72話・炊き出しの手伝い
翌日は朝4時起きで、俺は小夜子の炊き出しを手伝いに行った。
決してビキニアーマー姿やおっぱいが目当てではない。
命を助けてもらったお礼をするつもりだった。
お礼と言えばハーフエルフの少女・ネフェルフローレンことネンちゃんにも恩返しをしないとな。
そんなことを考えながら、早すぎる朝に起きた。
日の出前の朝まだき時、貴族街から下町への人の行き来なんて無い。
あるとすれば野盗の類か。
新聞配達などあるわけもない、静まり返った街を俺は歩いた。
ひんやりとした朝の空気が心地よい。
待ち合わせたのは、下町の公衆浴場の前。
「おはよう! 直行君。朝早くからありがとねー!」
「おはよう。今日はよろしく」
早朝からビキニ&エプロン姿の小夜子は、満面の笑みで俺を迎えてくれた。
健康的な笑顔と行動力には全く釣り合わない艶めかしい体形に、俺はつい苦笑い。
彼女の隣には、恰幅の良い褐色の肌の女性がいた。
「こちら、わたしが間借りしている孤児院のカーチャさん」
「はじめまして。カーチャ・ママンスと申します。元・討伐軍の一般兵です」
小夜子よりも少し年長だろうか。
ピチピチの黄色いタンクトップにエプロンをつけている。
南国のおかみさんといった言葉がよく似合う感じだ。
「被召喚者の九重 直行です。小夜子さんにはとてもお世話になっています」
「カーチャさんにはいつも仕込みの手伝いをしてもらったりしてるの」
「直行ちゃん、お小夜ちゃん、今日はよろしくだよ!」
「こちらこそ、お願いします」
そこで俺たちは少し世間話をした。
小夜子は現在、近くの孤児院に間借りして寝泊まりしているという。
その孤児院では、魔王討伐軍の元・仲間の女性が魔物に家族を殺された子供たちを引き取り、世話をしているのだとか。
6年前の魔王討伐戦では、多くの人たちが命を失ったり、廃人になってしまったという。
そうした中で、生き残った者たちは、自分のすべきことを手探りで見つけてきたのだ。
昨日会った10円玉のような色に日焼けしたミツヨシ君もその一人なのだろう。
彼は戦闘のショックで喜怒哀楽を表すことが難しくなってしまったらしいが、それでも孤児院の警備や炊き出しなどを手伝っているのだという。
魔王討伐軍といっても、華やかな英雄たちばかりではない。
魔王領に渡った選抜グループの超人たちとは違い、各地で下位や中位の魔物と戦うのが役目の者も大勢いたのだ。
「厨房は隣にある閉店した酒場を使わせてもらってるの。じゃあ、行きましょう」
小夜子は公衆浴場の風呂釜から種火を取って来ると、隣の酒場のカギを開けて中に入った。
そこはかつての冒険者の酒場だった。
「へええ……」
「お小夜ちゃんとワタシで、キレイにしたんだよ!」
椅子やテーブルはすでに片付けられているが、こまめに掃除されている。
かつて依頼が貼りだされていたであろう掲示板や、武器を立てかけて置く棚なども見て取れた。
カウンターには刀傷があったり、荒っぽい冒険者たちでにぎわっていた当時が偲ばれる。
「そういえば直行くん、わたし知里とちょっと冒険者やってた時があった話をしたっけ?」
「ホバーボードに乗ってた時に聞いたかな。海賊船の財宝とか……」
「そうそう! 古代遺跡とかも探索して、結構面白かったなー」
小夜子は懐かしそうに目を細めながら奥の厨房へと向かって行った。
テキパキとした動きに、俺はついていくのが精いっぱいだ。
……それにしても、思う。
公衆浴場や酒場の合いカギを持たせてもらって、好きに使わせてもらえるなんて、普通あり得ない。
それは彼女の人望と、「勇者パーティの一員として魔王を倒した」という実績のなせる業なのだろう。
◇ ◆ ◇
冒険者の酒場の厨房には、豆や葉物などのとれたての野菜が準備されていた。
ショウガのような根のモノや、タマネギのような鱗茎の野菜も。
獣肉もあるし、棚には調味料が並んでいる。
思っていたよりも、ずっと豪華な食材がそろっている。
全部買うとしたら、かなりの金額になるのでは?
前から疑問だったのが、これら炊き出しに使う食材の入手経路だ。
「……これって?」
「必要な食材は、基本的には寄付でまかなっているの」
「お小夜ちゃんのおかげよ。何もかもね!」
「……小夜子さんの?」
「ああ、それはね」
俺が首をかしげていると、小夜子は棚に置かれた古めかしい10段キャビネットを指さした。
各段ごとに〝ドン・パッティ商会〟〝グリシュバルト子爵家〟等、身分を記した紋章入りのラベルが貼ってある。
彼女は引き出しをおもむろに開け、紋章入りの封書を見せてくれた。
「寄付は貴族や商人から。でも、決して善意だけじゃないわ。そこに封書が入っているでしょう。わたしに勇者自治区との商売を取り次いでほしいという嘆願書」
「お小夜ちゃんは英雄だからねえ」
褐色のおかみさんこと、カーチャは豪快にタマネギの皮をむき、刻んでいく。
小夜子は、はにかんだように笑って、貯めてあった樽から寸動鍋に水を入れた。
勇者トシヒコやヒナやミウラサキと比べて、一代貴族の称号を辞退した小夜子の名声は、そこまで知られているわけではないだろう。
それでも、勇者自治区とつながりを持ちたい旧王都の貴族や商人にとっては魅力的な存在に違いない。
何しろ旧王都に住んでいるという点が大きい。
勇者自治区の窓口として、まず小夜子に話が行くのは自然だろう。
「わたしは紹介状を書いて、見返りに食材をいただく。細かいことにはノータッチね」
「もしかしたら、いぶきたちが小夜子さんを探していたのって……?」
「うん。わたしからの紹介状が多すぎるから、ヒナちゃんが疑問に思ったみたい」
「なるほど」
「こないだ会った時に、そのことは説明しておいたから、もう大丈夫……」
小夜子はそう言うと、ほんの少し視線をそらした。
明朗快活で太陽のように眩しい彼女が、ヒナの件になると憂いを帯びる。
自分には全く心当たりがなくても「母と娘」という状況は、小夜子自身まだ消化しきれていないのだろう。




