720話・続・この世界は誰のモノか
「この世界は誰のモノか? 俺様のモノに決まってるだろう!」
勇者トシヒコはそう言い切った。
心臓に重篤なダメージを負っているはずだが、恐ろしいほど強気だ。
まるでグレンたちを煽るかのような言動で、2人の間に立ちふさがった。
「あなたはそこまでエゴイストじゃないでしょうに」
カレン・メルトエヴァレンスは笑みを浮かべると、合掌のポーズのように両手を合わせた。
首にかけた長いマフラーが、まるで蛇のようにクネクネと動く。
「あっ! ダメ! ママ、避けて!」
ヒナがちょっと色っぽい悲鳴を上げながら踊り出す。
操り人形のように、手足を不自然に折り曲げて、召喚術を起動している──?
「いけない娘ね。子供でもないのにわたしたちの姓を名乗って、異世界からそんなモノを召喚して前世のママを攻撃しちゃダメじゃない」
突如、上空に大きなミサイルがあらわれた。
聖龍との戦いで見せたヒナの近代兵器召喚術だ。
ヒナの頭上にあらわれたそれは、電磁パルスを放ちながら小夜子めがけて飛翔する。
「どっせぇぇぇぇぇ!! 愛羅武勇!」
しかし小夜子はたじろぎもせずに両刃剣でミサイルを真っ二つに切り裂いた。
ビキニ鎧、というよりも金属片を局部にとってつけただけのあられもない恰好で、お尻は丸出しだ。
「ノロマでノロマ!」
「ナイス! カッちゃん!」
さらに後方からミウラサキが飛び出してきて、時間遅延の重ね掛けで爆発を遅らせる。
小夜子はその隙に乱撃でミサイルを細切れにし、両手剣をぶん回した衝撃波で破片を弾き飛ばした。
ほとんど一瞬の攻防で、ミサイルは無効化された──。
しかし、カレン女史は勝ち誇ったようにニヤリと笑い、霍去病に視線を送った。
「グルルルル……。なるほど。これがキンダイヘイキか。実物が見られて良かった。フン、ゾンビの割に仕事はしてくれたようだ」
その様子を見ていた霍去病が、唸り声と共に吐き捨てる。
ヒナの体を操って、召喚術を発動させたカレン女史は、小夜子を攻撃する狙いではなかった。
過去を見ることができる能力に、近代兵器の情報を渡すことが真の目的だったのか。
霍去病は過去改変能力によって予想外の力を手にすることができる──。
とてつもなく厄介な相手だ。
「おじさんの相手は、このあたくしですわー♪」
エルマが吼えて、突っ込んでいった。
三つある首の能面のような仮面めがけて、まさかの頭突きをかました。
まるで決闘裁判のときの狂犬モードを地でやった感じだが、当然のようにダメージは与えられない。
「あの鬼畜令嬢やりやがった……!」
「ロンレアの狂犬、いかれてやがるぜ」
グレンと斬り結んでいた勇者トシヒコが、ほぼ同時に似たような意味のことをつぶやいた。
「ぐぶっ……」
頭突きと見せかけてエルマは、至近距離から何かの液体をぶちまけた。
「レモリー♪ 退避しますわ♪」
風の精霊と同化したレモリーに自身を拾わせ、上空遙かに飛び去った。
「まずい!」
ミウラサキが時間遅延を行い、霍去病の動きを遅延させる。
エルマが放ったのは、毒性の強い何かなのは間違いない。
「トシちゃん、動ける?」
「小夜ちゃんのためなら、死ぬまで動くぜ」
勇者トシヒコが放った重力波により、毒液は霍去病に引き付けられる。
小夜子はヒナを救出すべく、カレン女史にヒップアタックを繰り出す。
「魚面! 虎! エルマを援護しつつ後退だ! レモリーはそこにいるエルマと話をつないでくれ」
俺は皆に指示を出しつつ、後方に退避。
致命傷の勇者に対して『未来視』を放ち、今後の戦闘の展開を占う。
グレンとの剣戟を繰り返すトシヒコは、どうにか命を長らえそうな状況だ。
「エルマ! お前いま何の毒を霍去病に盛った?」
俺は上空のエルマに尋ねた。
「放射性液体廃棄物をブチ込んでやりましたわ♪」
奴は得意げに返し、小馬鹿にしたような高笑いを繰り返す。
レモリーは律儀にその声まで拾い、俺に伝えてきた。
放射性液体廃棄物って、エルマの奴どこでそんな知識を得ていたのか──。
「ていうか、放射能だろ。俺たちも大丈夫なのか──?」
「直行さん♪ 何を弱気になっているのですか♪ 和平が成立した今、クロノ王国の脅威は霍去病のおじさんのみ♪ ここが勝負どころですわ♪ 強気で攻めまくりますわよ♪」
エルマの声は力強かった。
奴もなりふり構ってはいられない危機感を感じたのだろう。
ところが──。
「ヒィィィ直行さん。前法王猊下がクロノ王国正規兵を引き連れてやってきます。ヒィィィ、放射性物質を召喚したことがバレたらただじゃすみません。ヒィィィぃ、お助けを~」
勇ましい言動の下の根も乾かないうちから、思いっきり弱気な発言にトーンダウン。
しかし、その状況は看過できるものではなかった。
「レモリー。状況を説明してくれ」
「はい。ラー殿下は私とミウラサキさまが分断した軍勢を掌握し、再編成すると兵を進めているようです」
間違いなく和平には調印していたはずだが、考えを変えたのか──?
俺の『未来視』で確認すると、前法王ラー・スノールの軍勢は、間違いなくこの場を目的地としているようだ。
この世界は誰のモノか──。
聞かれてもいないその問いに答えるかのように、ラー・スノールは動いたのだった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
知里「作者がプールで溺れかけたとか……」
エルマ「浮き輪に乗って仰向けでプカプカ浮いてたら眠ってしまったらしいですわ♪ 思いきり鼻から水を吸い込んで苦しかったとか♪」
直行「しかし、そんなことであやうくこの物語も打ち切りになるところだったな」
小夜子「水の事故は命にかかわるから軽く見てはダメよね! 次回の更新は9月5日を予定しています。『終わらない夏に溺れて』お楽しみに?」




