82話・違和感の正体
「気になること、なんだけどさ……」
腕を組んでいた知里は、俺たちが街道の真ん中で上級悪魔に襲われたことの『違和感』について語り始めた。
「そもそも『白昼の街道で飛竜と上級悪魔に襲われた』なんて事故、偶然には起こりえないし……」
それはレモリーも護衛の3人組も言っていたことだ。
本来、街道に現れるような魔物ではないと。
そういえば知里自身も、以前一緒に飲んだ時から疑っていた。
「エルマは『誰かが召喚した』と言っていたけど……」
「でもね、上級悪魔を召喚できるほどの召喚師なんて、この世界にそういないわよ」
小夜子が補足した。
「魔術師ギルドの師範級か、宮廷魔術師くらいだろうねえ。討伐軍ではヒナちゃんクラスか」
カーチャも指折り数えてみる。
「悪魔の心は人間とは違うから、あたしの他心通でも、具体的な召喚者像まではつかめなかったけど」
知里の持つ世界屈指のレアスキル『六神通』のうちの他心通は、他人の心の中を読み取る能力だ。
「ただ、これだけは言える。あの戦闘では、宙にいた上級悪魔に、最初、攻撃の意思はなかった」
「本当かよ?」
「あたしが敵の思考を読んだ限りでは、上級悪魔の当初の目的は『監視』だった。あの時も言ったはずだよ」
「そういえば、そうだったわね」
「飛竜のほうは、容赦なく攻撃してきたけどな」
「そう、役割分担があった。飛竜は攻撃、上級悪魔は監視。飛竜がやられた後に、悪魔が攻撃に移った」
「一体、何の監視だったのかしら?」
小夜子が首をかしげる。
「そこまでは読めなかった。ただ、想像してみて。もしあの時、あたしがアンタたちの戦闘に割って入らなかったら、どうなっていただろう……」
「……そりゃあ全滅したんじゃないか。俺もきっと殺されてた」
「全滅はないと思う。思い出して。あのとき、エルマお嬢ちゃんは、飛竜たちの攻撃を、一度もまともに受けていない」
「えっ……?」
知里は、意外なことを言った。
「そういえば……」
「そして神聖騎士団・飛竜隊がタイミングよく現れたのもおかしい」
俺はハッとした。
もし、あのとき知里が助けに来なかったら……?
俺たちは……いや、少なくともエルマだけは、法王庁の騎士団に助けられた可能性がある。
そしてエルマは、法王に心酔する貴族の娘なのだ。
「でもエルマは、騎士団と面識がありそうには見えなかったけど?」
「騎士団と面識はなくても、後ろにいる法王庁の誰かが、お嬢ちゃんのことを知っているのかもしれない。それは分からない」
「確かに法王庁になら、上級悪魔を召喚できる優秀な魔術師もいるでしょうしね」
「だったら何で、わざわざ助けたエルマちゃんを、今さら逮捕したりするのさ?」
「それは……なんでだろう?」
俺が思うに、逮捕はあいつ個人の性格に起因するような気がするけど……。
「そうか」
そのとき、俺はいぶきと初めて会った時に、いぶきがこう言っていたことを思い出して、ハッとした。
『僕ら勇者自治区は、聖龍教会……法王庁にとても警戒されています。錬金術師ギルドとの接触も、厳しく制限されています』
錬金術師がマナポの供給元であることは、エルマから聞いている。
「勇者自治区へのマナポーションの売却。――これは俺が思っていた以上に、法王庁から危険視されていたのかもな」
いぶきはあのときマナポを仕入れるルートを探していて、俺にたどり着いたのだから。
「召喚士は多分、アンタが横流しをする前に、街道を封鎖して潰そうとしたんだよ。そして巻き込まれる旅人を出さないために、街道を何らかの魔法で封鎖した。幻影魔法かもしれない。あたしらは空を飛んで入ったから、魔法の射程外だったのかも……」
知里はそう結論付けた。
「でも仮に、召喚士の背後に法王庁があるとして、あの日、直行くんたちがあの街道を通るって、どうやって知ったのかしら」
「誰かが密告したんだよ!」
カーチャが叫んだ。
これはまったく確証のない話ではあるけれども……。
待て。思い出せ。
