707話・停戦協定の事変
「知らなかったのか、ヒナちゃんさん……」
勇者トシヒコの復活がヒナたちにまで秘密裏だったことは、想定外だった。
「本当に彼だったの? 偽物とかじゃなくて?」
ネオ霍去病VS小夜子に加勢したミイラ男は、果たして本人なのか──。
「小夜子さんにロボットを与えて霍去病と戦ってる。偽物なら、小夜子さんが気づくはずだ……」
俺の『未来視』では、小夜子に敵対したり、霍去病が勝つ未来像は浮かばない。
過去改変能力のためか、倒している未来も見通せない。
おそらく膠着状態は続く──。
それなら政治上の優先順位は停戦が最優先だと判断し、捨て置くことにした。
「ヒナちゃんさんには、変装してもいいから会談に参加してもらう。ラー殿下は全部お見通しなんだし、勇者自治区の今後のためにも停戦協定に参加するべきだ」
俺はそう言って、ためらうヒナを説き伏せた。
聖龍を討ってから、彼女の行動には混乱が見られる。
罪悪感がそうさせるのか、自ら処刑を演じてみせたり──。
その一方で勇者トシヒコやグレン・メルトエヴァレンスへの過度な執着ともとれる行動が目立った。
ただ、たとえどれほどメンタルがズタボロだろうと、彼女は英雄であり勇者自治区の最重要人物であることに変わりはない。
「ヒナちゃんさん、行こう」
俺は彼女にそう告げて、停戦協定の準備を進めた。
通信機でラーに連絡を入れると、淡々とした口調で段取りを指示してきた。
「そなた等はけが人のふりをして、誰か分からないように野戦病院まで来い。人選は一任する」
このための野戦病院なのかと納得した。
それと同時に、ふと思った。
──勇者トシヒコがミイラ男の姿であらわれたということは、前法王ラーと会談しているのか?
そんな疑問も頭に浮かんだが、さすがに聞くわけにもいかなかった。
ただ、「あり得るかもしれない」と心に刻んでおく。
◇ ◆ ◇
停戦交渉に参加する代表団は4人。
彼らにつきそう護衛兼監視役は6人の計9人で野戦病院に向かう。
ロンレア代表として、直行。書記官としてとしてギッド。
勇者自治区からはアイカに変装したヒナ・メルトエヴァレンス。
これに、法王庁から出向してきた司祭が付き添うが、彼の同席は形式上のものだ。
ラーおよびクロノ代表団と交渉する4人のうち、司祭以外の3人は、誰か分からないように包帯でグルグル巻きにして重症者を装った。
彼らを担架に乗せて運ぶのは、看護師に変装した6人。
ミニスカナース姿の魚面は、意外とサマになっている。
虎仮面は手術マスクと白衣で医師に扮したが、さすがにこれは無理がある。
これに看護師の格好をしたロンレア住民がサポートする格好だ。
一応、虎仮面に合わせて、運び手も誰か分からないようにマスク着用をしておいた。
〝七福人〟率いるクロノ王国軍に包囲された中での停戦交渉──。
野戦病院を利用するとしてもどこで誰が狙っているか分からない──。
エルフの射手スフィスには見張り役を任せてある。
シェルター内の護衛はミウラサキ君で万全だろう。
〝皇帝〟エルマが出ると話がややこしくなるので留守番だ。
「……まあ、いいですけどね♩」
不満を言ってくるかと思ったが、意外と素直だった。
ただ、何か〝含み〟を感じた。奴のことだから、何かを企んでいるかもしれない。
こういうときに『未来視』は便利だ。
俺の脳裏には、エルマによって停戦交渉がぶち壊される未来像は浮かばなかった。
1万人規模の軍勢に包囲された中を、三つの担架を担いだ看護団が進み出て、野戦病院の天幕を目指す。
先頭を行くのは法王庁からの出向組の司祭だが、旗を持つ手が震えていた。
普段は〝以下同文〟で祈祷をするようないいかげんな司祭だけれど、さすがに緊張は隠せないようだ。
対して、クロノ王国からも担架を担いだ集団が進み出てくる。
これもラーの指示通り、交渉団(おそらく上位の騎士たち)が重症者を装ってやってきたのだろう。
