87話・異界風を救おうか
「それにしてもエルマが死刑判決? 何の罪で?」
神聖騎士団・飛竜部隊に連れ去られた時は『重要参考人』だったのに……。
いつの間にか逮捕されて……。
死刑判決だと……?
「聖龍教団を侮辱した大逆罪だってさ。詳しいことは分からないけど……」
「……そうか」
正直、俺には実感がわかなかった。
いくら性格がアレとはいえ、13歳の少女に死刑判決なんて、元いた現代社会ではありえない。
この世界の法律はよく知らないけど、ましてや彼女は貴族の娘でもある。
何かの間違いじゃないのか、としか思えない。
「死刑執行は、2か月後の収穫祭の時。まだ猶予はあるけど、どう動く?」
知里は、俺を試すような視線を向けた。
一報を知らせてくれたのは知里だが、なぜかBAR異界風の店主が同行してきた。
髭で坊主頭という、意識高そうなイメージだった店主は、急に猫なで声で俺に「店を救ってくれ」と哀願してきた。
「直行しゃま~。エルマお嬢様もご心配でしょうけれども、私を破産から救ってやってくだしゃいませぇ~」
その理由も、俺にはよく分からなかった。
「破産って……。エルマが処刑されると、なんで異界風さんが破産するの?」
「ロンレア家が断絶してしまいましゅぅ~」
「ちょっと待って。伯爵家と異界風さんに、どんな関係が?」
「仕入先の農園が、確保できなくなってしまうからでしゅ~」
「他に探せばいいのでは?」
確か、ロンレア家の領地から肉や野菜、ワインなどを仕入れている話は聞いたことがあるけど……。
取引先を変えればいいだけではないか?
「少し、面倒な話なんでしゅう……」
店主はそう前置きしてから、話し出した。
「ロンレア家の領地を管理しているのが、ディンドラッド商会なのはご存じでしゅか~?」
「ああ。三男の〜何とかフィンフさんには会ったことがある」
名はディルバラッド・フィンフ・ディンドラッドというのだが、どうも覚えづらい。
エルマは「お気楽な三男さま♪」と言っていたが、少しも抜け目のない商売人だった。
「私どもは、その彼を通じて、ロンレア家の領地で異界の食材を手配してもらっていたのでしゅ~」
なるほど、確かにややこしい。
異界風の店主が言うところの異界とはつまり、俺たちが来た世界、現代日本ということだ。
「だったら、その彼フィンフさんに言って新しい農園を紹介してもらえば……」
旧王都~勇者自治区の街道沿いにも、広大な農地や果樹園がたくさんあるのが見えた。
あれだけの広さのものが多数あるなら、仕入れ先を工面するのも難しくはないはずだろう。
「しゅぅ~……」
だが、異界風の主人は浮かない表情だ。
「旧王都の近くにある土地は、おおかた保守派貴族のモノでしゅ~。転生者は嫌われているんでしゅ~」
「……って、あんた転生者だったのか?」
「申し遅れました。私ツネタ・ワドァベルトと申しましゅ~。前世は外資系の金融マンでした」
「飲食業とは全然関係ないんだ……」
「転生先の両親が、ここで酒場をやってたので後を継がせてもらいましたでしゅ~」
「……魔王討伐軍には入らなかったのか?」
「とんでもないでしゅ~。私とっても逆境に弱いんでしゅ~」
いかつい外見に似合わず、メンタルが弱いということか。
異世界転生者だからといって、誰もが魔王討伐を志したわけではない。
確かに、向いていないことをする必要はどこにもない。
「6年前に勇者トシヒコ様ご一行が魔王を倒されてから、この世界はちょっとした転生者ブームになったんでしゅ~。当店も時流に乗ってリニューアルしたんでしゅよね」
「……商機とみて勝負をかけたのか」
異界風の店主は、もじもじしながら頷いた。
居丈高ないつもの調子とは別人のようだった。
「ところが! でしゅ~。食材の確保などには苦労しまして……。くじけそうな毎日。そんな中で便宜を図ってくれたのがエルマ様だったんでしゅ~」
「あいつがねえ……」
「タピオカ風ミルクティーを再現することを条件に、ロンレア家の農地で異界野菜の栽培を勧めてくれました」
しかし、よくもあのロンレア夫妻が許可を出したものだ。
エルマが転生者だということは秘密だったはずだ。
いや、黙ってやったのかも知れないな。
「ただなあ……俺とロンレア家とは現在、良好な関係どころじゃないし……」
俺は小夜子の方をチラリと見た。
「直行君?」
彼女の炊き出しの援助物資を送ってくる貴族や商人と交渉すれば、新たな仕入れ先を確保できるかもしれない。
「小夜子さん、この件をどう思う?」
「どう思うも何も、エルマちゃんは心配だし。困ってる人がいたら助けるべきじゃない?」
「俺の力じゃ、どうしようもないんだ」
「わたしにできることなら、もちろん協力するけど!」
「……小夜子さんのコネで、この人の仕入れ先に新しいツテをつくりたいんだけど……話を通してもらうことは、できる?」
「そのくらいならお安い御用ね。でも、相手がいることだから交渉は直行君が上手くやらないとね!」
「ありがとう! またまた恩に着る」
「気にしないで! みんなが幸せになるのって最高だもん!」
小夜子の親切には、感謝しきれないほどだ。
異界風の仕入先については、どうにかなる可能性が出てきた。
エルマの件は難しいとしても……。
「分かった。異界風さん。保証はできないけど、いくつか伝手を当たってみる」
「恩に着ましゅ~。直行しゃま~! 小夜子しゃま~! よろしく、よろしくお願いしましゅ~!」
猫なで声で、異界風の店主=ツネタは頭を下げた。
「……あたしとしても、行きつけの店がなくなるのは困るから、手は貸すよ。用心棒くらいしかできないけどさ」
「直行君、知里、がんばろうね!」
知里に発破をかけられ、小夜子の協力も得られれば、この件ならば解決しそうだ。
俺としても、獣肉バルとドライ風ビールは味わいたいからな。
「異界風さん、頭を上げてくれ。まだ保証はできないけど、いい知らせができたら持っていく」
「ありがとうごじゃいまする! ごじゃいまする!」
俺とツネタは手の甲を合わせるこの世界式の握手を交わして、その場は別れた。
◇ ◆ ◇
「大将! 有力な情報をつかみやしたぜ!」
「……ククッ。吾輩の諜報力を見くびってもらっては困る」
ちょうど異界風店主と入れ違いに、2人が現れた。
盗賊スライシャーと、属性魔術師ネリー。
彼らにはそれぞれ、古物商『銀時計』と、『謎の召喚師』について調べてもらっていたのだ。
「有力な情報……だと?」




