8話・32歳で居候
◇ ◆ ◇
こうして俺は正式にロンレア伯爵家の客人として遇される流れになった。
「この度は、どうもお世話になります」
応接間に通されて、改めて当主であるエルマの両親に挨拶をする。
古い貴族の家柄だというロンレア伯爵家夫妻。
年のころは50歳くらいだろうか。
エルマの13歳という年齢を考えると、年を取ってからの一人娘という事になる。
「九重直行さま、ですか……。異世界から召喚されていらっしゃったとか」
「どうぞよろしくお願いいたします」
エルマが「特に気にしなくていい」というから、普段よりも少し丁寧な程度の普通のあいさつをした。
当主も奥方も柔和な感じで、こましゃくれたエルマの両親とは思えないような優しい印象なんだけど、どうにも表情が硬い。
柔和な表情をつくっているが、どうも不自然な印象を受ける。
貴族のあいさつみたいなの、しておいた方が良かったんじゃないか?
「事情はエルマから伺いました。異界より遠路はるばるお越しいただき恐縮です」
「突然異界からお呼びした非礼を、どうぞお許しくださいませね」
伯爵夫妻は、ものすごく無理をして俺を歓迎しようとしてくれている?
俺の気のせいかもしれないが……。
普通に考えたら異界人に対する警戒は当然だ。しかし、この世界では少し事情が違う。
エルマの話ではこの世界に平穏をもたらし、いま社会を変革している原動力は異世界人だという。
話で聞いた限りだが……それにしては、少し引っかかる夫妻の態度だった。
俺はできるだけ友好的に、笑顔を心がけた。
「歓迎していただき、ありがとうございます。マナポーションの件は全力を尽くさせていただきます」
「……ああ、いえ。無理に売りさばかなくても構いませんよ。わが娘の友人として、好きなだけ当家にいらしていただければと」
お互い絶対にそういうわけにもいかないだろうが、俺は深々と頭を下げた。
「客間を使ってください。あいにくと当家は金はないが物はあります」
「お気遣いに感謝いたします」
さすがに貴族だけあって社交辞令と鷹揚な素振りは上手い。
波風を立てることだけは避けなければならない。
「ああそうだ、エルマの生まれについては、くれぐれも内密に願いますね」
部屋から出る際に、奥方から念を押された。
それは彼女が『転生者』であるという点か……。
俺は承知した旨を告げ、深々と頭を下げた。
◇ ◆ ◇
応接室を後にした俺は、エルマと従者レモリーの案内で、今後しばらく滞在することになる客室に通された。
下着の着替えなどはすでに用意されている。
よく洗ってあるが、あきらかに使用感があるのは少し気になった。
「いいえ。男物の下着は少ないので、ここにある限りとなってしまいます」
「直行さん。あたくしたち現代日本人の感覚では、他人の使用した下着に抵抗があるかも知れないけど、ガマンしてください」
ここにあるのは2枚。いま身に付けているのとローテーションで替えていけばまあいいか。
『差し押さえ』の札がないだけ、良しとしよう。
「それにしても、これだけのお屋敷なのにレモリー以外に従者の姿が見えないな」
「……それは」
レモリーは言葉に詰まり、申し訳なさそうにエルマを見た。
「元々当家の従者は少数精鋭でしたが、今回の借金騒動で、ほか全員に暇を出しました。お給料が払えませんから」
「だからってワンオペって超絶ブラックだろ。大丈夫なのか、レモリーさん一人で?」
「はい。問題ありません」
「レモリーは優秀なので頼りにしておりますわ♪」
「いいえ。恐縮です、お嬢様。なんなりとお申し付けください」
「レモリーさん、俺はエルマと今後について話すので、とりあえず今ここは大丈夫です」
さて、エルマを連れて私室に入る。作戦会議だ。
「このマナポだが、試しに1本飲んでみても良いかな?」
参考までに小瓶を2、3点持ってきていた。
モノを紹介して売るからには、自分でも試して効能などを確かめないと絶対に売れない。
「さっきも言ったけど、直行さんは魔法スキルを会得していないから効果はないですよ」
「それでも一応試してみないとセールスポイントも分からないし」
俺はコルクの栓を開けて瓶の中身をカップに注ぎ、ちびりと舐めてみた。
「苦い……」
茶色い瓶の印象から、栄養ドリンクのような味を想像していたが全く違った。
紅茶のアールグレイの香りづけに使われる柑橘系の果実ベルガモットと、ニガヨモギ系の香草を混ぜたような味だ。
これは、人を選ぶかもしれない。
ただ、苦い割にはとても清涼感があって、体内が浄化されるような感覚は得られた。
「エルマは魔法使いだろ。これって結構効くのか?」
「MPの回復力はとても高価ですわ♪ 伊達に法王庁の印は入っていませんわ♪」
「まずは2~3箱。工事現場で売ってみよう。馬車……いや、荷車のような物があれば貸してほしい」
「承知いたしました♪ レモリーに用意させましょう♪」
「あまり彼女を酷使しない方がいいと思うけど」
「へーきへーきですわ♪ 彼女は相当な精霊魔法の使い手ですから♪」