71話・〝純潔の痴女〟と呼ばれて
公衆浴場の軒先を借りて、小夜子は炊き出しを行う。
それも、ビキニ姿で!
「列に並んでください。割り込まないで!」
俺は行列から少し離れたところから、彼女を見ていた。
小夜子は生き生きとした顔で、汗びっしょりかいて声を張り上げている。
その姿を初めて見た時は、俺も大いに面食らったものだ。
しかし、実はこの姿と心意気には全て意味があるのだった。
小夜子の特殊スキル『乙女の恥じらい』は、本人が〝恥ずかしさ〟を感じれば感じるほど強力な障壁が張れるという。
荒くれ者が多い下町で、この若い女性が無事にボランティア活動できているのも、この特殊スキルのおかげだ。
一方その性格は、露出狂のような格好とは正反対で、きわめて優等生的でまじめである。
世界から餓死者を1人でも減らしたいと本気で考えている。
華麗なる経歴=勇者と共に魔王を討伐したパーティメンバーにもかかわらず、一代貴族の称号を辞退している。
さらに勇者自治区の厚生労働大臣の地位も蹴って、毎日炊き出しに精を出している。
「1人1杯よ! 列に並んでね」
魔物に襲われたとき、壊滅状態だった俺たちの命を救ってくれた大恩人でもある。
いつも明るく、笑顔を絶やさない親しみやすい彼女。
一点の曇りもない人格者なのは間違いない。
だけど、ドン引きしてしまうのはなぜだろう……。
俺は、つとめて爽やかに、テンションを上げて声をかけた。
「こんにちはー! こないだはありがとうー!」
「直行君ー、ヤッホー!」
小夜子はいつも、元気溌剌! 大きな乳房を揺らして俺の方へ駆け寄ってきた。
隣で手伝っていた、十円玉のような色に日焼けをした若い男が俺を凝視している。
「みんなは大丈夫ー?」
「ああ。おかげさまで。エルマはまだ法王庁だけど」
「心配よね。でも、きっと大丈夫。あの娘は、悪い娘じゃないもの……多分」
人の悪口は決して言わず、誰に対しても「最高!」「大好き!」としか言わない印象がある小夜子。
そんな彼女が、エルマに関しては少し自信がなさそう……なのは気のせいか。
まあ、無理もない。
「それはそうと、差し入れ。こないだお世話になったお礼だよ」
話題を変えて、俺は先ほど買ったリンゴみたいな果物とハチミツの入った袋を差し出した。
「リンゴとハチミツ!」
「カレーと言えばそれよね! ありがとう直行くん!」
小夜子は両手で袋を受け取ると、弾けた笑顔を見せてくれた。
「ハチミツは貴重品だから助かるわ。でも高かったでしょう。無理しなくていいんだからね!」
「炊き出しは、あの人と一緒に?」
俺は、小夜子から引き継いで炊き出しを行っている若い男を見る。
十円玉のような色に日焼けをした坊主頭の男は、口を真一文字に結んで、けんちん汁をよそっている。
着てるものはといえば、古びたランニングと半ズボンで、まるで昭和の時代の小学生だった。
「列に並んでくだサイ。割り込みしないでくだサイ」
抑揚のない声で、まるでロボットのように無表情で機械的な動作だった。
小夜子は、悲しそうな顔をした。
「彼は、ミッちゃんことミツヨシ君。転生者なんだけど、魔王討伐戦で、心を壊してしまって……」
「〝導かれし転生者たち〟の一員?」
「ううん。魔王討伐軍の一般メンバー」
俺と小夜子は、公衆浴場の軒先にあるベンチに腰を下ろした。
ミツヨシ君については、小夜子はあまり言いたくなさそうだった。
それならば、この機会に前から気になっていたことを聞いてみよう。
「知里さんは〝選抜メンバー〟元エースで、小夜子さんやヒナちゃんさんは〝勇者パーティ〟って言い方をするじゃない。それって……どういうこと?」
小夜子は少し考えていたけれど、答えてくれた。
「勇者トシヒコ──トシちゃんが魔王領に攻め込むとき、軍勢をいくつかに分けたのね」
当事者から聞く話に、俺は少し緊張した。
「勇者パーティっていうのは、トシちゃんを中心に最終決戦まで行ったメンバーのことよ。選抜メンバーっていうのは、勇者パーティと一緒に魔王領の中心部を目指したメンバー。でも魔王領には飲料水も食料もないから、さらに物資を補給する後方支援メンバーと、その護衛も必要だった。それと並行して、各地に出没する魔物を討伐する一般メンバーもたくさんいたわ」
「小夜子さん、ヒナちゃんさん、ミウラサキ君は勇者パーティってことか……」
そして知里本人が言うには、知里は勇者パーティを「クビになった」。
小夜子は大きく首を振った。
「わたしは違うの。ヒナちゃんからもトシちゃんからも、何度も戦力外通告を受けてきた。知里ほど魔法の才能はないし、戦闘センスもないから」
「……でも、小夜子さんは魔王を倒した勇者パーティなんでしょ?」
「うん。どうしても最前線でみんなと一緒に戦いたかったから。そんなわたしを見かねたトシちゃんがスキルをつけてくれた。それが、この『乙女の恥じらい』ね……」
小夜子は恥ずかしそうに悩殺ポーズを取った。
するとたちまち、ピンク色のバリアが周囲を覆う。
一瞬、俺も弾かれるかと思ったけど、大丈夫だった。
「このスキルは、自分が望むものを守ることができる。パーティの壁役にはなれたし、今もみんなを助けることができる。ビキニ姿はみっともないけど、感謝はしてるわ」
「……俺たちも、そのおかげで助けられたんだもんな。ありがたいよ」
俺がそう言うと、小夜子は照れ臭そうに笑った。
「おかげで〝純潔の痴女〟なんて矛盾するみっともない二つ名がついてしまったけどね」
◇ ◆ ◇
俺はそれから正午すぎるまで炊き出しと後片付けを手伝った。
予想以上に重労働で、汗びっしょりになってしまった。
それからすぐ隣の公衆浴場でひと風呂浴びてリフレッシュした。
「心が壊れた」というミツヨシ君も後から入ってきた。
ちょうど彼の心臓の部分に、大きく溶けたような傷跡が見えた。
それは魔王討伐戦の激しさを物語るような痛々しい傷だった。