「俺たちがあの日に出発することを知っていたのは、勇者自治区のいぶきとアイカ。そしてBAR異界風の店主と……」
「あと冒険者の店の店主ね。この人はあたしに話を通したんだから『白』だろうけど」
「それと、古物商『銀時計』の店主はどうだ?」
鼻眼鏡の老紳士はいぶきのことも知っているし……。
「この中の誰か、ってことか」
密告者としてメリットのないアイカといぶき、冒険者の店の店主を除くと、怪しいのは異界風の店主と、『銀時計』の店主だけど……。
「これ以上、誰かを疑っても仕方がないよ。証拠がなければね。ただ、この騒動の背後には、上級悪魔を召喚できるような奴が存在する。それだけは事実」
「そうだな……」
「直行ちゃん、あなた、権力者同士の陰謀に巻き込まれているの?」
カーチャは心配そうに俺を見た。
こればかりは俺にも見当がつかない。
ただ……。
知里たちの協力は、奴らにとって計算外だったはずだ。
奴らの目的は、マナポーション横流しの阻止。
だとするならば、現物はすでに勇者自治区に渡ってしまった。
あのとき俺は、「取引は中止して、積み荷は旧王都で保管する」と騎士団たちに宣言した。
だから、奴らはエルマを拘束しただけで帰って行ったのかもしれない。
結局、その宣言を覆す結果になってしまったけど……。
エルマが逮捕されたのは、その辺りの事情がバレたってことかもしれない。
次には当然、事情を知っている俺を狙ってくる可能性が高い。
「だから、お小夜はアンタが召喚士にまた命を狙われるんじゃないかって心配してる。そういうことでしょ」
小夜子はうなずいた。
「アンタは召喚士を含めて背後にいる連中を突き止めないとマズいね」
「俺が逃げたことは既に知られてるかもしれないな」
「正直、孤児院の子供たちに被害が出るのは避けてもらいたいところだけどね」
カーチャの心配は至極もっともだ。
これから先、敵の召喚魔法でいつ襲われるかもわからない。
「迷惑をかけてゴメン……」
「子供たちはわたしのバリアで守るから。気にしないで直行君」
「まあ、知里ちゃんとお小夜ちゃんがついてる分には、全く心配してないけどさ」
「……なんだか申し訳ない」
考えてみたら、この人たちとは会ったばかりなのに何もかもアテにして恥ずかしいばかりだ。
しかし、国も騎士も教団も、俺自身も頼りにならない状態だ。
すがるものがあるだけでも、奇跡のようなものだ。
「直行君。わたしたちに関しては、遠慮しないで頼りにしてよ。ねえ知里?」
「……あたしは、仕事として請け負うよ。その方がアンタとしても気兼ねなく頼めるでしょう」
「ありがとう」
少なくとも、知里と小夜子が味方でいる以上は、俺は安全だと言えるだろう。
正直、2人に出会っていなければ打つ手はなかった。
危険な状態ではあるが、命綱があることがどれほど心強いことか。
「とにかく、直行君が生還して良かった。預かってた荷物とお金、返すわね」
小夜子は朗らかに笑って、俺の全財産と着替えなどの荷物を持ってきてくれた。
その中には、知里たちに用意しておいたお土産もあった。
「そうだ、勇者自治区で知里さんたちにもお土産買ってたんだ」
「おー、ワインなんて洒落たものがあるんじゃ、呑むしかないじゃん」
ネンちゃんにもお土産があったけど、さすがに渡せる状況じゃないよな……。
「じゃあ、直行ちゃんの生還祝いに皆してパーッとやっちゃう?」
カーチャは濃い顔を思いきり広げて、派手な笑顔を見せた。
見ているだけで元気になるような顔だ。
「いいアイデア! 直行君の、今後の対策も含めて、考えてみましょう」
「ワタシはこの2人と違って英雄でも凄腕でもないけどさ、ご飯ならたらふく食べさせるから、直行ちゃんは食べることに関しては安心しなよ」
俺たちは来賓室で夕食をとりながら話し合った。
昨日の今頃は、暗闇の中を這っていたことを考えると、この時間は夢のように感じる。
今後のことを考えると不安だけれど、打てる手をひとつずつ打っていくしかない。




