733話・ド根性! 昭和の女・小夜子
「わたしが……攻撃役?」
小夜子はキョトンとして目を丸くしていた。
彼女の異能『純潔の痴女』は「恥ずかしさ」を感じると障壁が出る能力だ。
本来であればそこまで強い能力ではないはずだが、理不尽なほど鉄壁の防御力を誇る。
一説には「痛み」を「未来」に送っているとも言われているが、本当のところは分からない。
──それを「攻撃」として使う?
勇者トシヒコの発想はブッ飛んでいるが、魔法や特技と違い発動するコストは安く、経戦能力は長く、サポートもしやすい。
「量産型魔王って、元はクロノ王国の兵士なんだよね。元に戻せる方法があれば、そうしたいけれど……」
小夜子は露出狂ではあるが、争いを好む性格ではない。
「お小夜。人間には腹をくくらなきゃならないときがある。辛いだろうけど、いま現在、三つの都を同時に救うためには他の方法を試してる時間がない」
小夜子の不安な心を読んだのだろう、背伸びをした知里が彼女の肩に手を置いて言った。
身長は頭ひとつ小夜子のほうが大きいけれど、態度は知里のほうが姉のようだ。
「……わたしがやらなきゃ、大勢の犠牲者が出ちゃうもんね……」
量産型魔王の群体は現在、三手に分かれて進行中だ。
俺たちには目もくれずに、ロンレア領と法王庁、勇者自治区をめざしている。
その数は数千ほどで、空を埋め尽くさんばかりに覆っている。
幸いというか、移動速度自体は速くはなく、じわじわと目的地へとにじり寄っている感じだ。
俺が見た『未来視』では、勇者パーティも法王も数の圧に押されて、三都市も壊滅状況に追い込まれる。
ネオ霍去病が残した、〝厄介な置き土産〟といった感じだろうか。
「……昭和の女のど根性! やるっきゃないね!」
小夜子はポニーテールをほどき、長い髪を風になびかせる。
キッと空を見据えた目に、強い決意がにじんでいるように思えた。
彼女が構えた両刃剣から、ピンク色のオーラが光っていた。
「……まずは距離が近い〝ロンレア領〟の一群を処理しよう」
前法王のラーが、小夜子の頭上に魔法陣を敷いた。
あれは磁場の両極で、隕石による電磁砲に使った術式だ。
「あ、そうだヒナちゃん! メガネを預かっててくれる?」
思い出したように小夜子はヒナを呼んだ。
そしてメガネをヒナに差し出すと、プリッと引き締まったお尻を震わせて魔法陣に飛び込んでいった。
ヒナは小夜子からメガネを受け取り、鼻にかけるような下の位置でかけた。
「帰りは俺様の重力によって引き寄せる。小夜ちゃん、50体はやっちゃってくれ!」
勇者トシヒコが親指を立てると、小夜子はウインクして応えた。
「……任せて! 八十島 小夜子いっきまーす!」
「頼むね、お小夜。んじゃラー殿下、よろしく」
小夜子と知里の声に応じて、ラーが電磁砲の術式を組み上げる。
キィィン、という電子音のような高温と共に、小夜子の体は弾丸のように撃ち出された。
すさまじい加速と共に、量産型魔王の血煙が舞う。
小夜子の障壁と斬撃が弾丸のようになって、ロンレア領をめざしていた群体に襲い掛かった。
それはまるで空に穴をあけたような、すさまじい攻撃だった。
「さすが! 小夜ちゃんの任務遂行能力は勇者パーティの中でも頭抜けてるぜ」
勇者トシヒコが口笛を鳴らし、重力操作で小夜子を引き寄せる。
悲鳴と共に、髪の毛がボサボサで目がグルグルになった彼女が戻ってきた。
汗びっしょりの体が、ピンク色の障壁で光っていた。
「……殺人的なジェットコースターみたい」
「さすが小夜子さん♪ 竹やりでB29と戦っただけのことはありますわね♪」
「それシャレになってないよーエルマちゃん……」
茶化したエルマを、涙目でたしなめる小夜子。
