69話・知里とサシ飲み
行きつけのBAR異界風で知里とサシ飲み。
異界風という屋号なのでややこしいが、俺たち現代人にとって、容易には帰れぬ故郷の味を再現してくれる貴重な店だ。
「ドライ風麦酒と赤ワインを追加で! 知里さん、アテはどうする?」
「生ハムとドライフルーツ盛り合わせで」
「俺は獣肉バル追加だな」
勇者自治区にある本格的な現代風レストランとは違い、ほどほど感が個人的には好ましい。
俺の推しメニューは獣肉バル4点セットとドライ風麦酒だ。
何の獣肉かは怖くて聞けないが、4種とも臭みも少なくスパイシーで実にうまい。
差し向かいで赤ワインをのんでいるのは、神聖魔法の使い手・零乃瀬知里。
命の恩人で、俺と同じく被召喚者だ。
元の世界で何をやっていたかは知らないが、この世界では元魔王討伐軍の選抜エースで、現在は凄腕の冒険者。
ランクはS級。
いつも頬杖をついているためか、「頬杖の大天使」の二つ名を持つ。
彼女はこの世界でもトップレベルのレアスキルの持ち主だ。
六神通の1つ他心通で、他人の心を読むことができる。
「そっか……。あの後、勇者自治区でヒナと会ったんだ」
「会った」
知里は寂しそうな、何ともいえない複雑な表情をした。
あの時、知里は一人そそくさと帰って行ったけど。
ヒナ・メルトエヴァレンス。
6000万ゼニルの取引を勇者自治区で済ませた打ち上げパーティにいた、セレブっぽい女性。
魔王を討伐した勇者パーティのナンバー2。
彼女は現代社会から能力のある専門家を召喚しては、異世界改革に力を入れている当事者だ。
「お小夜もヒナと会ったんだよね。と、いうことはあの話もしたんだ……」
「あの2人、親子なんだって?」
転生者のヒナが、前世で実の母親だった小夜子を異世界に召喚した話は聞いた。
そしてなぜか、小夜子がヒナを出産するより前の若い姿で現れてしまったということも。
「知里さんは、ヒナちゃんさんとは面識があるんだよね」
「まあね。ヒナはあたしのこと何か言ってた?」
……どうだったかな。
少なくとも、会食の話題には出なかった。
「……そっか。向こうが言っていない以上、ここにいない人たちについて話題にするのは良くないんだけどさ。一応アンタも頭に入れといて。あたしが、勇者パーティをクビになったこと」
俺の心を読んだらしい知里はグラスを揺らしながら、さみしそうに笑った。
「……」
「回復が使えない神聖術師だからね。闇属性の方が適性があるって勧められたけど、断った」
「理由を聞いてもいいのかな?」
「単純に闇は嫌いなんだ。おぞましい感じがするでしょう」
そう言いながら、彼女は赤ワインを一口で飲み干してしまった。
そして間をおかずデカンタからグラスに注ぐ。
ペースが早く酔いが回ってきたのか、知里の頬はすこし赤くなっていた。
「あたしったら、みっともないよねえ。知り合ったばかりの男にペラペラと自分のこと喋っちゃってさ……」
「いや、こっちは命を救われてるから。知里さんはすごいよ」
俺もビールをあおりながら、だいぶ出来上がってきたようだ。
まだ日没前だっていうのに、お互い良いご身分だ。
こっちの世界に来ても俺は結構ろくでなしだ。
なるほど確かに〝恥知らず〟なのかも知れない。
「それはそうとさあ、そうだアンタに聞きたいことがあったんだ」
知里も結構回ってきたようで、舌足らずで発音がハッキリしなくなってきた。
「上級悪魔、いたじゃん。飛竜もか。アンタたち襲われたじゃん。それ普通ありえないんだよね?」
「はい?」
発音が不明瞭な上に、ろれつが回ってないのでうまく聞き取れないけど、重要なこと言ってる?
俺も頭が回らないので判断がつかずにいる。
「とくに上級悪魔なんて、人通りの多い街道なんかでは絶対に遭遇する敵じゃないんだ……」
知里はそう言うと、何の脈絡もなしに誰もいない隣のテーブル席を指さした。
「……えーと、そこでいつもタピオカすすってたお嬢ちゃんいたじゃん。なんて名前だっけ?」
「エルマ」
「そう、エルマ嬢。アンタがお小夜たちを連れてくる間に、あの娘にも同じことを言ったの。そしたら空に魔方陣が現れたと言っていた。召喚魔法だったって」
確かに、あの時は空に魔方陣が描かれて飛竜と悪魔が現れた。
そうだ。
今思い出しても不自然な点がいくつもある。
上級悪魔が荷馬車を狙ったかと思えば、ほとんど上空で静観していたこと。
攻撃してきたのはもっぱら飛竜のみだったこと。
「……でも、誰がその魔物を召喚して、俺たちを襲わせたんだ?」
「あたしには分からない。ただ、アンタたちは〝上級悪魔や飛竜を召喚できる奴〟に目をつけられてるということだけは確かでしょう」
知里はドライフルーツを食べながら、何か考えているようだった。
「……これは、あたしの勘なんだけどさ。ひょっとしたら、アンタ、とんでもないヤマに巻き込まれてるのかもね」
「ひょっとしなくてもそうだろうな」
俺は、苦笑いするばかりだった。




