86話・エルマ死刑判決・挿絵あり
◇ ◆ ◇
そそくさとアンナ・ハイム研究室を後にした俺たち。
下町の元・冒険者の店(俺たちのアジト)まで戻ってきた。
知里はBAR異界風で一杯やるとのことで、途中で別れている。
俺と小夜子は、炊き出しを終えたカーチャとミツヨシに合流した。
後片付けを手伝い、明日の分の素材の仕分けも行う。
日没までまだ少し時間があった。
「小夜子さん、回避+3の効果を見てみたいので稽古つけてくれないか?」
「いいわよ!」
スキル結晶『回避+3』を装着した俺は、その効果を確かめるべく小夜子との稽古にのぞんだ。
もっとも、魔王にとどめを刺したという銘刀ではシャレにならない。
その辺にあったいい感じの棒でやってもらった。
「じゃ、行くわね!」
小夜子は棒を正眼に構えた。
踏み込みと同時に、袈裟切りに斬りかかってくる。
「……っ!」
「ゴメン痛かった?」
俺は後ろにステップして回避を試みたが、避けきれずに肩を打たれた。
攻撃自体は生真面目で単調だけど、瞬発力、動作の正確さが違う。
決して揺れる胸に目を奪われたわけではない。
「小夜子さん、速っ」
「そりゃあ、お小夜ちゃんは魔王相手に一太刀入れるくらいなんだから、素人の直行ちゃんが避けるのは厳しいよ!」
「でも直行君、反応できてたよ」
「来ると分かってても、避けられないんじゃだめだなー」
実際、避けるべき方向に、体が引っ張られた感覚はあった。
でも、間に合わなかった。
しかも、小夜子はおそらく本気を出していない。
これがレベル的な実力差なのだろうか……。
「じゃあ、ワタシとやってみようか」
カーチャはエプロンを外して、いい感じの棒を小夜子から受け取る。
黄色のタンクトップとホットパンツと褐色の肌が眩しい。
「雑魚狩り要員だけど、素人さんには負けないよ」
「お願いします」
カーチャは、上段に構えて威勢よく突撃してきた。
「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」
上段からの振り下ろし、切り上げ、蹴りを挟んでの、突き。
ラテンの息吹(?)を感じるリズミカルな攻撃を、俺はすべて回避できた。
「直行君すごいじゃん!」
かわすべき方向に、体が引っ張られる。
まるで何者かにサポートされてるような感覚だ。
小夜子の時は体を動かす前に打たれていたが、今度は俺の方が速い。
「ハイ! ハイハイ! ハイ! ハハハイハイ!」
カーチャの息をもつかせぬ連続攻撃だが、避けることは難しくなかった。
ただ、体力が続かない。
息が切れてくると、カーチャの攻撃がかすり始めてくる。
「ハイよ! 獲った!」
俺の頭上に振り下ろされた一撃を、かわそうと思った瞬間だ。
足がもつれて、その場に俺は倒れ込んだ。
次第に体がついていかなくなってきたのだ。
喉元に突き付けられる、いい感じの棒。
「また負けちまった……」
がっくりと肩を落としたその時だ。
向かいの路地から、知里が血相を変えて走ってくるのが見えた。
彼女が血相を変えるのも、走るのも、見たのはこれが初めてだった。
それに続いて異界風の店主が、さらに真っ青な顔で走ってきた。
「知里さん、マスターも。どうした?」
「聞いて。エルマお嬢ちゃんに死刑判決が下った」
「えええっ?」
小夜子は思わず声を上げたが、俺は割と冷静だった。
「それで、罪状は……横流し?」
「法廷に遅刻した挙句、聖龍教会および法王を侮辱した大逆罪」
まあエルマは息を吸うように人を小ばかにしたり、皮肉ったりするような人間だ。
普段の言動で、人を怒らせることは十分にあり得る。
ただ、保守派の貴族である両親がついていて、止められなかったのか?
俺に全責任をかぶせるようなことを言っていたが、法王庁を説得できなかったのか?
「詳細は分からないか?」
「分からない。ただ、この世界の慣例として、死刑の執行は収穫祭の生贄として行われる」
「収穫祭は、いつ?」
「2カ月後だね」
「……そうか」
「どうしよう、助けなきゃ、直行君……」
小夜子は動揺を隠せない様子だ。
「でも相手が法王庁では、どうしたらいいか……」
俺は聖龍教徒であるエルマの両親に殺されかかっている。
法王庁への侵入にも失敗した。
どんな方法で助ければいいのか、俺は天を仰いでしまった。
ちょうどそのタイミングで、知里が俺の前に異界風の店主を連れ出してきた。
「マスターがアンタに頼みがあるそうよ。『話だけでも聞いてほしい』んだって。聞いてくれる?」
……。
普段から意識高そうな、坊主頭と髭が印象的な店主。
以前には一悶着あった。
借りた荷馬車が魔物の襲撃を受けて壊れてしまったときは、従業員である御者が逃走したにもかかわらず、高額な補修費用を吹っ掛けられたりした。
今度は何だ?
俺は少し緊張しながら、異界風の店主と対峙する。
「異界風さんが、俺に何を?」
「直行しゃま〜。このままではロンレア家は断絶。当店は破産でごじゃいます~」
猫なで声で店主は言った。
土下座もした。
俺は呆気に取られてしまった。
「何だよその口調。なんか勝手にキャラ変えた?」
「滅相もございません。逆境に弱いんでしゅ~。他に頼るアテもないので、こうしてお願いしておりましゅ~」
エルマの死刑判決と異界風の破産に何の因果関係があるのか?
俺には意味が分からなかった。




