85話・スキル結晶を装着しよう
俺が選んだスキル結晶は『回避+3』だ。
魔法系スキルも考えたが、現時点で俺は魔法が使えない。
物理系では『腕力+』や『体力+』もあったが、俺は剣術などの修練を積んでない。
素人がいかに「生き残れるか?」に特化して考えたら、それは回避だろう。
「なるほど、直行の性格スキル『恥知らず』との相乗効果で+5くらいの効果になるし、悪くない選択だッ」
自分の性格スキルとの効果は考えてはいなかったが、アンナからもお墨付きがもらえたようだ。
「でもさあ、アンタ本当に回避+でいいの? 敏捷+の方が攻撃にも使えるよ?」
知里はそう言って敏捷+を勧めるが、確かに彼女の言うことにも一理ある。
ただ、攻撃に転用できる『敏捷性』よりも、不意打ちに対応できる『回避』の方がいいと判断した。
現時点では汎用性よりも回避特化を選ぶ。
それはなぜか。
大した相手でもない伯爵に、大ダメージを受けたからだ。
伯爵の剣技がどのレベルかは分からないけれども、飛竜騎士団の動きとは比べ物にならないほど……遅かった。
そんな伯爵の剣戟ですら、俺は避けることもできなかったのだ。
あの時、伯爵の斬撃を回避できていたら違った未来が開けていたかもしれない。
過ぎた話には意味がないけど、今後のことを考えたら回避一択だ。
回復役がネンちゃんしかいない以上、むやみに怪我をしたくないし。
「スキル結晶は身体になじむまで、新しく付けられないからね。人によっては1年かかる」
アンナに念を押されたが、俺の答えは変わらない。
◇ ◆ ◇
俺は粗末なベッドにうつ伏せに寝かされている。
上半身は裸で、手足は拘束具のようなモノで括り付けられていた。
知里と小夜子はこの部屋にはいない。
外で待っているという。
「じゃあ行くぞッ。気を楽にして息を吐き続けて」
俺の背骨の上あたりを、アンナの手がなぞっている。
「ここで良いかッ。ズブッと行くぞッ」
……来た。
「……痛ってえええ!」
こちらに確認するでもなく、背中に針で刺されたような痛みが走る。
背にあてがわれた石鏃は、石というよりもグミやジェリービーンズのような感触だった。
にもかかわらず、そいつはまるで生き物のように鋭く、俺の背骨の中に侵入してきた。
……。
気持ち悪い感触がしばらく続いた。
「ううう……」
「はい、お疲れッ。もう大丈夫。起きていいぞッ!」
きわめてぶっきらぼうにアンナは言った。
俺は拘束を解かれたが、やはり背中が気になる。
アラ〇シキかマガ〇マか知らないけれども、とにかく首と背の間に異物はとりついた。
処置が終わったのを見計らって、小夜子と知里が部屋に入ってきた。
「違和感は何日かすればなくなると思うがッ! さっきも言ったように馴染むには時間がかかるッ」
アンナの話を聞いて、ふと思ったことがあるので聞いてみた。
「これが馴染んだ頃に、また回避+3を埋め込めば効果は+6になるのか?」
「残念だが、それはないッ。マウスによる実験結果では、同じスキル効果の重複は得られなかったッ」
「なるほど、同じものを何度も埋め込んで無限にパワーアップはできないってわけか」
もし、それが可能なら俺も何年かで回避最強の一角を狙えると考えたのだが……。
「直行氏は面白いことを発想する奴だなァ……」
アンナは感心したようで、何度もうなずいていた。
「敏捷+とか筋力+とか、違う系統の能力値アップなら、回避と重ねがけ出来るがなッ」
「そうなんだ?」
「実験データの裏付けがあるッ! これは半分、知里の功績でもあるッ!」
「どういうこと?」
小夜子が問うように知里を見た。
「知里がマウスを使った実験を勧めてくれたんだッ。それまでは死刑囚を調達して人体実験がメインだったから、数がこなせず、効率が良くなかったッ」
「お、おう……」
俺と小夜子は、その話にドン引きしてしまった。
知里は我関せずで、椅子に座って頬杖をついている。
「……俺、その話聞かなかったことにするよ」
「わたしも、何も聞いてないわ」
「命を無駄にしてるわけじゃないッ! 実験に使ったマウスはちゃんと食べてるッ!」
俺たちの塩反応にアンナは怒ったのか、見当違いの反論をしてきた。
ヤバい人だ。
「せっかくだから、氏たちも食べていけばいいッ。貴重な命の上に、錬金術の土台が構築されていることが思い知らされるだろう……」
俺たちはアンナの申し出を丁重に断り、逃げるように研究室を後にした。




