725話・不可触の女災ヒルコをめぐる諍い
俺は一瞬、わが目を疑った。
ネオ霍去病が、結晶化させて自身の喉笛にくくりつけた『ヒルコ』を、引きちぎった。
彼の喉から胸元にかけても大きな裂傷を負い、鮮血とドロッとした赤黒い体液が混ざったものが肉片とともに滴り落ちる。
「届け! 因果の糸よ! われの知らぬ異界の異能をわが物とし発現せよ!!」
ネオ霍去病はなりふり構わず、猿面と鳥面にヒルコの結晶を喰らわせる。
「コォォォォォ!!」
一方、琥珀のような結晶の中に閉じ込められたヒルコはカン高い金属的な悲鳴を上げている。
身動きはとれないまでも、抵抗をしているのか、猿と鳥の牙から自身を守っているようだ。
「不可触の女災『ヒルコ』を喰おうっていうのか……! ネオ霍去病」
グレン氏の妻、カレン女史はヒルコをそう呼んだ。
「カレンさん! ヒナちゃんがわたしをこの世界に呼ぶキッカケとなった存在でしょ? あの人のことを何か知っているの」
小夜子はグレンと対峙しながら、カレンに尋ねた。
「転生者が十三歳の誕生日を迎えると、何処からともなくあらわれて鏡を渡して去っていく。先々代の法王の御代は、転生者の宣告を行う『呪われた巫女』『不可触の女災』として忌み嫌われた存在……」
カレン女史の言葉を、レモリーが放った風の精霊が俺の耳まで届けてくれた。
ラー・スノーより前の法王は、異界人、特に転生者に対して苛烈な措置をとることは俺も聞いてはいた。エルマが生まれたころも、彼女の出自を隠すために両親はとても苦労したこと、それが逆にラーの寛容政策で救われたこと、その因果が巡り巡って、いま俺がここにいることにつながる。
「……あの女は、あたくしが十三歳のときに召喚具を手渡した謎の存在……でしたわ」
ネオ霍去病にとどめを刺そうとしているエルマが、話に入ってきた。
「……ああ、俺も『向こう側の世界で』会ったことがある。エルマに呼ばれる直前だ。前に勇者自治区でヒナちゃんさんと話したことあったよね」
ヒルコについては、現在に至るまで断片的な情報しか得られていない。
「ええ。ママをこちらに呼び出すキッカケをくれた女だけど、ヒナの仲間たちを皆殺しにされたこともある。敵か味方か、いまだにわからない……」
その話は、以前勇者自治区に行ったときに聞かされた。
謎の女召喚士ヒルコについて、勇者トシヒコたちも独自に調査をしていたという。
しかし調べを進めると強力な魔法抵抗を受け、調査隊が全滅したという──。
「ボク13歳のときに会ったことがあるみたいだ。そのときはまだ前世の記憶があいまいだったし、傷だらけの女の人が怖かったからスルーしちゃったんだけど……」
ミウラサキまで会ったことがあるという。
転生者にとっては、不可避の存在のようだが……。
──敵か味方か、まったく未知の人物だった。
「おい〝恥知らず〟未来を見やがれ! 何としてでもヒルコちゃんを生存させろ! 俺でもクソガキでも駒にしろ! 指示を出せ!」
勇者トシヒコは満身創痍だが、その傷を負わせた前法王ラーもろとも『駒』にしろと言った。
なぜ、トシヒコ氏は敵か味方か分からないヒルコを助けようとするのか、理由は間違いなくアレ『人間のアカシックレコード』だろう。
あれがなければ異界から人間を召喚するのは不可能だし、その逆もまたしかり。
つまりヒルコを失ったら、現代社会に戻りたい者たちの転送手段が限られることになってしまう。
俺はトシヒコ氏に言われるがままに、ヒルコに視点を合わせ、『未来視』を発動せた。
「助けテはダメだ! そいつはワタシの顔を奪ったカラ、だけじゃなイ、そいつは誰かにナロウとしている! それは止めなきゃダメな存在ダ!」
一方、魚面は彼らとは全く違うことを言っていた。
そうだった。
ヒルコは魚面が13歳のときにあらわれ、顔面と記憶を奪っていった。
それが彼女が闇に生きるようになる原因でもあった。
魚面にとっては、顔と共に人生を奪われた宿命の相手でもある──。
ただ、いまの俺はその是非を論じない。
敵か味方か分からないヒルコに対して、俺はただその『未来』に焦点を当てる。
──腐りかけの三つ首を宿した怪物と化したネオ霍去病が、断末魔の叫び声を上げながら琥珀に閉じ込められたヒルコを噛み砕く。
「トシヒコさん! 5秒以内に猿の口を吹き飛ばしてください」
「おうよ!」
心臓に重篤なダメージを受けつつも、勇者トシヒコは軽く受け流して太刀〝濡れ烏〟を振るう。
その真の能力『存在自体をなかったことにする』能力で、霍去病の猿首を斬りおとした。
──俺が見た『未来視』の映像は、5秒以内に起こる現象に間違いはないないはずだった。
ところが、その空間ごとグニャリと曲がり、まるでバグったかのように突然まったく別の世界が出現した。
この土壇場でネオ霍去病に新たな能力が覚醒したのか──?
一瞬そう思ったが、歪んだ空間に立っていたのはヒルコ──。
ネオ霍去病は怪物化した部分を剥ぎ取られて、クマムシに顔がついているようなおぞましい姿へと変容していた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「チャットGTPに『算命術で占って』生年月日と性別を入力した質問をすると、占ってもらえます♪ それが結構あたるんですよ♪」
知里「個人情報ガッツリ取られるやつじゃね」
エルマ「知里さんは九星気学だと三碧木星『繊細だが意思が強い』『美意識が高く、見た目や言葉に気を配る』ですって♪」
小夜子「けっこう当たってるんじゃない?」
知里「どうでもいいけど、勝手に人の生年月日で占っちゃダメじゃない」
エルマ「細かい話はいいじゃないですか♪ 次回の更新は10月10日を予定しています♪ 『万博帰りの恥知らず』お楽しみに♪」
直行「お、万博に駆け込むのか」
小夜子「つくば万博へレッツゴー!」