まだ両軍、改まった戦闘もしていないのに双方から重症者が運び込まれるといった光景は、見方を変えれば茶番のようにも見える。
しかし、それも承知の上でラーが提案した会見のお膳立てなのだろう。
兄王ガルガ亡き現在、この戦自体が茶番だという、弟王子の複雑な思いのようなモノを俺は感じたのだが、考えすぎかもしれない。
「重症者を天幕に」
中から機械的な声が聞こえてきた。
俺たちは担架を運び込み、今回の主役である交渉団たちを降ろした。
ラー・スノールは護衛もつけずにただ一人、天幕の中で立っていた。
彼の周囲には簡素な円卓があり、取り囲むように椅子が並んでいる。
一方、向こうではクロノ王国の担架が降ろされ、重症者を装った包帯姿の一団が包帯をほどきはじめていた。
とはいえ知らない顔ばかりで、年齢層は比較的高い。
彼らが、停戦の交渉団。戦場にいた騎士たちとは違う、文官風の印象の男たちが数名──。
ラーが連れてきたとすれば、かなりの強行軍で、転移魔法でも使わなければこの場に集まることなど不可能だろう。
この交渉が世界に与える重要性を、理解していないとできない行動だった。
担架を降ろしたクロノ王国の騎士だと思われる頭巾の男が、俺たちをうながすように右手を挙げた。
「さて、我々もお出ましになりますか」
俺がそう言うよりも早く、ヒナが包帯をほどいて姿をあらわした。
髪をお団子に結ってアイカを装っているが、タンクトップとミリタリーパンツは元のままだ。
左肩のハイビスカスの刺青は、アイカの両腕を移植して以来、消さずに刻まれたままになっている。
その姿を一瞥したクロノ王国の者たちは、小さく一礼した。
「暑いねー、直行くん。ヒナ汗びっしょりだよ」
アイカに変装しているにもかかわらず、ヒナは無防備に自称した。
「アイカさん、じゃなくていいの? 魔法で着替える?」
「ここで? まさかー」
「……えっ?」
ヒナがタンクトップの肩で首筋の汗を拭ったとき、異変が起きた。
「直行どの! 嘘だ……! 嘘だろォー!?」
包帯を振りほどいてあらわれたギッドが、柄にもない叫び声を上げた。
足下に転がっているのは、俺の生首──。
他愛のない会話を交わしていたヒナだが、緊張感を欠いていたと言わざるを得ない。
とはいえ、さすがに歴戦の女賢者だけあって、すぐに臨戦態勢をとっているけれど、時はすでに遅し、ではある。
「ちがうな! 影武者か!」
「グレン団長! どうして」
次いで斬りかかった頭巾の男の斬撃を、ヒナがハイキックで弾く。
ほぼ同時のタイミングで〝直行〟が光の粒子へと姿を変え、切り離された頭部も同様に変化した。
そして粒子は長身痩躯のシルエットを描きだし、レモリーの姿へと戻った。
「未来を読んでやがったか、恥知らず!?」
「読むまでもなかったけどな。あんたの狙いは俺の首だけだろう。姿が消えたというから、こうしてくるとは分かっていた」
ドルイドモードのレモリーを俺に化けさせて、代表団になりすました。
俺は付き添いの看護師に変装して、同行していた。
本当は『未来視』で見えた危機ではあったけれど、グレンに対しては虚勢をはってそう言った。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「令和の米騒動も備蓄米の放出で落ち着いてきますかね♪」
直行「どうだろうな。ただ飲食店とかで業務用米が足りないとは聞かないんだけどな。知り合いの農家さんとかも普通に作ってるし、スーパーでお米を買う層が焦ってるのかな」
エルマ「あたくしはタピオカとハチミツがあれば生きて行けますから関係ないですけどね♪」
直行「日本人は普段温厚でも食い物、特にコメが絡むとガチギレするから滅多なことは言えないけど、減反政策とか食糧安全保障とか考えるいいキッカケになるといいな」
知里「何か珍しく政治的なネタをブッ込んできたわね。ともかく次回の更新は6月13日を予定しています。お楽しみに」




