81話・3つの選択肢と小夜子の違和感と
今後どうするつもりか?
エルマ救出作戦は失敗してしまった。
これ以上、どうすることもできない。
俺は法王庁に入れないし、すっかりお尋ね者だ。
法王庁に見つかり次第、殺されるだろう。
ここで俺が逃げたとしても、エルマは貴族の娘だから、殺されることだけはあるまい。
ロンレア伯夫妻がかばってくれるだろう。
「……エルマを助けることができない以上、俺の最終的な目的は現代日本へ帰ること。ただ、そのための手段というか、選択肢は3つある」
「と、言うと?」
「ひとつは勇者自治区でヒナちゃんさんを手伝い、帰還者リストの上位に入ること」
現状、これが一番帰れる可能性が高い。
その上、治安が抜群に良い勇者自治区を拠点にできるので、危険が少ない。
ただ、ヒナちゃんさんをはじめみんな意識高そうだから、人間関係に気疲れしそうだけどな……。
「2つ目は、ここ旧王都を拠点に小夜子さんたちの手伝いをしつつ、お金をためて『万能の羅針盤』を手に入れること」
現代日本に帰るためには、『万能の羅針盤』という超希少アイテムが必須らしい。
小夜子や知里など気心の知れた人たちとの異世界生活を楽しみながら、チャンスを待つ。
旧王都には土地勘もあるし、BAR『異界風』という馴染みの店もある。
ただ、基本ボランティアなのでお金が貯めにくく、帰還までに時間がかかりそうなのが難点だ。
「3つ目は、知里さんのような凄腕の冒険者と一緒に、遺跡から直接、『万能の羅針盤』を発掘すること。まあ、これはリスクが大きいので難しいけど」
その話を聞いて、カーチャは身を乗り出した。
「ワタシは2つ目の案を押すね。直行ちゃんに、ここで孤児院か炊き出しを手伝ってもらえるとありがたいよ」
一方、小夜子は何となく浮かない顔をしている。
「ああ。ここにいる時は俺、いつでも手伝うから。2人には恩返しをしたいんだ」
「そうかい! 男手はミツヨシちゃんしかいないので、それは助かるね。……って、お小夜ちゃん、さっきから浮かない顔をしてるけど、どうかしたの?」
カーチャが小夜子の肩をつついた。
確かに、いつもは朗らかで青空のような彼女が、曇ったような表情をしているのは気になっていた。
「実はね、前からずっと心配していたことがあるの」
小夜子は、何かを思い出しているようだ。
「わたしね、あのとき直行君たちが魔物に襲われた時の状況に、どうも引っかかる点があるのよ」
「引っかかる点、というのは?」
俺には見当もつかないが、小夜子は思いつめた表情で腕を組んでいる。
「知里も交えて、ちょっと話してみようと思うんだけど、時間は夕方でも大丈夫?」
「お、おう」
「直行君は単独行動は避けて、わたしか知里の目の届くところにいてほしいの。なるべく」
ひょっとして、俺の身に危険が迫っているとか……?
そこで今後の方針について、知里にも話を聞いてもらう運びになった。
知里が夕方になると訪れるBAR異界風への伝言は、転生者のミツヨシ君に行ってもらうことにした。
ちなみに報酬は2000ゼニルだ。
「どうも」
伝言を受けた知里が孤児院に来たのは、その日の夕方になってからだ。
孤児院の来賓室には俺、小夜子、カーチャ、知里の4人が集った。
改めて俺は知里に、エルマ逮捕の一件からロンレア伯による俺への追放および傷害についての経緯……。
・ロンレア家が法王庁から引き取ったマナポーションを売買することについて、法王庁に釈明に行ったエルマが逮捕されたこと。
・ロンレア伯が俺の足の健と舌を斬り、逃げることも弁明することもできないようにしたこと。
・ロンレア伯がエルマの代わりに俺を真犯人に仕立て上げ、法王庁に突き出そうとしたこと。
……そしてレモリーの機転による逃走までの流れを説明した。
「……そんなわけで、俺とロンレア家との接点は断絶してしまった」
「相手は保守派の貴族サマだからねえ。ともかく、アンタが無事に復活してよかった」
知里はさほど関心がなさそうに相づちを打った。
「それで、お小夜の言う『違和感』っていうのは、異界人に対する風当たりのこと?」
「違うわ」
「……じゃあ何?」
知里の問いに、小夜子は一呼吸おいてから答えた。
「……直行君たちが襲われた時の街道の様子を思い出してみて……」
「?」
そう言われても、俺は初めての街道の旅だったし、ピンと来ない。
知里も首をかしげている。
「旧王都~自治区間の街道は、いつも人通り多いでしょ?」
「そりゃあ交易や人の往来が盛んだからね」
「わたしは直行君に助けを求められて、ネンちゃんと3人で一緒に知里のホバーボードで街道を飛んだときに、すれ違う人も行商人も全然いなかったのが気になってるのよ」
そうだったっけ?
俺は自分の記憶を思い出してみる。
ホバーボードにぶら下がって移動した際、俺は小夜子の腋の下しか見てなかったからなあ……。
「……うわあ変態だあ」
知里にドン引きされてしまった。
彼女は心が読める。
だからって口に出すなよ。
「?」
何のことか分からない小夜子は、キョトンとしていた。
話がそれた。元に戻そう。
「街道の人通りか。俺には分からない」
「ま、確かに。お小夜の言うとおり、お昼どきの街道にしては往来が少なすぎた気がしないでもない……」
「でしょ?」
人間の記憶なんてけっこういいかげんなものだ。
俺はあの時、街道で人とすれ違ったかなんて覚えてはいない。
「そういえば……あたしが街道上空を飛んで、あんた達の荷馬車を探していた時も、ほとんど人はいなかったかな。そうしたらいきなり、荷馬車が飛竜と上級魔神に襲われていた」
そうだ、言われてみれば……。
飛竜と魔神に襲われた際に巻き込まれた通行人はいなかった。
「飛竜騎士団と遭遇した時だって、人だかりもできなかったし、近くを通る人すらいなかったのも変じゃない?」
「やっぱりそうか……!」
椅子に腰かけて腕を組んでいた知里が目を見開いた。
立ち上がり、せわしなく行ったり来たりを繰り返している。
「……お小夜! そうね、荷馬車は最初から狙われていたんだ!」
「どういうことだ?」
知里の発言に、俺は身構えた。




