708話・グレン・メルトエヴァレンスを捕らえる
「ドルイドモードで〝恥知らず〟に化けていやがったのか!」
グレンは後ろに跳躍しながら、流動化しているレモリーを一瞥した。
「団長! どうしてって聞いてるの!」
斬撃をハイキックで弾いたヒナが叫びながら彼につかみかかる。
魔道士とは思えない肉弾攻撃だが、グレンもそれを予期していたように剣でなぎ払う。
「お転婆は相変わらずだな!」
刃のついた剣で攻撃しながらも、まるで仲のいい親子がじゃれているような言い方だった。
ヒナもニヤリとしながら、さりげなく俺の前に割って入り、グレンからの射程を塞いだ。
グレンは肩をすくめながらも、剣を曲芸のようにクルクルと回しながら〝俺〟を見た。
レモリーが化けた直行ではなく、担架を担いだ従者に化けた〝俺〟を──。
剣を構えてニヤリと笑うグレン・メルトエヴァレンス。
俺の背筋に冷たいものが走った。
「団長はどうしても直行くんがお気に召さないようね」
「そうでもないんだけどな。世のため人のため、この世にはいちゃいけねえ人間だからな」
対峙するヒナとグレンから、魔力と闘気が湧き上がった。
身構える虎仮面と魚面、レモリーは元の姿に戻り、いつでも俺を守れる態勢についた。
一方、クロノ王国の高官たちは緊張した面持ちで〝七福人〟でもあるグレンを見つめていた。
そんな緊迫した雰囲気の中を、静観していた前法王が、無防備ともとれる足取りで歩み出た。
右手を挙げて両者を制した後、少年のような細い両手が打ち鳴らされた。
「そこまでにしてもらおうか。グレン・メルトエヴァレンス。貴方がなぜ不死者となり蘇ったのか、余も興味がつきないが、停戦交渉の提案者“恥知らず”に退場されたら、話しもまとまらない」
不規則な手拍子をとりながら、ラーはグレンの表情を伺った。
静かなる前法王と、飄々とした道化師のように肩を揺するグレン。
この場にいる誰もが、両者の対峙に視線を向けていた。
「聖職者であるならば、蘇った死者を放置できないのだが、あいにくと今はその立場ではない」
「お目こぼしに感謝しますぜ、前法王猊下」
グレンは芝居がかった動作で頭巾を取ると、旅芸人がやるような身振りで一礼した。
「……さて恥知らずよ。相変わらず女を盾にするとは見下げ果てた所業だが、戦闘が不得手なそなたが生き残ることに特化しているのは理解できる」
「恐れ入ります、と言っておきます」
俺はラーの皮肉を受け流しながら、マスクを外して一歩を踏み出した。
すかさず、レモリーが担架の中からマントを用意し、俺に差し出してくれた。
一応、和平交渉でロンレア側の代表者である俺が看護師の装いでは格好がつかないと彼女が気遣ってくれたのだろう。
「レモリー、いつも助かっている」
俺は礼を言いながらマントを羽織ると、なるべくゆったりとした足取りで交渉の席に着いた。
いくら身体を流動化できるとはいえ、彼女に暗殺の身代わりをさせてしまった後ろめたさは、ラーに指摘されるまでもなく、思っている。
俺の両隣にはギッドと司祭が座った。
その後ろには護衛のレモリーが立ち、左右を魚面と虎仮面が警護する。
ラーに咎められたとはいえ、暗殺未遂を決行したグレンの身柄は拘束されていないから、警戒は当然だろう。
剣を取り上げられたグレンは、天幕の端で腕を組んでこちらの様子をうかがっていた。
その隣には、ヒナの姿がある。
彼女は交渉のテーブルには着かずに、グレンのすぐ側でおかしなマネをしないように警戒している。
「さて。クロノ王国側の代表はどちらかな?」
俺は静観していたクロノ王国使節団に向かって言った。
ただ、暗殺未遂と停戦交渉は分けて考えないといけない。
俺はあえてグレンを見ずに、クロノ王国の重臣たちだけを見ていた。
今回の停戦交渉は〝七福人〟とクロノ王国を引き離すために行ったことだ。
それを嗅ぎつけて、俺を暗殺までしようとしたグレンはさすがの策士だが、こちらも堂々と交渉で〝七福人〟を引き剥がす。当事者がいようとも、だ。
「……クロノ王国公使として、〝七福人〟蘭陵王どのの非礼を心苦しく思っている」
使節団の中でもっとも年長で厳めしい感じの男が名乗り、謝罪ともとれる発言をした。
その様子から、思った通りクロノ王国は割れている
「グレンどのは、やはり和平には反対のお立場ですか?」
そうした中で、ラーはグレンに問いかけた。
グレンに話しかけながらも、視線は天幕の上に向けていて、思案しているようでもあった。
それに対しグレンの表情は分からない。ここからでは距離が遠く、微細な表情の変化まではうかがえないが、笑っているようにも見えた。
「世界の平和は大いに結構だ。それについては俺も少し前に貢献した。だが恥知らずは生きているべきじゃないと思うぜ。クロノ王国、法王庁、そして勇者自治区、どこにとっても、恥知らずはよくねえ」
ある意味グレンの意見は一貫していた。
なぜそこまで彼が俺を目の敵にするのかは理解できなかったけれど──。
「……さて、これが誰の意図かはともかく、厄介なことになった」
一方、ラーの様子が少し変だった。
しきりと外の様子を気にしている。
まるで、彼にしか聞こえない音に気づいたかのように、首をかしげて顎に手をあてていた。
「も、申し上げます!」
そこに、野戦病院に見立てた停戦交渉の舞台に、クロノ王国の伝令が入ってきた。
甲冑を外しているが、服装からクロノ王国の竜騎士のようだった。
「西の果てからおびただしい数の魔王が! わが軍の量産型魔王が空を埋め尽くさん勢いで迫っています!」
伝令の報告が終わるよりも早く、俺たちは外に出た。
まだ上空には何もあらわれてはいないが、西の方角に黒い雲のようなものが立ち込めていた。
それは先ほど見た『未来視』のような光景でもあった。
俺がキャンセルしたはずの最悪の未来だった。
次回予告
※本編にはまったく関係ありません。
エルマ「知里さんと、とある女子高の文化祭に行ったんですよね♪」
知里「地域でも有数の進学校だったから緊張したけど、楽しかったよね」
エルマ「出し物のレベルが高いのとクイズが難しすぎて泣きそうになりましたけど♪ まさに聖少女たちの宴でしたわねー♪」
知里「あたしやお嬢と違って、ひねくれてる娘もいない感じで、清らかな空間に癒されたね」
エルマ「次回の更新は6月20日の予定ですわ♪ ちなみに作者取材のため更新日時が前後するかも知れませんがご了承くださいな♪」




