続不可能な?」
「そう、私あなたの演説を拝聴していたく感銘を受けまして、貧しい国も含めて世界中の国が
莫大な食品ロスを生み出している、飢えている子供達がいるにもかかわらず、です」
「もう人間たちは食品ロスを止めることはできないのです、その経済とやらの活動の為にね
え」
私は震えながら男の言葉を聞いた。
「でも、良いこともあります、膨大な量の食品ロスは人間以外の昆虫やハイエナ、いいえ熊で
も猪でも、それにたかる蚤や虱ですら、恩恵にあずかっているのですよぉ」
カマキリ、ハエ、ウジ、死出虫ですら、きちきちと鳴いて持続不可能な世界会議を盛り上げ
た。
ひいっと声をあげて私は逃げようとした。
すると男は懐中時計を出して私に見せた。
「ご婦人、もう遅いんですよ」
ほかの昆虫たちも懐中時計を出し私に見せた。
ちくたくちくたく、懐中時計は逆回転していて、丁度0時を指していた。
了