95話・魔法封じ下の戦闘、決着!
「うおおお! 吾輩の一撃を食らえぃ!」
顔色の悪い属性魔術師ネリーは、射程外からの魔法攻撃を試みていた。
あれは、おそらく魔法の矢だ。
属性魔法の基本技で、無属性の魔力で作ったエネルギー弾を敵一体に放出する。
射程外のためダメージは期待できないが、魚面の注意はそらした。
盗賊スライシャーによる弓矢の狙撃で、毒のナイフも落としている。
この好機を逸するわけにはいかない。
俺はまず、毒のナイフを後ろに蹴り飛ばした。
刀身から出ていた黄色い水が、線を引いたように夜の床に染みを作る。
あのナイフを拾って使う場合は、取扱注意だな。
戦況は好転しつつあった。
少しずつ、俺たちに有利な流れは引き寄せている。
現在この空間には『スペルトラップ』という範囲魔法が仕掛けられている。
敵味方を問わず、範囲内で最初に魔法を詠唱した者に緊縛の状態異常が発生し、身動きが封じられる。
敵の召喚魔法が脅威のため、まずは魔法を封じて「交渉」する……つもりだった。
俺たちが描いた、VS魚面の基本戦術だ。
あわよくば敵を初手で捕える算段もあった。
だが、敵に『魔力感知の宝珠』という魔法道具を用いられて罠を感知されてしまった。
敵も味方も未だ、初手の魔法は唱えていない。
そんな中で、射程外からネリーの魔法の矢だけが轟いている。
「オゥラオラオラ! 吾輩の術法は射程外からでも貴様を追い詰めていくぞ!」
彼はそう息巻くが、魔法自体はほとんど効果はない。
20mも離れた位置からではダメージなんてまるで期待できない。
術者によって威力は違うだろうが……。
ただ、ネリーとしては魚面の動線の先に陣取ることで、逃げ道をふさぐつもりなのだろう。
これまでの経緯から、奴には超人的な運動能力まではない。
もし魚面が特異な運動能力の持ち主ならば、とっくに逃げられている。
短剣の使い方や反応速度を見る限り、戦闘能力は常人レベル。
物理耐性の防具がそれを裏付けている。
「ネコチとスライシャーは、虎を引きつけてくれ。奴は俺が止める」
俺は魚面を追いかける。
手には、納屋にあった荷造り用のロープを握りしめている。
ネリーと挟み撃ちにする格好だ。
虎と切り離せば、魚面捕獲に全力を尽くせる。
「止まれェ!」
俺は、もやい結びで両端を結わえたロープを持ったまま、魚面に飛びかかった。
ちょうど、輪の部分で相手を引っかけるような態勢で進路を妨害する。
「この! こら!」
「グッ……! グギ」
揉みくちゃになりながら、俺は魚面を押さえつけようと縄を絡めていく。
仮面の硬い感触と、人体の柔らかい感触が交互に手に伝わる。
思ってた以上に、腕力はないようだ。
必死で抵抗してくるが、俺は魚面の抵抗を腕力で押さえつけた。
馬乗りになって両膝で敵の肩を押さえつけた。
格闘技で言うところの、グラウンドポジションの格好だ。
──!──
こんな態勢になって分かったことがある。
魚面は女だった。
ローブの下は薄手のウエットスーツのような衣装を着ている。
ふくらんだ胸部と、くびれた腹部は間違いなく女性のものだ。
「知里さーん。魚面を捕まえたー!」
「ネコチにゃ! とりあえず両手を縛るにゃ!」
虎と対峙している知里とスライシャーが無事なのか、確認する余裕はない。
こちらは、とりあえずネリーの手を借りて、2人がかりで魚面を拘束した。
ネリーが慣れた手つきで魚面を後ろ手に縛り上げた。
両足首もロープで拘束して、逃げられないようにする。
「両手足は拘束した!」
「念のため仮面を取って猿轡をかませるにゃ。それでもう術式の展開も魔法の詠唱も、絶対に不可能にゃ」
知里に言われるまでもなく、俺は金属製の魚の兜……のような仮面を脱がそうとしている。
しかし魚面は首をゆすって抵抗するので、うまくいかない。
「知里さーん、これ脱がせられないよ。虎を何とかして、手伝ってくれるか?」
「ムリ言うなにゃ。魔力が込められない魔法銃なんてオモチャ程度の威力にゃ」
知里はスライシャーと共に、屋根の梁に上って虎と対峙していた。
「ネコチにゃ」と訂正できないほど向こうも切羽詰まっているようだ。
虎が柱を伝って梁まで上がろうとするところを、知里の魔法銃や盗賊の弓矢が阻止する。
オモチャ程度の威力、とはいえ虎もその都度驚いて梁に上るのを止める。
しかしこのままでは埒が明かないのも確かだ。
再び膠着しかけた状態に、ネリーが名乗りを上げた。
「ならば吾輩が捨て石になろう! 直行の旦那は魚面から目をそらさぬように」
「待ちなさい!」
知里の制止も聞かず、ネリーはスペルトラップの範囲内で魔法の詠唱を始めた。
当然、罠が発動し、彼の体に緊縛魔法の光の鎖がかかった。
「なんてことするのよ! もし魚面が『高速詠唱』のスキル持ちだったら、あたしら〝詰み〟だからね」
知里は舌打ちと同時に、右手の魔法銃から睡眠魔法を発動させ、虎に打ち込む。
同時に左手は緊縛魔法の術式を描いて魚面めがけて発動させた。
「左右ノ手で異なる術式を同時展開ダと!」
それは初めて聞いた、魚面の肉声だった。
声自体は音声合成っぽいけど、ハッキリと「焦り」を感じる声だった。
同時に魚面の身体に光の鎖が発現し、がんじがらめに拘束していった。
思い付きで『魚面』を女性にしてしまいました。どうしよう……。




