717話・君の王子様にはなれなかったけれども
※今回は三人称でお送りします。
小夜子は機神の隙間から身を乗り出し、霍去病とグレンに対峙するエルマたちを見た。
「……いま、エルマちゃんが戦局を打開するために何かしている。直行くんに電話をかけたら団長と霍去病さんの動きが止まった。放射能がどうとか言ってたけど、私に何をさせるつもりなのかしら」
戦闘不能のトシヒコに状況を伝えた彼女は、上空に風の精霊と化したレモリーが飛んでいることを確認した。
「どうするの、トシちゃん」
「放射性物質はハッタリだと思うが、鬼畜嬢ちゃんは何をしでかすか本当に読めねえ。だからグレンの野郎も手が出せねえんだろう」
かつては相棒として魔王討伐軍を組織した男は、戦術家として名が通っている。
その男が、予想外の動きしかしないエルマに手を焼いている様子は、トシヒコにとっては皮肉な光景だった。
「……そんなことよりさ。小夜ちゃんは元の世界に帰るつもりなんだろ?」
勇者トシヒコは唐突に尋ねた。
「え……」
少し驚いた彼女だが、小さく頷いた。
そういえば服を着ていなかったため、慌てて金属片で胸と股間を隠し、簡易ビキニアーマーとした。
羞恥心のため、ピンク色の障壁がポワッと広がった。
「うん。ずっと迷ってたけど、決めた」
破壊された機神の残骸を盾にするように身を隠し、2人はぎこちなく肩を寄せ合っていた。
魔王討伐軍時代の戦場以来のことで、少し気恥しかった。
「……でも、どうしてトシちゃんに分かったの? 知里みたいに心が読めるわけじゃないでしょ」
「ラーとの決戦のときか、気づいたんだろ。未来の運命をすべて知った君はそれでも、元の世界のヒナちゃんを救うために帰る決意を固めた……」
そう言ってトシヒコは寂しそうに笑った。
勇者によってもたらされたスキル『純潔の痴女』だが、本質はダメージを未来に先送りすることだった。
「異世界のダメージが、どんな形で向こうに影響を及ぼすかは分からないけれど、無事では済まないはずだ。想像を絶する苦痛が君を襲う。それでも小夜ちゃんは戻るのかい……?」
小夜子の決意は揺るがなかった。
「それでも。向こうの世界のヒナちゃんを救いたい」
娘の陽菜が高校生のとき、彼女は闘病の末に息絶える。
トシヒコの『天眼通』による能力覚醒によって、彼女は〝存在していない未来〟にダメージを飛ばす。それが無敵の障壁の正体だった。
「ヒナちゃんの言葉で、なんとなく私は若死にしちゃうんだろうなって思ってた」
「ま、女賢者と呼ばれてる割には嘘が苦手だもんなヒナちゃんは」
「うん。嘘が言えない素直で良い娘。親の顔が見たいわね」
17歳で異世界に召喚された小夜子には、娘を産み育てた記憶はなかった。
しかし長くヒナと行動を共にすることによって、直感的に母娘に間違いないと確信にいたった。
ヒナが転生者であるということは、前世で死を迎えているのは間違いない。
40歳で死亡したトシヒコの老獪さとは違い、ヒナの考え方や発想は若い娘に特有な危なっかしさがある。
「トシちゃんもヒナちゃんの前世での死因、何となく分かっていたんでしょう」
「いや。小夜ちゃんとちーちゃんの反応から何となく察してたけど。男はその手の察しが弱いからさ」
陽菜の死因について小夜子は事故だと思っていたが、ヒナの言動から後ろめたい何かを感じ取り、薄々自ら命を絶ったのではないかと考えるようになった。
前世の記憶を持って生まれた彼女は、長じてヒナ・メルトエヴァレンスを名乗り、ヒルコからもらった術具で母親の小夜子をこの世界に呼んだ。
──私が戻ったら、ヒナちゃんはどうなるのだろう。
それは小夜子がずっと疑問に思っていたことだった。
自身はまた夫となる男性と出会い、陽菜を産んで若死にする。
その後、陽菜は若くして命を絶つ──。
そんなループが繰り返されるのだろうか。
「でも、いまの私なら、ヒナちゃんを死なせない未来をつかめるんじゃないかなって思ってる」
彼女には何の根拠もない確信のようなものがあった。
そのために、この場をしのぎ切る。
小夜子は闘気をまとい、ネオ霍去病と対峙するエルマを見据えた。
「そっか……。俺じゃあ君の王子様になれなかったけど、君を元の世界に返すために俺の命を使うか」
そう言って勇者トシヒコは胸に手を当てた。
重力操作と回復魔法を組み合わせた治療で、拒絶反応も幾分か和らいだ。
そのとき、〝放射能を召喚する〟はずの魔法陣から転移の門があらわれた。
それは異界からの召喚ではなく、この世界での空間をつなぐ扉──。
「単なる転移門だと……!?」
グレンと霍去病は完全に虚をつかれた。
異界とこの世界をつなぐ召喚術式はダミーで、その裏で転移魔法を構築。
直行に通話で、向こう側にいるヒナ・メルトエヴァレンスと連携して転移門を完成させていった。
「放射能♪ という単語を出せば、オジサンたちの興味を引くと確信してましたからね♪」
「騙したのか小娘ぇぇぇーーー!!」
得意げに笑うエルマに、ネオ霍去病の大剣が薙ぎ払われる。
「させねえ!」
それを籠手で受け止める虎仮面。さらに魚面が霧の魔法で視界を塞ぎ、レモリーが光と化して霍去病に突撃する三連撃で、エルマを守った。
「嬢ちゃん、悪いが死んでもらう」
しかし、離れた先を予期していたかのように、待ち構えていたグレンが長剣で斬り伏せる。
「団長ダメェェェェ!!」
その斬撃は飛び出してきた小夜子が弾き返す。さらにその後ろの転移門からはヒナ・メルトエヴァレンスがあらわれ、グレンに呪縛魔法を放った。
「あの怪物がネオ霍去病か。なるほど過去改変能力とは興味深いな……」
「おい、助けに来たぞエルマ」
一方、最後にゲートから姿をあらわした〝恥知らず〟直行と前法王ラー・スノール。
2人の間には見慣れない女性が伴われていた。
「カレン……?」
グレン・メルトエヴァレンスの顔が青ざめた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「今回は作者が急用のため予約投稿となりましたわ♪」
知里「休養じゃなくて? 群馬県の伊香保温泉に行ったらしいね」
小夜子「万葉集にも歌が記載されている歴史のある温泉なんだって!」
直行「平成時代には温泉偽装問題もあったりしたな」
エルマ「温泉が水道水じゃないといいですね♪ 次回の更新は8月15日を予定していますわ♪」
直行「終戦の日だが、俺たちの戦いはこれからだ」
知里「打ち切り漫画の引きみたいなこと言わないように」




