90話・魚釣りの醍醐味
「スキル結晶で回避+でもつけたか。先日であれば真っ二つに斬り伏せていたものを……」
傭兵上がりで元・冒険者だという用心棒の男は、ため息交じりに言った。
知里に魔法銃を突きつけられているのに、顔色一つ変えないのはさすがだ。
「お二方まとめて口を封じるには、まずは男性からと思いましたが……」
鼻眼鏡の老紳士は、俺と知里に対し値踏みをするような視線を向けてきている。
知里が嘲笑った。
「まずは、あたしからじゃなくて? 戦闘能力的に、このお兄さんよりはあたしの方が厄介でしょう」
知里は俺を指さし、小さく肩をすくめた。
「それに、このお兄さんが斬り殺されてたら、あたしはすかさずアンタを撃ってたけど……にゃ」
「いやいや、あなたは動揺して取り乱したでしょう。その隙になら、わが用心棒にも難なく斬り伏せられたはず」
老紳士は不敵に笑って、自慢の用心棒を見た。
「あたしが動揺?」
「ええ。取り乱したと思いますよ? 商売で長年人を見ていますからね。『頬杖』のお嬢さんは、心に弱さをお持ちだ。守るべき仲間が突然殺されれば、必ず取り乱します」
「……」
知里は黙ってしまった。
仮面の下で、どんな表情をしているのか分からないけれど。
「……店主よ。ありがたきお言葉ですが、今の反応速度から察するに、たとえ『頬杖』がパニック状態であろうとも、俺の剣は通じなかったと思われます。そこの青年の短期間での成長にも驚かされました」
用心棒は剣を収めて肩をすくめた。
「俺のはドーピングみたいなものだけどな」
「……この状況では、どうあっても、私に勝ち目はなさそうですな」
「それにしても、突然、命を取りに来るとは物騒だな。アンタたちは……」
「そちらこそ、ぶしつけに『魚面』なんて安易に尋ねるモノではありません」
「……安易に尋ねてはいけない存在、か」
「『魚面』とは、それほどのものなの……にゃ?」
俺と知里は顔を見合わせた。
こうなると俄然、『魚面』という存在に興味がわく。
が、まずはハッキリさせないといけないことがある。
「さて。尋問の続きだが」
「……」
「『はい』か『いいえ』で答えてくれ」
「……『はい』」
「『魚面』に依頼をした人物の名を教えてほしい。それは、俺の知っている奴か?」
「申し訳ないが、言えない」
「……殺されても、言うつもりはないみたいにゃ」
相手の思考が読み取れる知里が言うことだ。
古物商の店主に、そこまでの覚悟があるとは少し驚いた。
「なるほど。裏社会の渡世には信義が必要ってやつか……」
さすがに骨のある男だ。
ここは老紳士のメンツを立てて、尋問はやめにしよう。
そうしたら、『魚面』本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いか。
俺は心の中で「魚釣りをするから、話を合わせろ」と思った。
知里は口元をニヤリとさせて頷いた。
「分かった。では、改めてご主人に依頼したい。『魚面』に俺を紹介してもらえないだろうか」
「何と?」
「『魚面』に、ぜひ会いたい」
「そう来ましたか……」
老紳士は困り顔だ。
「問答無用で殺そうとした人間に仲介を頼むとは、大胆不敵と言おうか」
用心棒は興味深そうに俺を見ている。
鼻眼鏡の老紳士は片方の眉を上げた。
「これはあなた本来の商売の話にゃ。依頼は受けてもらうにゃ」
「お断りはできませんかな?」
「単に『魚面』を呼び出してもらうだけでいい」
俺は窓際に立って、窓ガラスをゆっくり3回たたいた。
外にいるネリーとスライシャーへの合図だ。
ネリーの放つ属性魔法の赤い光弾が、レーザーサイトのように老紳士の胸に照射された。
「ひっ!」
店主は見慣れぬ赤い光に、小さく悲鳴を上げた。
だがこれは単なる光で、「いつでも殺せるぞ」という演出にすぎない。
「このお店、少し前から監視と盗聴をさせてもらってます」
もちろん人手が足りないので24時間の監視などできるわけもない。
盗聴に関しては、真っ赤な嘘だ。
レモリーがいれば、できただろうけど……。
ともかく、脅しになれば良い。
「……」
「ご主人、『魚面』には新しい依頼者がいるとでも言って呼び出してください。余計なことは言わずに。俺は物騒なのは趣味じゃないんで」
裏社会の不気味な召喚師とのバトルなんて、正直ご免だ。
「……」
店主は何も言わないが、顔が初めて青ざめた気がした。
「ネコチ、『魚面』との待ち合わせ場所はどこにしよう?」
「とりあえず、この店の納屋でいいにゃ」
「日時はどうしようか」
知里はレアスキル『他心通』で、店主の心を読みながら、俺と話をしている。
「こちらで指定するのは難しいかも……にゃ」
「そうすると、都合は相手に合わせるしかないか」
「そうなるにゃ。ネコチはいつでも大丈夫にゃ」
「だ、そうだ。何も荒事をするわけじゃない。聞きたいことがひとつあるだけだ」
「……」
老紳士が裏切る気なら、知里にはバレているだろう。
『他心通』の精度として、心に思い浮かべたものは読み取れる。
「……現時点で、店主のおじさんに我々を出し抜こうなんて腹はないにゃ」
「『銀時計』さんとは今後も仲良くしたいと思っている。殺されかけたことは忘れるから協力してくれ。ちなみに、金は後払いな」
俺はそう言って、知里とともに『銀時計』を後にした。




