93話・タイガー・タイガー!
1頭の虎を連れて、魚面は現れた。
裏社会の殺し屋で召喚士。
勇者自治区とのマナポーション取引の際に、飛竜と上級魔神をけしかけてきた襲撃事件の容疑者でもある。
誰が黒幕なのか?
何のために俺たちを襲撃したのか?
どうしても知りたかった。
……さて、どう接触したら良いものか。
少し離れた物陰から、奴を観察してみる。
禍々しい魚類を模した仮面が存在感を際立たせていた。
仮面、というよりも兜かフルフェイスのヘルメットという方が近い。
身体には深緑色のマントを羽織っている。
その下にはオレンジ色で幾何学模様が描かれた濃紺のボディスーツを着ている。
「……」
奴は待ち合わせの倉庫わき付近で、周囲の様子を伺っている。
引き連れている虎は、よく躾けられているのかとても大人しい。
市街地(貴族街)で、魔物を連れ歩くのはさすがに目立ちすぎる。
しかし虎なら、貴族のペットと言えないこともない?
その辺の線引きはよく分からないが……。
予想外の随行者が虎とは厄介だ。
猛獣は魔法封じ下でも、強大な戦力だろう。
俺の回避+3(性格スキル『恥知らず』との相乗効果で実質+5)でも回避し続けられるかどうか……。
ただ、このまま動かないでいたら、奴はこの場を立ち去ってしまう。
仕掛けなければならない。
「なあ、魚面さん。その虎を連れて納屋に入るつもりかい?」
俺は、間合いを取りながら声をかけた。
街灯の薄明かりに浮かび上がる魚の仮面と虎の絵面は、とても威圧感があった。
表情が伺えないので、うすら寒く感じる。
「敵意はないよ。俺はあなたに仕事を頼みたいんだ」
俺は両手を広げて、丸腰であることを示した。
「約束の時間に来てくれて、感謝する」
「……」
「でも虎は意外だった。できれば納屋には1人で入って来てくれ。怖いんだ。頼むよ」
「……虎ノ良さガ分からないナラ〝依頼〟は無しダ」
昔の合成音声のような、ぎこちない棒読みで、魚面は答えた。
しかし〝依頼〟と言った。
有無を言わせない条件だが、一応、俺を客として見てくれているようだ。
「分かった。虎も一緒でいい」
仕方がない。
俺は条件をのむことにした。
倉庫わきの納屋に入り、魚面に来るように促す。
納屋、とはいっても荷馬車に物品の積み下ろしをする場所だ。
入り口に扉のない建物だが、三方を壁に囲まれていて、周囲から中は見えにくい。
納屋にはすでに知里が陣取っていた。
キャットマスクを着けているので、今は自称ネコチか。
「アンタが魚面さんかにゃ。あたしは用心棒のネコチ。よろしくにゃ」
「……」
いつものジャケットは脱いでいて、魔法銃を吊るしたホルスターがむき出しになっている。
知里のにゃんこ口調の挨拶にも、魚面はまるで反応を示さなかった。
「不愛想な奴にゃ」
ちなみに天井の梁には弓矢を装備した盗賊スライシャーを配置している。
また、スペルトラップの範囲外には属性魔術師ネリーを配置。
何かあったらいつでも遠隔攻撃が可能な状態だ。
虎1匹は余計だったが、役者がそろったところで、俺は話を切り出した。
「さて。噂に聞く魚面さんに頼みたい仕事なんだが……」
「……」
魚面は、答えなかった。
ローブから手を出して、宝珠のようなものを掌に乗せている。
「『魔力感知』の宝珠にゃ! 罠はバレてる!」
知里がザックリと説明してしてくれた。
「……ナルホド、周囲に『スペルトラップ』か。先ニ魔法ヲ使っタ者が呪縛の影響ヲ受けル。ソチラもまともニ交渉する気ハなさそうダ」
「まともに交渉する気があるからこそ、お互いの魔法を封じてるにゃ」
「……」
スキルで相手の心が読める知里が、戦闘態勢に入った。
これ以上話し合う余地がない、ということだ。
「俺たちはお前を逃がさない」
もはや覆面をしている意味はない。
俺は顔を覆っていた布を取った。
「俺の顔に見覚えがあるはずだ」
虎に警戒しつつ、俺は魚面との距離を詰めていく。




