718話・カレン・メルトエヴァレンス
エルマからの連絡は、〝未来視〟によって実際の時間よりも早く俺の元にもたらされていた。
「直行さん♪ 良いお知らせと悪いお知らせがあります♪ どっちから聞きたいですか♪」
エルマからそう言われたら、どちらも悪い予感しかしない。
「悪いお知らせってのは……」
言いかけて、止めた。
俺はリアルタイムでエルマと会話をしていない。
脳内に埋め込んだ『未来視』のスキル結晶で予知ができる俺にとっては聞くまでもなかった。
頭の中に、エルマの伝言と未来から来るイメージが浮かんだ。
突如、エルマたちの元にあらわれたグレン氏によって心臓と“天眼通”を奪われた勇者トシヒコ氏、そして機神に体を挟まれた小夜子が戦闘不能──。
エルマは〝放射性物質〟を召喚するフリをして時間を稼ぎ、空間転移でヒナや俺たちをそちらに呼び出した。
いや、待て──。
俺は視線をグレン氏に向ける。
ヒナに拘束されて肩をすくめる道化師は何者だろうか──。
数分先でエルマと対峙しているとするならば、すでにここにいるグレン氏は別人ということになる。
いつ入れ替わったのか──?
俺を斬り伏せてきたときにはすでに別人だったのか──?
いや、確かに俺もレモリーを影武者にしてグレン氏を欺いたけれど、彼はさらにその裏をついて動いていたということか──。
「ヒナちゃんさん! 解呪魔法でグレン氏に成りすました者を暴いて」
「それには及ばない。その者の正体は余も興味があるところだ」
ラーの声が聞こえた。
彼はギッドやクロノ王国高官と休戦協定の立会人をつとめていたはずだが、超地獄耳スキル『天耳通』でこちらの話を聞いていたようだ。
ラーによる解呪で、グレン・メルトエヴァレンスの変身が解けた。
女性だった。
栗色の髪がたなびき、亜麻色の髪のヒナと対になっている。
「カレン……さん?」
「あら。奇麗になったじゃないかヒナ子ちゃん。そっちにいるのは銀髪の天才少年だね」
ヒナにカレンと呼ばれた女性は、朗らかな態度で答えた。
俺にとってさらに予想外だったが、ヒナとラーにとっては既知の存在だったことだ。
「あいにくと子供を戦場に送り込む趣味はない。子供を持てなかった女としてはなおさらさ。そんなことより、まさか銀髪の坊やが王子様だったとはね」
カレンと名指しされた女性は、ラーに軽口を叩いた。
遠目からは分かりずらいが、前法王は少し困ったような様子だった。
その様子にヒナも驚いている様子だった。
魔王討伐軍での出来事は、俺も詳しくは知らない。
ただ、何となく会話から状況を察することはできた。
「カレンさんは自動人形マンティコラに命を奪われたと聞きました。生きていたなんて……。あれ? でも、おかしいな……」
「仕方がないわ。あなたたちは魔王領中枢にいたから、わたしたちの死を知ったのはずっと後になってからでしょう」
「死……」
「……きゃっ!?」
そのとき、ヒナが短い悲鳴を上げた。
カレン女史は、自身を取り押さえていた彼女の手を振りほどき、首筋に短刀を突立てたのだ。
「…………え、え?」
プシュッ、という鈍い音と共に喉笛を掻き切られたヒナが、回復魔法で傷口をふさぐ。
あいさつ代わりの完全な不意打ちに、ヒナは目を見開いた。
「すさまじい反応速度じゃない。指先だけで術式を起動したのね。……積もる話もあるけれど、残念ながらわたしたちは敵同士よヒナコちゃん」
「カレンさん……」
ヒナは眉をひそめて何度も首を横に振った。
「……師団長。討伐軍ではお世話になりました。〝僕〟を前線に出してくれていたら、歴史が変わっていたと思いますけどね」
突然、ラー・スノールが話に割って入ってきた。
「……え?」
いまひとつ状況を理解できないヒナに、混乱の追い打ちをかけるような前法王の一言──。
俺もグレン氏の死については何となく聞いていたけれど、この女性とラーの関係については初耳だった。
殺意マシマシの不意打ちに加え、ヒナも知らない話に、戸惑うのも無理はない。
一方、ラー・スノールは落ち着き払っていた。
少なくとも、俺にはそう見えた。
「死霊使いソロモンによって不死者として蘇ったのですね。グレン氏同様、聖職者としては看過できない存在ですが、理由をお聞かせ願えますか?」
左手に光弾を浮かべながら、ラーは鋭い顔で言った。
「……不死人解呪か」
ラーの魔力を感知したカレン女史が軽く舌打ちをした。
不死人解呪の魔法は、問答無用で不死系の魔物を消し去ることができる。
僧侶系の最高峰であるラーの術力を、カレンは感知している様子だった。
「カレン師団長。おかしな真似をしたら容赦しません。しかし、貴女には興味が尽きない。このまま様子を見させてもらいます……」
「ちょっと待ってください、それよりもエルマからSОSが来ています。トシヒコさんと小夜子さんが戦闘不能。エルマたちが霍去病とグレン氏に時間稼ぎをしている状態みたいです」
状況が混乱しそうになってきたので、俺は話を戻した。
「え? トシが? それにママも?」
ヒナの目が大きく見開かれた。
「……生きていた勇者が、戦闘不能」
ラーの目が冷たく光る。
「ともかく、ヒナちゃんさんは転移魔法でエルマのところへつなげてほしい」
俺としてはエルマがSОSを出してきた点も気になる。
人体再生魔法と召喚術を会得し、この世界でも指折りのチート能力者に躍り出て得意げだった奴からの救援要請──。
敵と味方がごっちゃになったカオスな状況下で、俺たちは空間転移の門を抜けていった。




