724話・プロトタイプ・ヒルコ
私に『ヒルコ』と名付けたのは、『時空の宮殿』に坐したる王だった。
王の名前は知らない。
たった一人で異界から来て、この世界を意のままに作り替えたという。
栄華を極めた魔法王国を崩壊させ、魔法の仕組み、それ自体を新たな法則で上書きした。
そう語っていたけれど、真偽を確かめる術は私にはない。
それぞれが持ち得る能力や技術を、『スキル』と呼ばれる異能に特化させて視覚化した。
彼は時間と空間を超越した存在、【時空の王】だと名乗ったことがある。
【時空の王】──。
砂漠の真ん中にある奇妙な空間で、彼はずっと世界の法則を上書きしていった。
どれほどの年月かは分からないが、おそらく千年はそうしていたとのちに語ってくれたことがある。
私が生まれたのはいつだったか、年代は定かではない。
『神速通』という特殊な宝石を加工して作った骨格に、砂と水をこねて作った泥人形をかぶせたものが、最初の私だった。
「ダメだ。こんなんじゃ似ても似つかない」
時空の王は首をかしげながらも、私を壊すこともせずに捨て置いた。
王座の他には何もない空間に、私だけがポツンと置かれるのは寂しい。
いや違う、寂しいだけではなくて、とても申し訳がなかった。
出来損ないの存在が、世界を作り替える【時空の王】の玉座にポツンと置かれるのは何ともそぐわない光景だ。
今思い返すと、そのときの『寂しい』と『申し訳がない』が、私が意識した最初の感情だと思う。
ふしぎなことに、うまれたばかりの私は、目も見えなかったし、王の話す言葉は理解できなくとも、感情や思念でその意図するところはわかった。
「だれに、にてもにつかないの?」
だから、私は王に問うた。
「さあな。ヒルコのお前には関係のない話だ」
王は答えてはくれなかったが、私の脳裏には彼が求める存在の姿が、魂に刻まれた。
人間という存在が分からない私には、その者の外見をどう表していいか分からない。
ただ、【時空の王】にとっては、特別な存在であることは確かだった。
「ふん、どうでもいいが、そいつはこの世界にはいないぞ?」
私が王の求める者を魂に刻んだことを知った彼は、少し嫌悪感をあらわにして言った。
いまさら別に嫌悪されたところで、私には意味のないことだ。
王にとっての特別な存在を見つければ、私はここにいてもいいと思えたから。
この世界にいないのならば、探せばいい。
私には王のように物を創造したり、仕組みを作り替える能力はない。
だから探しに行くしかないと思った。
いや、そうしなければ、私がここにいる意味がないとも思った。
王にとって『特別なもの』をここに連れてくれば、ここにいても許される。
「そうだな。探してみてくるといい。『神速通』の力で、ヒルコはどこにでも行ける。ただし、行けるのはお前が生まれたこの世界のみだ。この世界にいないものを、どうやって探す?」
私がそう思っただけで、王は心の中を察知したようだ。
「この世には、いくつもの別の世界が分岐して存在している。それどころじゃない、さらに可能性や空想まで含めると、途方もない宇宙が幾重にも重なり、無限にある。無限だ。本当に限りがない」
王の言葉は私には理解できなかったけれど、その意図していることはわかった。
世界は、広い──。
「転生者なら、知っている者もいるかも知れない。ここに来れる者には限られた条件がある」
王は退屈しているような態度だったが、言葉には少し熱が入っているようにも感じられた。
「そうだな。少しだけ面白いな」
【時空の王】は、そう言って何か光の輪のような零体を渡してくれた。
私の手の中でそれは、『円盤』の形になり、定まっていく。
『円盤』について、何ひとつ知識はないけれど、触れただけでそれが何であるか、やはり魂に刻まれたような気がする。
「これが何か問われたら、『人間のアカシックレコード』と答えたらいい。全ての人間の記憶と肉体の情報が刻まれた設計図のようなものだ」
私は『人間』ではないので、人間の記憶や肉体の情報と言われたところで正確な意味は分からない。
ただ、この円盤が厳密には物体ではなく、とてつもない霊的なエネルギーを秘めた磁場の結晶のような力を秘めていることはすぐに理解できた。
「異界から転生してきた十三歳の少女に、それを渡すといい。力が足りなければ、この石の力で補えばいい。これが何かと問われたら、そうだな。『魔晶石』とでも答えたらいい。本来であれば、そんなものがなくても人間は無限の力を引き出せる」
【時空の王】が、私に何かを期待していたかと言えば、何ひとつ期待はしていなかったと思われる。
実際、彼はただ思いつくままに、戯れただけなのかも知れない。
「『人間のアカシックレコード』を渡してなくしたら、魂を『時空の宮殿』にアクセスして再取得すればいい。現物がなくなるわけじゃない。磁場は無限に存在する。ダウンロードすれば、いいだけだ」
──私には人間のような「心」があるのか、正確なところはわからない。
ただ、自分の役目が見つかったと思ったのは確かだ。
こうして私は人間の暮らす町に出て、十三歳の誕生日を迎える転生者の少女を探す長い旅に出た。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
小夜子「そういえば最近のお魚ソーセージって白いのね。昭和のウインナーは真っ赤だったわ!」
知里「それ普通に赤ウィンナーじゃないの?」
直行「発売当初はマグロやクジラの肉が使われていたらしいな」
エルマ「マグロでお魚ソーセージなんて贅沢ですわね♪」
小夜子「私は昭和後期だから食紅で真っ赤だったと思うけど」
エルマ「次回の更新は10月3日を予定していますわ♪ 『昭和のウィンナーはマッカッカサー♪』お楽しみに」




