715話・勇者トシヒコ、女戦士小夜子、戦闘不能
「カハッ」
喀血した勇者トシヒコは、鋭い目つきでグレン・メルトエヴァレンスを睨んだ。
血に染まるかつての相棒の右手には、精霊石が埋め込まれた心臓が脈を打っていた。
グレンは左手で死霊術を起動し、トシヒコの心臓から異能『天眼通』を再構築して取り出す。
「トシちゃん!」
「させるか!」
異変にいち早く気づいた小夜子が、機神を乗り捨てて勇者の元へ向かう。
しかし、巨大な機神鎧から身を放す瞬間に、ネオ霍去病の大剣が彼女を襲う。
トシヒコによる最終手段、過剰暴走状態を免れた霍去病は、千載一遇の斬撃を放った。
「乙女の……恥じらいっ!」
霍去病の斬撃は、生身の小夜子が発現させた障壁によって阻まれた。
「爆ぜろ。いつまでも裸女と付き合ってはいられぬ」
その結果を、過去改変の異能『宿命通』によって書き換える。
小夜子の障壁能力を無効化して、首を斬り落とす改変結果は存在しない。
何通りもの過去改変の中から、最も効果的だと思われる現実を選択する。
「いやぁぁ」
それは単なる偶然の産物だった。
小夜子の腹と太ももに、切り裂いた機神鎧の破片が引っ掛かった。
障壁能力でダメージこそ避けられたものの、金属片に圧迫されて身動きが取れない彼女は、そのまま落下して地上に叩きつけられた。
「ぐふっ」
とっさのことで羞恥心を忘れた小夜子は、衝撃で意識を失った。
「うおおおお!」
「させルか!」
一方、トシヒコの心臓を手にしたグレンに、虎仮面と魚面が体術と電撃魔法の同時攻撃をしかけた。
両者ともに勇者トシヒコとは縁がなかったが、闇稼業に生きた者だから直感する、とてつもなく嫌な予感に体を突き動かされている。
禍々しい瘴気を放つグレンの左腕、その先にある勇者の心臓を狙い、虎仮面は拳を繰り出し、同時に魚面が電撃魔法を放つ。
「タネも仕掛けもございませんじゃ、奇術師は欺けねぇだろ」
グレンは愚直ともとれる二人の攻撃を嘲笑しながら回避する。
そして自らの左手に魔力を込めて、トシヒコの『天眼通』をスキル結晶に変えんとした。
◇ ◆ ◇
「………まだ、生きてんのか俺ぁ……」
死を覚悟していたトシヒコは、わが目を疑った。
戦場となった荒野に仰向けに倒れていた。
朦朧とする意識の中で、胸のあたりに熱を感じた。
失った心臓の部分に、魔力の渦ができている。
「運がよかったですわねトシオさん♪ 万が一に備えて、複製能力でバックアップを取っていて大正解でしたわ♪」
トシヒコの頭上でキンキン声が鳴り響いた。
得意げな鬼畜令嬢エルマが、勇者を見下ろして勝ち誇ったように笑っていた。
「……この技術は、ラーの小僧が兄王を蘇生させようとした魔力での人工心臓だな。あれを見て盗んだのか……だが長くは持たないだろ……」
トシヒコは朦朧とする意識の中で苦笑いをした。
魔力によって生み出された心臓は消えかけている。
心肺機能が低下するにつれ、トシヒコの全身から血の気が引いている。
「太歳肉霊芝♪ 手品師のオジサンが心臓を盗むのは想定外でしたが♪ トシオさんの拒絶反応も計算に入れていくつかサンプルを複製してありますわ♪」
エルマが得意げに笑って、召喚魔法で心臓を呼び出し、無造作にトシヒコの胸に埋めた。
「グアァァァァァァ」
拒絶反応で大量の血液が噴き出し、周囲が血の海と化した。
トシヒコは痛みにのたうち回りながらも、ほぼ無意識で回復魔法を唱え、無理やり出血を抑えた。
「あの小娘! 何をやりやがった!」
異変に気づいたグレンが、無数の短刀を投げつける。
それを先回りして体で受ける虎仮面。
魚面はグレンの背後から電撃魔法を放つが、曲芸のような動作でかわされた。
「鵺!」
その攻防で生じた、ほんの僅かな隙でエルマは召喚獣〝鵺〟を呼び出し、盾にしながら自身らは空間転移魔法でトシヒコを連れて距離をとった。
「やるじゃねぇか鬼畜令嬢。さすがちーちゃんの一番弟子」
回復魔法で命をつなぎとめたトシヒコが歓声を上げた。
「知里さんとはボッチ友達ですわ♪ あたくしの師匠はお魚先生ですから♪」
エルマが白い歯を見せて笑うと、魚面はそれに応えるように呪縛魔法でグレンの動きを止めた。
「お魚姉ちゃん! それはフェイクだ! チンドン屋は呪縛にかかったフリをしてカウンターを狙ってやがるぜ」
「なら、俺が体で止めるまで!」
トシヒコの指摘を受けた虎仮面が、短剣の刺さったままの体をぶつけてグレンを羽交い絞めにする。
「トシオさん♪ 重力操作で手品のオジサンを押しつぶすことはできますか♪」
「無理だ。重力操作は心臓と血液の維持に使っちまってる。それにアンデッドになろうとも俺は相棒を手にかけたくねえ」
トシヒコは力なく笑った。
「困りましたわねえ♪ トシオさんは弱音を吐いて戦闘不能♪ 小夜子さんは機械に挟まれて失神して戦闘不能♪ 霍去病のおじさんは怪物化してお元気♪ チンドン屋さんは虎さんとお魚先生の手に余る強敵……♪」
エルマは肩をすくめて笑った。
「どう考えたって勝ち目ないじゃないですか♪」
絶体絶命の窮地だった。
しかし、エルマは邪悪な笑みを浮かべて通信機を取り出した。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「サンドウィッチ伯爵は名字だと思ってましたけど、地名なんですね♪」
直行「四代目はイギリスの海軍卿で賭け事好き。カード片手に食べられるサウスサンドウィッチを考案したと言われてるよな」
小夜子「ジャ〇ニカ学習長のコラムページなんかで読んだ記憶があるわ!」
知里「本当の名前はジョン・モンタギュー。伯爵名のサンドウイッチはケント州にある地名からつけられたものなんだよね」
エルマ「あたくしも伯爵家なのに知らなかったなんて恥ずかしいですわー♪」
知里「まぁ伯爵がサンドウィッチの考案者だという記録はないようだし、そもそもパンに肉を挟んだ料理なんて、大量生産していたローマ人はもちろん、それ以前のエジプト人たちも考案しててもおかしくないし」
直行「中東にはピタもあるしな。パンに具を挟むという、誰でも思いつきそうな、古くからありそうな食べ方にサンドイッチの名前が定着したのが18世紀というのも、歴史の歪みというか、西洋中心史観の影を感じるな」
エルマ「面白くてためになる? 『恥知らずと鬼畜令嬢』次回の更新は8月1日を予定しています♪」




