729話・過去と未来を盗んだ男
俺は、刎ねられた首から胴体を見ている──?
本来なら、即死しているダメージだが、辛うじて意識を保っている。
これは『未来』に起こる現象なのか、それとも現在起こっている現象なのか分からないが──。
死神がへばりついているのは間違いない。
「発現しろ! 『宿命通』!」
溶けるように混濁しかけた意識の中で、俺はネオ霍去病から奪った異能、『宿命通』を発現させる。
失敗したら文字通り即死の一発勝負──。
これはいわゆる『死に戻り』とも、時間の巻き戻しとも違い、俺だけに起きたことが〝なかったこと〟になる。ゲームで言えば「その場でコンテニュー」するような、チートそのものの能力だ。
首を刎ねられた俺が、光の粒子となって消えていく。
意識だけが浮遊して、致命的な攻撃を受ける前の状態に書き換わっていく。
しかし、弱点もあるようだ。
出現位置を自分ではコントロールできない。
だから霍去病もエルマの神経ガスをまともに食らっていた。
それともう一つの致命的な弱点──。
リセット能力の効果範囲は俺だけに限られる。
だから量産型魔王によるヒナたちの死亡を回避するのは、別の手段が必要になる。
「来やがったな『過去改変』! だが! お前さんの動きは読んでる! 詰みだ!」
グレン氏は俺の動きを予測しきっていた。
再出現した矢先に、心臓を貫かれてしまった。
これも『過去改変』によるリセットは可能だ。
急ごしらえの『宿命通』の発現だが、『未来視』を使う要領を応用できたためにどうにか使うことはできた。
とはいえ幻術でフェイントをかけて揺さぶり、『未来視』を封じて斬りこんでくるグレン夫妻の戦闘スタイルとは相性がよくない。
勇者パーティの戦術指南を務めた戦闘巧者と俺では場数が違いすぎてチート能力でも手も足も出ない。
「レモリー!」
俺は背後にいる彼女に援護を頼んだ。
しかし、レモリーは怪物化したヒルコに捕まったまま、身動きが取れない。
魚面と虎仮面が駆けつけて魔法攻撃を仕掛けるものの、ヒルコにダメージは通らない。
「ドルイドモードで実体を精霊化していても、捕まれているのか!?」
「よそ見してると、その首が何度も胴を離れるぜ?」
レモリーを気にかけて生じた隙をついて、グレン氏の剣が首を薙ぎ払いに行く。
これは『未来視』からの映像なので、回避する──。
しかし、この『未来視』が見せたものはグレン氏の〝釣り〟であり〝誘い玉〟だ。
俺がもう一手先を読んだとしても、カレン女史の幻覚に巻き込まれて、『死のループ』にはまってしまった。
『過去改変』で、リセットすることはできても、時間だけが経過していく──。
その間、量産型魔王の討伐に向かった前法王ラーと勇者パーティが全滅する未来が確定する。
残されたエルマとレモリー、魚面と虎仮面では量産型魔王をどうすることもできない。
詰んでしまった。
『未来視』と『過去改変』を持ちながら、最善の生存ルートが選べない。
こうなるように誘導したのはグレン夫妻か、単なる最悪の偶然か──。
そのとき、怪物化したヒルコがレモリーを弾き飛ばし、こちらに急接近する『未来視』が見えた。
俺の背後に回ったヒルコは首筋に噛みつき、脊髄ごと『宿命通』を引き抜いていく。
グレン夫妻に攪乱され、ヒルコへの注意が逸れた俺の不覚だった。
「マズいマズいマズい……」
意味もなく言葉を吐き出しても決定的な瞬間は迫る。
「直行、舌を噛まないように歯を食いしばって!」
──俺の頭の中に、舌足らずな少女っぽい声が響いた。
「ぐわっ!」
次の瞬間、俺の体はジェットコースターに乗せられたかのように宙を滑走し、戦場から引き離さされた。いや、引っぺがされたという方が正しいか──。
「この状況を打破したいなら、司令塔の回復が最優先じゃない?」
聞き覚えのある声とともに、俺が飛ばされている先には、前法王ラー・スノールがいた。
宙を舞い、隕石を操り量産型魔王を駆逐していくラーだが、俺の『未来視』では数に圧倒され力尽きる。
先ほどの声は、『司令塔の回復が最優先』だと言った。
この状況で飛ばされた先にラーがいる。
彼はすぐに俺に気づいて一瞬驚いたようだが、戦闘中でそれどころではなさそうだ。
「ラー殿下、このままでは数に押されます。俺と共に戻って『司令塔』の回復をお願いしたい!」
俺がそう言うと、『天耳通』で聞き取った彼は少し嫌な顔をしたように思えた。
だとしたら、俺たちの意図は伝わったと思われる。
「そなたが『宿命通』を継承しても大した戦力にはならないようだな」
大人げない皮肉を言われたが、事実なので仕方がない。
俺は、ラーと共に戦場に戻された。
「お嬢と組んでトシヒコを治療しよう。ヒルコはあたしに用があるみたいだからさ」
そう言って、目の前に現れたのは零乃瀬 知里。
深紅のジャケットを着て、静かにヒルコを見据えていた。




