721話・続・ワールドイズマイン
「クロノ王国宰相・ネオ霍去病に告ぐ。我が名はラー・スノール。前法王にして元クロノ王国第二王子。そして現在はクロノ王国正規軍の指揮権を掌握している」
涼やかな声が、俺の耳に直接語りかけてくる。
これは法王時代におなじみの技で、マイクなしで遠くの大観衆にも説法を届けることができる。
レモリーの通信補助がなくとも、この場にいる全員に等しく声が届いているはずだ。
ザム、ザム……という靴音と軍馬の蹄が合わさった鉄の音と共に砂埃が舞った。
十字紋章に似た軍旗が高らかに掲げられて、統率された兵団があらわれた。
その先頭には、前法王ラーが供も連れずに悠然と歩いてくる。
「ヒィィィィ、き、来たあぁぁぁ、直行さんお助け下さい~。法王がこちらに向かってきますわ~♪ すでにお小水漏らしました~♪」
エルマは歯をガチガチと鳴らしながら(歯ぎしりの音までレモリーが律儀に拾っている)俺に助けを求めてきたが、どうすることもできない。
「勇者様をぶちのめした前法王さま御成りってか?」
「クソガキが、指揮権を掌握しただと?」
グレンと交戦中の勇者トシヒコが、忌々しそうにつぶやいた。
ラーは俺たちに隠れてヒナの転移魔法に便乗し、こっそりと戦場に来たかと思ったら、霍去病たちをスルーしていつの間にかクロノ王国軍を掌握して、再度戻ってきたということか。
「ネオ霍去病。そなたを先代国王ガルガ陛下を謀殺した疑いで告発する」
ラーは冷ややかに言い放った。
──先王の謀殺を告発する、だと?
俺たちとの和平交渉では一言も話題に出さなかったけれど、最初からこれを狙っていたというのか──。
「ガルガ王の謀殺って花火大会のときの──!?」
「ヒナたちが知里の恋バナで気づくのが遅れたやつだ──」
小夜子とヒナが互いに顔を見合せて首を傾げた。
俺にとっては、〝透明な蛇〟との苦い約束が思い出される、忘れ得ぬ瞬間だった。
透明な蛇の最期は、今も鮮烈に焼きついている。
俺はほぼ無意識のうちに自分の胸を握りしめていた。
「そうか──。過去改変能力なら、ガルガ王の暗殺も防げたはず……」
ネオ霍去病の能力であれば、暗殺自体をなかつたことにできたはずだ。
しかし、それをしなかったということは、
そのとき、俺の頭の中にラーの声が鳴り響いた。
「〝恥知らず〟よ。そうではない。過去改変を行わず、見殺しにしただけではないのだ、この者は暗殺者の存在に気づきながら、兄上と影武者が入れ替わるのを黙認した。つまりは謀ったのだ」
「……そう、なのですか。でも先王を弑したといっても、霍去病自身に王位継承権はないでしょうに」
「先王の遺児で幼子のローゼル殿下を人質に取られていた」
俺には謀殺の全容はつかめないものの、先王を亡きものにして〝七福人〟たちによるクロノ王国の専横が進行していた、ということか──。
「そなたの部下、神田晴いぶきは、よくやってくれた。ローゼル殿下の居場所と宮廷の事情を短期間で調べ上げた。清掃会社の上司としては、少々威張っていたが、なかなかの人材だった。三重スパイだそうだが、大切にしてやるといい」
「……ど、どもです」
ラーが言ったことに、俺は心底肝を冷やした。
いぶきは勇者自治区ではスパイ容疑の大罪人で、俺がこっそり匿っているのだ。
万が一この会話を勇者トシヒコに聞かれていたら、引き渡しを要求、断れば国交断絶される可能性は否めない。
「ネオ霍去病よ。申し開きがあるなら法廷で聞こう。さて、この事実、そなたはどう改変してやり過ごすのか」
ラーは横に手を伸ばすと、その意を受けた騎士団が怪物になったネオ霍去病を取り囲む。
一方、ネオ霍去病は正気を失ったように立ち尽くし、ガクガクと震えていた。
エルマがぶちまけたという、放射性物質がどの程度ダメージを与えているかは想像できない。
「奴はコトを始める前から詰んでいたんだろうさ……」
その一部始終を眺めていたグレン氏が他人事のように言った。
「せっかく生き返って、つまらねえボスに当たっちまったな、チンドン屋」
「そうでもないさ。勇者自治区という、テメェらが作った、幼稚な楽園を壊滅させてやったぜ?」
「私たち夫婦の娘を名乗るなら、もう少しちゃんとしつけておくんだった」
「……グレン団長。カレンさん」
勇者トシヒコとグレン、ヒナたちは言葉少なに語り合った。
俺は当事者じゃないから分からないけれど、複雑な思いが交錯しているのだろう──。
と、俺も傍観者モードだったけど、肝心なことを思い出した。
「あ、そうだあの。言いにくいんですが、エルマのやつが誤って放射性物質の液体廃棄物をぶちまけたらしいんです。魔法のあるこの世界で、向こうの物理法則がどの程度作用するか分かりませんが、安易に近づくのは危険です……」
俺は、おそるおそる申し出た。
エルマが上空でピーピーわめいているが、レモリーが羽交い絞めにしてくれていた。
「ホウシャノウ……?」
ラーの目が冷たく光った。
「……ククク。愚かなり! ラー・スノール! お前は愚昧だ!」
しかし、追い詰められたはずのネオ霍去病が、突然狂ったように高笑いを響かせた。
俺の肌が、反射的に泡立った。
とても嫌な予感がする。
「わが駒を連れてきてくれたこと、礼を言おう!」
俺は、『未来視』を発動させると、これから起こる事象を先取りして認知した。
ネオ霍去病を取り囲んでいた騎士たちが、一斉に後頭部や頸椎から鮮血を噴き出して絶命していく。
まるで呪いが発動したように、その現象は他の兵士たちに伝播していき、辺りは瞬時に血の海になった。
「この世界が誰のモノか。我のモノに決まっている!」
折り重なるように倒れていく兵士や騎士たちは、まるで風船を膨らませるように膨張していき、空へと飛んでいく。
悪夢のような光景は、俺は前にも『未来視』で見た覚えがある。
量産型魔王が空を埋め尽くし、この世界を焼き払う──。
キャンセルしたはずの最悪な事象が、再び首をもたげようとしていた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「今年の夏は暑かったですわね~♪」
知里「九月なのに35℃って普通ありえないでしょ」
直行「クーラーボックスがないと、うかつに生モノとかアイスも買えない」
エルマ「地球温暖化は恐ろしいですわね♪ あたくしが敬愛するグ〇タ女史にも地球を冷やすために頑張ってほしいですわ♪」
知里「グ〇タいま、船でガザ地区を目指してにいるんだってさ」
エルマ「環境活動家が、いつから海賊になったんですか♪」
直行「おいおい不用意に政治ネタに流れるの止めろよ。次回の更新は9月12日を予定しています。『エルマの船』お楽しみに」




