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84話・アンナ・ハイム研究所

 

 小夜子のアドバイスにより、ふいに襲ってくる敵から身を守るには、とにかく早めにスキルを手に入れておくべきだと思った。


 彼女の話では、勇者トシヒコは『スキル創造』という能力で、他人にスキルを与えることができるという。

 

 しかし、いくら元勇者パーティの小夜子の紹介とはいっても、いきなり勇者にお願いするのはさすがに恥知らずな俺でもハードルが高い。


 そこで腹案として彼女から紹介されたのが、郊外に住むという錬金術師アンナ・ハイムだった。

 

 知里も加えた俺たち3人は、アンナの工房(アトリエ)に向かった。

 ちょうど知里はホバーボードのメンテナンスを頼もうと思っていたようで、同行を快諾してくれた。


 ◇ ◆ ◇


 アンナの工房は、旧王都の外壁近くにあった。

 ポツンと取り残されたようなレンガ造りの建物がそうだ。


 塔のような長い煙突からは紫色の煙が立ち上っている。


 入り口には年季の入った鉄製の看板が見える。

 ペンキで殴り書いたような書体で『アンナ・ハイム研究所』と記されている。


「この辺、なんか臭いな……」


 近づくにつれ、薬品と生モノが混ざったような、何ともいえないニオイが立ち込めてきた。


「何かの実験中かしら……」

「さあ。でも室内はもっと臭かったはず」

 

 小夜子も知里もあきれた様子だ。


 玄関のドアの近くには鉄製のオウムのオブジェが置かれている。

 そのわきに〝ご用の方はオウムをノック!〟と殴り書きがしてある。


 知里がオウムの頭を小突く。

 と、鉄製のオブジェはまるで生きているかのように顔をこちらに向けた。


「アンナ。あたしとお小夜よ。あと1人男がいるけど。頼みたいことがある」


 オウムに向かって語りかける知里。

 目覚まし時計のようなベルの音が鳴り響き、次いでオウムがけたたましい声を上げる。


「来客! 来客! 来客! シバーシ待て」


 鉄製ながらハンドメイドな味わいのある動き。


「……驚いたな。錬金術師と聞いていたけど、発明家なのか?」

 

 研究所内で、けたたましい音がしている。

 俺たち3人は少しばかり待った。

 ドアが開いた。

 薬品と香草と生肉が混ざったような臭いが、むわっと鼻についた。


「やあッ。しばらくだったッ!」


挿絵(By みてみん)


 現れたのは、背が高くて細身の女性。

 歯切れが良くもぶっきらぼうな口調で、物事にこだわりがなさそうな印象だ。

 白衣を着ているが、ところどころ黄ばんでいる。

 くすんだ金色の髪の毛がライオンのたてがみのように爆発している。

 アフロなのか、カーリーヘアなのか境目が分からない独特のヘアスタイルだ。

 

「初めまして。九重直行(ここのえなおゆき)と申します。被召喚者です」


 俺は面食らいながらも、自己紹介をした。


「うん。アンナ・ハイムだッ。直行氏か。アンナと呼んでくれていいよ」

「俺も呼び捨てでいいですよ」

「分かった、直行ッ。ようこそ! わが研究室へ!」


 アンナに導かれるままに、俺たちは研究室に足を踏み入れた。

 部屋の中は乱雑にモノが置かれていて、足の踏み場もないくらいだった。

 資料やフラスコはもとより、実験ケージに入れられたラットも多数。

 ヘビの入った水槽や、昆虫の群れの詰め込まれた透明ケースなども、無造作に上へ上へと積まれている。 


「うっ……」

「奥へ行くほどに臭い」

 

 室内ではさまざまな異臭が混ざり合っていた。

 窓がないこともあって、空気もよどんでいる。

 薬品の刺激臭や、生き物の臭い。

 金属や薬草などの臭いが混じって、嗅いだことのない異様な臭気をもたらしていた。


「そのうち慣れるよ。それで、何の用で来たんだッ?」

「あたしはホバーボードのメンテ。でも、本題は彼の方」


 知里はホバーボードをその辺に立てかけると、俺を指さした。


「短期間で戦闘力を上げたいのですが……」

「直行君は、上級魔神をも従える正体不明の召喚師に狙われているの」


 俺の単刀直入の頼みを、小夜子が理由付けでフォローしてくれた。

 アンナは髪の毛がかゆいのか、しきりと頭をかいている。


「だったらスキル結晶だなッ。待ってな。現物を持ってきてやるッ」

 

