75話・俺も逮捕される
◇ ◆ ◇
翌朝。
エルマを助けるためとはいえ、俺は逮捕されるリスクを負うことを選んだ。
異世界人お断りの法王庁に入るためには、重要参考人になるのが手っ取り早い。
もう少ししたらレモリーが迎えに来る。
『時のしずく亭』をチェックアウトする前に、いくつかやるべきことがあった。
まずは財産の管理だ。
手持ちの金、約2300万ゼニルをどうすべきか。
元々はロンレア家の財産だったので、レモリーに管理してもらうのが筋ではある。
しかし俺+ロンレア家一同がそっくり法王庁に行くのだ。
裁判が行われるかどうかも定かではない。
最悪、財産没収される可能性は考えておかないといけない。
信頼できる部外者に預けるのが一番だろうと判断した。
うってつけの人物が、下町の公衆浴場にいる。
「……そんなわけでお願いします! 小夜子さん」
「えええ~! こんな大金、わたし預かれないよ~」
ざっくりと事情を説明して、大金の入ったアタッシュケースを差し出した。
炊き出しの人の目がある中で預けるのはどうかと思ったけれども、彼女には強力なバリアがある。
信頼できるという人間性という点でも、パーフェクトだ。
「また炊き出し手伝う! もうレギュラーでコキ使ってくれていいから」
図々しいのは承知の上だ。
なにせ俺は『恥知らず』という性格スキルを持っているらしい。
土下座をする勢いで頼み込むと、小夜子は快諾してくれた。
「分かった。事情が事情だし、責任をもって預かるわ」
「ありがとう。知里さんにもおおよそのことは手紙で伝えてある」
万が一、手紙が読まれなかったことも考慮して、俺の計画と万が一の時の対策を小夜子にも伝えておこう。
「俺は重要参考人として行くから、ひょっとしたら逮捕されるかもしれない。10日経っても連絡がなければ知里さんに動いてもらいたい。もちろん正式な依頼として」
「わたしも協力するわ」
「ありがとう。甘えきってしまって心苦しい」
「大丈夫だから! 直行君も、くれぐれも無理はしないで」
小夜子は即答してくれたけれど、俺のせいで元・魔王討伐軍の精鋭2人が法王庁と対立してしまうことになる。
下手したら国際問題になりそうだな……。
◇ ◆ ◇
「直行さま。お迎えに上がりました」
正午近くになったころ、ロンレア家の従者レモリーが、俺の宿泊する「時のしずく亭」まで迎えに来てくれた。
「直行さま。遅くなってしまい、申し訳ありません」
「大丈夫。ちょうど俺も荷物をまとめていたところだから」
「いいえ……。お嬢様を見捨てる選択肢もあったと思いますのに、ご助力感謝いたします」
心なしか、彼女は緊張しているようだ。
俺が逃げると心配していたのだろうか。
「まあ、それは気にするな。他に何か問題でもあったか?」
「いいえ。貴人用の馬車の手配に手間取ったのと、ディンドラッド商会から『差し押さえ解除』の日時の連絡があったので、遅くなりました」
「こちらは準備はできている。行こうか」
俺は「時のしずく亭」でチェックアウトを済ませた。
◇ ◆ ◇
ロンレア伯爵邸に戻るのは3日ぶりだ。
俺は、手錠こそかけられてはいないものの、レモリーに連行されるような形で門をくぐった。
もちろん、前もって彼女と口裏を合わせていたことだ。
『マナポーションの売却先について情報を持つ人物を、法王庁に報告するために拘束した』
俺は両手を後ろに組んだまま、レモリーの前を歩く。
あくまでも彼女はロンレア家の従者として振る舞っている。
「そのまま玄関でお待ちください」
「おう」
「……直行さまに不自由な思いをさせてしまうかもしれませんが、決して悪いようにはいたしません」
「大丈夫だ」
5分ほど待たされただろうか。
「……ふん」
現れたロンレア伯の尊大さと、これでもかと見下した態度は、俺の予想を越えていた。
俺をつぶれた毛虫でも見るようなまなざしで見ている。
いや、それ以下かもしれない。
そのような、あからさまな嫌悪は伝染する。
「……俺は、取引先についての情報を持ってます」
できるだけ好意的に言ったつもりが、ぶっきらぼうになってしまった。
ロンレア伯は目も合わさずに、吐き捨てるようなため息をついた。
「レモリー。汚らわしい異界人を拘束しなさい。早く!」
有無を言わせない態度は、いっそのこと清々しく思えた。
レモリーは躊躇していた。
手が震えて、冷や汗が流れている。
「おい! 捕えるなら早くしろよ!」
俺は自棄を起こしたふりをしてレモリーの腕を取り、早く拘束するように促した。
……
険しい表情と目で彼女を睨む。
レモリーはあきらめたようにロープを取り出すと俺の手足を縛った。
エルマ逮捕の一報から1日。
俺もまた拘束されてしまった。




