7話・エルマの決意(ウソ泣きだとしても)
バルコニーに立つエルマは、まっすぐに俺を見ていた。
「だから、あなたを呼んだのです。それはこの家を、両親を守りたく思っているからに他なりません」
父親の無理な借金が原因で、異世界から俺を召喚したという。
すべては家族のためだと。
それは理解できたが、少しだけ納得できない点もある。
「……こう言っては何だけど、お父さんの法王へのファン活動? を諫めることはできなかったのか?」
「信仰の問題になってしまいますからねぇ」
「実家の宗教問題じゃ難しいわな……」
ましてや貴族の家となると、なかなか厄介だよな。
巻き込まれた俺としては面倒この上ない話だ。
「ただね、あたくしにとっては親なんですの」
「……」
エルマはバルコニーの手すりにもたれかかって、さみしそうに笑った。
「あたくしは現代日本で死んで、この世界に転生しました。前世の記憶は持っていますが、今の両親も間違いなく、あたくしを生んで13年かけて育ててくれた本当の両親なんですの」
この世界に来たばかりの俺と違って、エルマは13年この世界で暮らしている。
その期間が長いか短いかは別として、当然、考え方や思いのようなものが、現代人のそれとは違ってくるのも当然だろう。
「あたくしは赤ん坊の頃から前世の記憶を持っていたので、乳児とは思えないような物腰や仕草、笑い方は、さぞ不気味なものであったと思われます」
「有名な転生譚や、前世を扱った物語や、その手の体験談には両親の違和感に関する記述もあるもんな……」
「それでも、あの2人は実の娘として心底愛情を注いでくれました。だから……グスッ」
エルマは声を震わせている。
肩を落とし、今にも泣きそうな顔でうつむいた。
お嬢様は泣いているところなど人に見られたくはないのだろう。
両手で顔を覆った。
しかし俺は見てしまった。
お嬢様のウソ泣きを。
彼女は小器用に指に唾をつけて目頭に塗り込んでいる。
……見なかったことに、しておこう。
俺は極力、彼女から視線をそらして、話を聞いた。
「藁をもすがる思いで、『ある女』にもらった召喚具に全てを懸けたのです、どうか直行さん、秒速で1億ゼニルを稼いでくださいませ♪」
本人も途中でバレたのに気づいたのか、茶化しだしたけれども。
だが、それでも……。
ウソ泣きだったとしても。
俺は初めてエルマの心からの声を聞いたような気がしていた。
「……分かったよ。秒速は無理だが、やってみる」
どの道「呪い」がかけられていて失敗すれば死ぬのだから、やるしかない。
そこんとこは、ちょっとフェアじゃないよなあ……と思うけれども。
「ありがとうございます♪」
エルマはシレっとしたものだ。
「……で、真面目な話いつまでに借金返済しないといけないんだ?」
「返済期限は3カ月先……ですわね」
「借金は3000万ゼニルでいいのかな?」
「正確には3500万♪」
「1本4800ゼニルだとして、3カ月で300箱以上売って借金返済か……」
キツイな。
現実問題、けっこう厳しい条件だ。
しかし、貴族様なのに、どこからも助け船が出ないのか?
縁談なんかで、良い案件があるんじゃないか?
……。
俺は言いかけて、やめた。
そんな話があるなら、俺が召喚される理由はない。
「とにかく、分かった。売ってみせる。だから〝失敗したら、死ぬ〟っていう〝呪い〟みたいなのは解除してくれないか?」
「……ええ、そうしたいのはやまやまなんですけどね」
エルマは少し考えているようだった。
「いやぁ〝召喚者の命令は絶対〟って仕様なんですのよ」
「……」
少しだけガッカリしたけど、ふしぎと怒りはこみ上げてはこなかった。
どの道、俺の人生は詰んでいるからな。
元の世界に帰してもらったとしても、アフィリエイトサイトも検索圏外に飛んでしまったし。
収入のアテがどこにもない。
貯金も大してあるわけではない。
即効で職探しなければ、家賃も払えないようなありさまだ。
「だからせめて、直行さんが失敗しないように、あたくしどもは全力でサポートさせていただきますわ♪」
「本当に頼む。あと、隠し事もなしで!」
どっちに行っても苦難の道だ。
とにかく、今やれることをやるしかない。
「まずは冒険者ギルドみたいなところで、買い取ってもらうか?」
「すでにやってみましたわ。従者のレモリーに頼んで1箱2箱は売れましたが、600箱もあると……新王都や勇者自治区で売るとしても輸送が大変ですし……」
物を売る大変さは身に染みて分かっているつもりだ。
需要がなければ、どうしたって売れないものだ。
冒険者ギルドの線はダメとなると……。
俺はバルコニーから周囲を見渡してみた。
「ここから見た感じ、建築現場で魔法のような光が出てるよな。ああいうとこでも魔法使いが働いているのか」
「ええ。高位の術者は大規模な土木工事や軍事基地などの現場で働いています」
「マナポーションを建築系で働く人たちに売るのはどうだろう」
「……なるほど、悪くない考えだと思いますわ」
建築ラッシュとなると、納期なんかが切迫することもあるかも知れないし。
冒険者以外の線で販路を広げないと期限までには売り切れない。
「期限までの3カ月。寝泊りできる場所を用意してほしい。食べ物も」
「もちろんですわ。客人として当家にお迎えいたします」
「……ただ、やはり異界人ということは、隠した方がいいのだろうな」
「難しいところですわよね。どこの馬の骨とも分からない青年が、伯爵令嬢の家に住み込んでマナポーションを売るのを手伝う。いくら人の良い両親でも納得してくれませんことよ」
自分で召喚しておいて、馬の骨とはずいぶんな言い方だ。
「とはいえ、娘が異世界から召喚した男が居候ってのも大概だぞ?」
「そうなんですけどね……」
エルマは少し困ったような顔で腕を組んでいた。
「やっぱり下手にごまかしてバレるくらいなら、正直に打ち明けた方が良いと思いますわ」
「……そうだな」
こうして、俺はエルマの両親と面会する運びとなった。