711話・ふたつの邂逅
今回は三人称でお送りします。
「会いたかったぜヒルコちゃん」
全身包帯姿の勇者トシヒコは、怪物化したネオ霍去病と機神鎧と同化した小夜子の間に割って入る形で姿をあらわした。
胸の部分が出血しており、白い包帯が赤黒く染まっていた。
「……ウチのヒナちゃんが世話になったな。結果として小夜ちゃんにもめぐり逢い、俺たちは世界を変えた。礼を言っておく。ありがとよ」
トシヒコの視線の先は、ただ一点を見つめていた。
半人半獣の怪異と化したネオ霍去病の首元に埋め込まれた赤い秘石──。
その中にヒルコは捕らわれていた。
「…………」
しかし琥珀の中に閉じ込められた虫のようなヒルコは反応を示さなかった。
「……言葉が通じないのか。意識がないのか。可愛そうに、今助けてやるぜヒルコちゃん」
「トシちゃん、ヒルコちゃんって……」
霍去病と対峙していた小夜子は、ヒルコの存在を知らない。
ヒナ・メルトエヴァレンスによってこの世界に召喚されるキッカケだったと聞いたことはあった。
セーラー服を模した機神鎧と同化し、神経ガスが充満する空間で霍去病との戦闘は小夜子をかなり疲弊させていた。
何度斬り伏せても、その事実をリセットされ、幾重にも蘇る怪物との終わりなき死闘は心身を激しく消耗させていた。
無敵の障壁能力を持つ彼女だが、トシヒコがもたらした機神で戦っていなければ、毒と疲労で力尽きていたと思われる。
トシヒコは重力操作の能力で闇の渦を作り出すと、霍去病の頭上に放った。
「小夜ちゃん。コイツの過去を改変するってのは想像以上に厄介だな。しかも毒ガスが充満する中、こんなん相手によく食らいついてたな。さすがだぜ、愛してるよ」
「昭和の女のど根性! でもトシちゃんだって昭和生まれでしょ?」
「どっちかっていうと俺様は平成のひきこもりだから根性はないのよ」
軽口をたたき合いながら、二人は前衛と後衛に入れ替わる。
トシヒコが投げた黒い渦は、ネオ霍去病の頭上で重力場となり、充満した神経ガスもろとも怪物と化した霍去病の巨体を吸い込んでいく。
この不意打ちを〝なかった〟ことにしようとする霍去病だが、重力場に行動を制限されて過去改変の能力〝宿命通〟を発現できなかった。
魔王を倒したパーティの息の合った連携に、霍去病はいま何が起こったのかも分からなかった。
「前世じゃ職歴なしの四十男が、こっちじゃ英雄ともてはやされて栄耀栄華も思いのままだ。ま、英雄と呼ばれるからにはそれなりに責任ってのがつきまとうがな」
「勇者トシヒコ! 貴様はラーに殺されたのではなかったのか?」
ようやく状況を理解したネオ霍去病が毒づいた。
花火大会の顛末は、わざわざ現場を再訪し、過去を見通す能力で一切を追体験している。
勇者トシヒコは間違いなく心臓に精霊石を打ち込まれて絶命したはずだった。
しかし、現にトシヒコは姿をあらわし、霍去病を圧倒していた。
「俺様はあいにく、死にかけだ。だがお前さんを倒してヒルコちゃんを救うには十分な命だぜ?」
彼は霍去病の喉元にあるヒルコの宝石に詰め寄り、大きく手を差し出した。
そうはさせじと、霍去病は持っている巨大な両刃剣を振りかざすものの、重力場に絡め取られるように腕ごと持って行かれそうになる。
鬼のような仮面の下で、霍去病は口元を大きくゆがめた。
「さぁヒルコちゃん。そんな暗いところにいたって面白くもねぇはずだ。来なよ」
霍去病を相手にせず、囚われたヒルコに手を差し伸べるトシヒコ。
宝石の中で磔にされた彼女からは無数の糸が伸びていた。
それは霍去病が宿命通で発現させた因果の糸。
「運命の赤い糸なんて絡め取るためのモンじゃねぇだろ」
勇者トシヒコは、ネオ霍去病の目論見を理解していた。
彼の宿命通は異世界人に干渉できないという欠点を持つ。
しかしヒルコを通じて因果の糸を結べば、異界人に対しても能力を発揮できる。
仮にそうなったら、勇者トシヒコ一行も過去改変の影響を受け、無事では済まないだろう。
「悪いが一気に決めさせてもらうぜ! その存在を〝なかった〟ことにしてやる!」
トシヒコが愛刀、〝濡れ烏〟を振るう。
その刀身からは禍々しい負のエネルギーが満ち、真の力を発揮しようとしていた。
黒いオーラをまとったその刃で斬られたモノは、この世界で存在をなかったことにされる。
かつて魔王の名を奪い、直近では法王の王杖を存在しなかったものにした、あまりにも凶悪な太刀──。
普段は性根が優しいために刀を真の力を引き出せない小夜子に預け、半ば封印しているのだが、ここぞというときには容赦なく振るうのが勇者トシヒコという男だ。
「存在消失斬!」
トシヒコは重力操作で霍去病の自由を奪い、ヒルコを除いてその存在を消失させる一刀を放った。
斬撃の軌道を、曲芸用の短剣が阻み、黒いオーラに包まれて剣は消失した。
そこにあらわれたのはグレン・メルトエヴァレンス。
短剣を投げつけ、トシヒコの攻撃をそらした。
「チンドン屋……!」
勇者トシヒコの表情が凍った。
死に別れたはずだった相棒が不死者として蘇った。
その報は聞かされてはいたが、この目で見てなお、にわかには信じられなかった。
「久しぶりだな元相棒、悪いがツギハギの彼女は、ウチらで面倒を見るぜ」
グレン・メルトエヴァレンスはマントから曲芸用の短剣を数本取り出すと、ジャグリングの要領で宙を舞わせた。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
エルマ「今回も宮古島からお送りする『恥知らず~』今回は食べたものシリーズですわ♩」
直行「ダグズバーガー、一番安いノーベジでもサイドメニュー込みだと2000円近くした。旨かったけどな」
※
知里「黄色いバスのガーリックシュリンプは並んだけど、西平安名埼の絶景を見ながらの食事は美味しかったね」
小夜子「伊良部島のお寿司はシャリがもっちりしていて独特だったわ!」
直行「漁港で食べた島魚定食、オオヒメという魚らしい」
直行「離島といえば鮮魚店! これで1200円はありえない価格だ」
エルマ「今回もヤギ刺しいただきましたわね♪ あとヤギ汁も初めて飲みましたわ♪」
知里「店員のおねえさんに、ヤギさんと相席ですけどいいですかー? って聞かれた」
小夜子「写真も撮られたりしたよね」
エルマ「マンゴーは売り切れが多かったけど、最終日に公設市場でゲットしましたわ♩」
知里「次回の更新は7月11日を予定しています。」
エルマ「巷で話題の予言、7月5日の大災害には触れないのですわね♪」




