719話・不死者たちの言い分
「エルマ無事か!」
空間転移の魔法陣をくぐり抜けた俺は、すぐに〝未来視〟を発現させ、最悪になりうる状況をスキャンする。
脳内に浮かぶイメージには、怪物化した霍去病に心臓を貫かれるエルマが見えた。
「レモリー! 霍去病の動線をふさいでエルマの援護を頼む」
俺は指でサインを送って、上空のレモリーに指示を出す。
これで初撃のエルマの即死は避けられた。
「おのれ〝恥知らず〟貴様ごときに戦局がいいようにされてなるものか……!」
吐き捨てるようにつぶやいたネオ霍去病が致死性の神経ガスをばらまいた。
「ヒナちゃんさん! レモリー!」
俺はおおまかに位置を示して二人に指示を出す。
ヒナは踊り、解毒魔法の範囲を広げる。
それをレモリーが風の精霊で運び、空間ごと毒素を中和する。
見えない毒の攻撃も、俺の〝未来視〟と女賢者ヒナの解毒魔法と精霊使いレモリーの連携によって打ち砕いた。
「さて、次……!」
とはいえ、考えを止めることは許されない。
グレン氏とその妻カレン女史の動向も〝未来視〟で補足。
こちらは小夜子とヒナとミウラサキという、勇者パーティの主力組が戦闘不能のトシヒコを護衛しつつ、かつての仲間と言い争っている様子が見えた。
何を言ってるかまでは聞き取れないが、こちらは硬直状態になりそうだ。
問題は霍去病だった。
なぜ、神経ガスの前のタイミング、俺が来た直後にエルマを狙ったのか。
初手なら見えない神経ガスの方が効果が高いはずなのに……?
エルマはロンレア領の名目上の最高指導者ではあるが、この状況下で命を狙う優先順位は低い。
俺が敵だったらまずは神経ガス、次いで狙うのは勇者トシヒコだ。
この世界における影響力がケタ違いであり、かつ戦闘不能の彼を討ち取る千載一遇の機会に、なぜ見過ごすのか分からない。
確かに最強クラスの護衛がついてるとしても、霍去病は神経ガスを持っている。
なぜそれをしなかったのか、エルマを真っ先に狙った意味を考えるべきだ。
そしてもう一人、前法王ラー・スノールの姿が見えないのも気になる。
彼も間違いなく俺たちと空間転移魔法でこちらに来ているはずだ。
それなのに、いない。
〝未来視〟も反応を示さないということは、さらに別の場所に移動した?
何のために──?
「グレン団長! カレンさん! お二人は亡くなったはずなのにどうしてッ……?」
俺が〝未来視〟で霍去病の攻撃をキャンセルし、状況を読んでいる頃、すでに戦塵は切り拓かれていたようだ。
ミウラサキの時間操作で、グレン夫妻の動きがスローモーションになる。
そこに、ヒナが突っ込んでいって2人を抱きとめた。
「何で死霊使いに不死系魔物にされてしまったの? 団長たちなら抵抗できたはずなのにどうして?」
ヒナはボロボロに泣いているようだった。
一方、やや離れたところで静観していたトシヒコは、地面に突立てた刀を杖代わりにして、胸を押さえながらかつての相棒たちを睨みつけた。
「……カレンさんも、なぜ蘇ってきやがったんですか?」
トシヒコの言葉は、レモリーが風の精霊を使って俺に届けてくれた。
「……俺たちが切り開いた景色を、妻に見せたかったからだ」
グレンは苦笑いしながらそう言った。
スローモーションになっているはずなのに、言葉は通常の速さで放たれた。
と、ヒナに抱き留められていた2人の姿は霧散し、後ろからあらわれたグレンの剣が振り下ろされる。
「キャアッ!」
ヒナは背中を袈裟斬りに切り裂かれ、仰け反って地上へと落下していった。
「ヒナちゃん!」
小夜子が彼女を空中で抱き抱え、さらにミウラサキが時間操作でサポート。
致命傷を負ったヒナだが、息が絶える前に回復魔法で蘇ってきた。
「さすがに俺たちの教え子だ。連携は取れているようだが、こちらへの攻撃が手ぬるい」
グレンはそう言って口元をゆがめ、幻のように消えた。
「それはそうでしょう! わたしたちがグレン団長たちと本気で戦えるわけないもの!」
小夜子は闘気を漲らせ、グレンがあらわれる位置に両刃剣を振るった。
ガキン、という金属音と共に火花が飛び散る。
「小夜子の剣には迷いがないわね。その目も強く輝いている」
背後から霧のようにあらわれたカレン女史が、ナパームのような極大の業火を至近距離で爆発させた。
小夜子はためらうことなく炎の渦に突っ込んでいき、カレン女史の手をとった。
「カレンさん教えて。どうして敵対しなければならないの。わたしたちは一緒に戦った仲じゃない」
そう言いながら、小夜子は自身の障壁能力をカレン女史の手にまで拡張し、炎の魔法を抑え込んだ。
これまで見せたことのない、彼女の動きに俺は少し驚いた。
「……私とあの人は、ネオ・ゴダイヴァによって肉体を作られ、ソロモン改の死霊術で不死系魔物として蘇った。本来なら、生前の記憶もうつろにただ人を襲う魔物になるところを、ネオ霍去病の『宿命通』で過去の記憶を与えられて、生き返った」
術を封じられたカレン女史は、静かにそう語った。
「それは生き返ったとは言えねえんじゃねえのか? カレンさん。あんたほどの術師なら分かるはずだ」
勇者トシヒコが言葉を添える。
その隣に、霧のようなものがあらわれた。
「……魔王をぶっ潰して世界を平和にしたのはいい。だけどトシヒコ、勇者なんて呼ばれてのぼせ上って、この世界をてめぇらのいいように好き勝手いじくりまわしたのはいただけねえ」
霧はグレン氏の姿となり、トシヒコの心臓をえぐる。
「いいえ。させません!」
しかし、その一撃はレモリーによって弾かれた。
風の精霊で会話を俺たちに届けていた彼女は、状況を誰よりも理解していた。
「この世界は誰のモノか? もう一度問う必要があるんじゃねぇか……?」
──この世界は誰のモノか?
自らも不死系魔物となってまで蘇った、グレン・メルトエヴァレンスは問うた。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
エルマ「今日は地元の夏祭りに来ていますわ♪」
知里「住民の七割が高齢者みたいな印象の街だけど、祭りになると一気に若返るわね」
直行「タトゥ入れた若者なんて普段見かけないのに、祭りになるとよく見るのはふしぎだな」
知里「そういえばそうね。雑感で20人に1人くらいタトゥ入ってるよね男女問わず」
直行「外国人だと5人に1人くらいの割合かな。ホント街じゃ見かけないけどな」
エルマ「直行さんや知里さんが街をうろつく平日の昼間、彼らは働いているんでしょうね♪」
知里「タトゥに偏見を持つのはよくないけど、まあ、そうなんだろうね」
エルマ「知里さんもおでこにタトゥ入れたらどうですか? 『働いたら負け』って♪」
直行「次回の更新は8月29日を予定しています」