彼女はケロッとしているが、ピンク色の障壁で突き破った量産型魔王たちの肉片など、すさまじいグロ映像をリアルに体験してきたのだ。
「第二陣、いけるぞ」
ラーは少しの気遣いも見せずに、冷徹に電磁波による砲台の術式を組み上げた。
この少年にとって、小夜子の存在は異次元すぎてどう対応したらいいのか分からないのだろう。
知里は苦笑いしかけて、鋭い視線を逆方向に向けた。
「おっと! アンタの相手はあたしだね!」
間隙を入れず、襲い掛かってきたヒルコを、知里は両肩から出したオーラで投げ飛ばす。その形状は半透明の魔神の腕のようで、やがてそれは光の翼へと姿を変える。
宙に投げ出されたヒルコが体勢を整える隙も与えず、知里は飛び立った。
「聖龍を受胎したことで、闇に加えて光の魔法力も覚醒したのか……」
ラーが感心したようにつぶやいた。
「さすがね、ちーちゃん。でもヒナも負けてられないわ! 勝負をつけましょう! 団長!」
ヒナは大きなお尻を揺らせて、グレン夫妻に挑みかかった。
空中を踊りながら飛翔する。戦術的にはまったく意味がないビキニ鎧で、目のやり場に困るが彼女の周囲に魔法陣が幾重にも連なって輝く。
「まったく母娘して何を考えているのやら! 厳しく躾けておくべきだったかしら!」
カレン女史が魔法戦を受けて立つ構えを見せた。
グレン氏もまた、踊るような仕草で剣を構える。
「二人には育ててもらった恩義がある。でも、ヒナたちが築いた世界を否定するというのなら、戦うわ」
ヒナはいつの間にかタクトを召喚し、グレン夫妻を取り囲むようにして全距離攻撃を仕掛けた。
「さて、どうしたものか。三都は滅んでも構わねえが、おれたちが小僧どもを返り討ちにできるわけでもねぇ……」
同時に放たれた数十もの光弾をグレン氏は回避しながら、あごひげを撫でながらつぶやいた。
「バカ娘ヒナは、ワタシ等を殺せはしない。知里にしても同じこと。前法王の坊やさえどうにかすれば、こちらにも勝機がある」
追尾する光弾は、カレン女史がすべて解呪。
やはりというか、ヒナにそこまでの殺意はない。
しかし『天耳通』のラーに、わざわざ作戦を口に出して聞かせる理由が分からない。
あるとすれば、〝釣り〟だが、不死者となったグレン夫婦にとって神聖魔法の使い手ラーは最悪に分の悪い相手だ。
自分たちを消させることで、発現する何かがあるのだろうか──。
それを読んでいるのか、ラーは動かなかった。
俺の『未来視』にも上がってこないが、確かにグレン夫妻の動向は不気味だ。
百戦錬磨の戦闘巧者である二人が、知里に睨まれただけでおとなしくなるなんてありえない、
ヒナは賢者としての魔法能力とダンスで鍛えた運動神経は高いが、知略家でもなく超一級の戦闘巧者とも言えず、情け深いヒナに手に負える相手なのかという疑問は残る。
グレン夫妻との戦闘、彼女に任せて大丈夫なのだろうか──。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません
知里「そういえばこのお話がアップされた今日はブラックフライデーじゃない?」
小夜子「昭和の時代にはなかったイベントね」
直行「感謝祭(11月の第4木曜日)の次の日らしいけど、いつの間にか日本でも定着したな」
エルマ「黒にちなんでスーパーやペットショップでも96円セールやってますわよね♪」
知里「生鮮食品はともかく、ペットなんかはセールしないでほしいと思うけど」
エルマ「96円はワンちゃん猫ちゃんのご飯の値段ですわ♪ 知里さん、ペットショップが犬猫をセールで売るわけないじゃないですか♪ さて次回の更新は12月6日を予定しています♪ 『命の値段』お楽しみに♪」