 そう言うとアンナは、奥の棚から何かを取り出して机に広げた。

 というか、ばらまいた。


「スキル結晶?」

「装着するとスキルに応じて身体能力が向上するッ」


 ゲームなどでたまに聞く単語だ。

 簡単に言うとドーピングアイテムのようなものだろうか。


 それらは石器時代の矢じり、つまり石鏃(せきぞく)に形が似ているが、半透明でカラフルだった。

 アンナの許可を得て触ってみると、意外と柔らかい。

 ジェリービーンズかグミキャンディーのような感触だ。 


「これがッ! スキル結晶。物理系はお友達価格で250万ゼニル。魔法系は400万ゼニル」

「どうやって使うんで?」

「物理系だったら脊髄に埋め込む。魔法系はおデコか後頭部にくっつけるッ!」 


 アンナは実験ケージの中のラットを指し示した。

 参考までに……というのだろうか。


 ケージの中にはラットが何匹か駆けまわっている。

 その中の1匹は、背中の体毛が剃られた部分に赤い石鏃(せきぞく)が埋め込まれていた。


 アンナはそのラットをつまみ上げると、言った。


()()()は『敏捷性+3』を積んでいるッ!」


 いや、人じゃないだろ鼠だろ。

 呼称はともかく、とにかく赤い石鏃をつけた個体は明らかに速い。


「物理系のスキル結晶は個人の身体能力に働きかけ、能力値を底上げするッ」

「何か……サイボーグみたいだな」

「知里も同じこと言ってたよなァ。機械人間のことだろう? (そそ)る話だが違うッ」

「その違いって?」

「スキル結晶は一時的に異物として装着するが、身体に馴染んでくると溶けて本人と同化するッ!」


 何となくピンとくるような、来ないような……。


「あたしも『精密動作性+3』『詠唱速度+3』を装着済みだけど、もう馴染んだので結晶は消えている。背中は見せないけど」


 知里は前髪を上げてみせた。

 おでこはきれいで、何の痕もついていない。


「ちなみに知里に付けてやった『詠唱速度+3』は魔法系のスキル結晶だッ!」

「馴染むのに3カ月くらいかかったけどね」


 なるほど、エルマが言っていた知里の「正確無比な術式展開」には、スキル結晶の効果も影響していたのか。


 確かに、知里の超人的な反応速度や、複雑な魔方陣を手早くミスなく描く技術は人間のレベルを超えているとは思っていた。


「小夜子さんも、何かスキル結晶を……?」

「ううん。わたしはトシちゃんから直接スキルを授けてもらっただけ」


 小夜子は無邪気に笑った。

 スキル結晶のドーピングはしてない、ということか。


()()()は六神通『天眼通(てんげんつう)』使いで『スキル創造』の特殊スキルを持つらしいな。まさに神の御業だ。そりゃあ魔王だって滅ぼすだろうよッ」


 トシちゃん、つまり勇者トシヒコ。

 名前は何となくコミカルだが、魔王を倒し、この世界の均衡を一変させた男だ。


 いろいろな人から間接的に話を聞くのだが、改めてそのヤバさを感じる。


「あんなのと比べたら、錬金術師の力なんてたかが知れてると思うかもしれないけどなッ。凡人は凡人なりに創意工夫あるのみだッ」

「わたしもアンナに同感だわ!」

「研究と実験の積み重ねとで、だいぶ精度は上がってるッ!」

 

 アンナは引き出しからいくつものスキル結晶を取り出して、机の上にバラバラと広げた。


「物理系? 魔法系? 何でも好みのモノを言ってくれッ!」


 アンナはスキル結晶の効果を、ひとつひとつ説明してくれた。

 俺の答えは、もう決まっている。


「ここで手に入る回避系の一番いいやつがほしい」

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