713話・天眼通オーバードーズ!
今回は三人称でお送りします。
巨大な怪物と化したネオ霍去病と、機神と同化して戦う小夜子。
そして勇者トシヒコと対峙するグレン・メルトエヴァレンス──。
神経ガスが漂う戦場に、空間転移の魔法陣があらわれた。
「あの傷だらけの女の人には見覚えがありますわ♪」
鬼畜令嬢エルマと、彼女を守護する魚面と虎仮面。
三者はともにガスマスクで顔を覆うと、猛毒の中に入っていった。
「あイつ……!! アイツにワタシ、顔奪われタ!」
そう叫びながら、魚面は電撃魔法をネオ霍去病に放った。
狙いは首の位置ある、宝石に閉じ込められたヒルコだ。
しかし、電撃は急角度をつけて暗闇に吸い込まれていった。
「元〝鵺〟のカワイ子ちゃん、ヒルコちゃんを殺したらダメだぜ」
重力操作で電撃を捻じ曲げたトシヒコが、魚面に〝濡れ烏〟を突きつける。
殺意こそなかったが、一分の隙もない切先に、魚面は身動きが取れなかった。
「止めてトシちゃん! 魚ちゃんは私の友達なのよ」
ちょうど、両者が対峙する合間に閃光が走る。
小夜子が駆る機神が大剣を振るい、トシヒコと魚面の間を壁のようにして塞いだ。
「くそが! 滅茶苦茶な戦場にしやがって」
その隙をついてネオ霍去病は槍で機神の顔面を突き、鋼鉄の顔半分が弾け飛んだ。
「きゃあっ!?」
「小夜ちゃん!」
「大丈夫! 昭和の女のど根性! 舐めたらあかんぜよ」
小夜子は大剣を突立てて魚面とトシヒコを分断しつつ、ネオ霍去病のクマムシ化している下半身にヒップアタックをぶちかますと、その勢いのまま両足で突き飛ばす。
弾き飛ばした位置は、魚面から引き離すような間合いで、ヒルコを守るというトシヒコの指令を守った。
一方、大剣で遮られたトシヒコの後方から、虎仮面に守られたエルマがぬっと忍び寄ってきた。
「御覧なさいお虎さん♪ あれが噂の伝説の勇者さまですわ♪ まだ不完全ですけど♪ あたくしが蘇らせたのです♪」
「おい鬼畜令嬢! こっちに来るんじゃねえ! その虎のお面の奴を連れて下がれ!」
想定外のエルマの行動にハッとさせられながらも、トシヒコは鬼畜令嬢と虎仮面を制した。
「ダメはそっちですわよトシオさん♪ 再生治療が完了してない今のあなたは♪ ボロボロ心臓の超死にかけ重傷者なんですからね♪」
「トシヒコだ! しかもこっちの弱みをぺらぺら話してるんじゃねえ!」
重力操作でエルマと虎仮面を遠ざけながら、視線を巡らせてグレンを探す。
「どこもかしこも、取り込み中で収拾がつかなくなってるじゃねぇかよ!」
グレンは死角からあらわれ、トシヒコの心臓をめがけて突きを繰り出した。
それを読んでいた勇者は、突きを刀で弾くとグレンの胴体を蹴り飛ばした。
「チンドン屋はさっさと成仏しろい」
「そうもいかねえ。飲みそこねた酒があるのさ」
トシヒコ刀とグレンの剣が激しく打ち合い、極彩色の火花が飛ぶ。
両者とも刀身に魔力を付与しているため、刃のぶつかり合いとともに魔法が暴走し、四散する。
戦局は勇者が優勢だったものの、ネオ霍去病に囚われたヒルコ、そして彼女を狙う魚面。さらに守るべき存在として小夜子にエルマ、虎仮面と、気にかける状況が多岐に渡るため、やりにくさは否めなかった。
ましてや、かつての相棒グレン・メルトエヴァレンスの真意が分からない以上、安易に討ち取ることは避けなければならなかった。
「単純にドンパチできねえ、とびきり面倒な状況だな」
「俺やお前さんの役回りはいつだってそうだろう」
打ち合いながら、両者ともに唇をゆがませる。
トシヒコは戦局を俯瞰しつつ、重力場を操作してネオ霍去病と小夜子の戦闘に介入する。
妨害してくるグレンを追尾する光弾でいなしつつ、〝濡れ烏〟を解放し、禍々しい波動を発現させる。
存在を〝なかったこと〟にする力で、トシヒコはネオ霍去病の三つ首を狙った。
「悪く思うな」
トシヒコは小夜子の背後から飛び出して、霍去病に非情の刃を振るう。
過去改変能力を持つ者に対し、〝存在をなかったこと〟にする斬撃が有効であるかは確証がなかった。
しかしトシヒコの真の力はスキルを生み出し付与する『天眼通』──。
小夜子の障壁もミウラサキの時間操作も、自身の重力操作や〝濡れ烏〟の存在を打ち消す力でさえ、『天眼通』により生み出された能力だった。
──ネオ霍去病に何かしらのスキルを付与し、過剰暴走を引き起こす。
敵を強化するのはリスクが大きいが、勇者には勝算があった。
トシヒコ自身も、『天眼通』に加え『重力操作』の能力を付与した際には三日ほど寝込んでいる。
それゆえに次は武器や仲間に能力を付与することにした。
能力の付与は自身にもすさまじい消耗をもたらすが、過剰暴走状態で『過去改変能力』が発現できるか、加えてネオ霍去病はヒルコをも取り込んでいる。
両者ともに、相当の負荷がかかる。
最悪、心臓が万全ではないトシヒコにとっては命を失うリスクがつきまとう。
それでも、勇者は賭けに出た。
数多の死線を越えてきた男に迷いはなかった。
「ガハッ……」
ところが、勇者は喀血して倒れ込んだ。
闇魔法で影にまぎれていたグレン・メルトエヴァレンスの左手が、トシヒコの心臓を貫いていた。
「悪いな。お前さんの宝物はいただいていくぜ」
グレンはそう吐き捨てると、深紅に染まった手を引き抜いた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
直行「そういえば昔、透明なコーラが売ってたけど、今はないのか」
知里「ネットで検索すれば自家製の透明コーラのレシピが見つかるけど、市販の味を再現するのは難しいみたいね」
直行「でもクローブやカルダモンにバニラビーンズとか、スーパーに売ってるスパイスで作れたりするんだな。透明にするにはガムシロ使うのか」
エルマ「もうすぐ夏まつりだから、クラフトコーラ露天で売ったらいかがですか?」
知里「それ、よくて保健所に注意されるか、怖いお兄さんに『誰に断って商売しとるんじゃワレ!』って言われるパターンじゃね」
直行「次回の更新は7月25日を予定しています。『露天商はつらいよ』お楽しみに」




