705話・UR純愛戦士ゴッデス小夜子
女神像と同化した小夜子と怪物化した霍去病のバトルがはじまった。
まるで特撮モノのようなスケールで繰り広げられる戦いで、木々は薙ぎ倒され、地面は断層化される。
銀色の女神像は巨体からは想像できないほどのスピードで飛び回り、霍去病を圧倒しているかにみえた。
小夜子が操縦しているのか、それとも彼女の動きをトレースしているのかは分からない。
ただ、女神像と一体化したというのなら、毒ガスの影響は受けていないと思われる。
無色透明な神経ガスは肉眼では見えないけれど、薙ぎ倒された木々から離れた位置でも森の動物たちの死体がそこかしこで転がっている。
俺は戦車内のために状況を把握できないため、上空のレモリーからの情報で事態をできるだけ理解しようとしていた。
「私は神経ガスに対抗できる術はないので、空からの援護しかできませんが、現時点では小夜子さまが圧倒しています」
レモリーからの報告で、おおよその状況は理解できた。
「問題はあの包帯男だが……」
くぐもった声で、俺に「ロンレア領に向かえ」と指示してきた男は、勇者トシヒコだという。
前法王ラーとの死闘で心臓に精霊石を撃ち込まれ、意識不明の重傷を負ったはずだが、勇者自治区の病院からは彼の姿は消えていた。
魔王を討伐するほどの男が、そう簡単に死ぬとは思わなかったが、気がかりではあった。
彼の能力『天眼通』は、対象に特殊能力を付与できるという。
その力で自身は重力を操る能力を手に入れ、小夜子の障壁やミウラサキの時間操作、ヒナの超記憶による近代兵器召喚能力など、魔王を滅ぼせるチームを組織した、この世界における特異点の一人。
──おそらくあの女神像も、彼の能力で作り出したのだと思われる。
極めつけに厄介なネオ霍去病から目を離して、クロノ本国と和平を締結するのはかなり無茶な気がするが、世界を救った勇者が言うなら、ここは任せても大丈夫だろうか──。
「ネオ霍去病は過去改変能力を持っています! あなたならこの厄介さを理解できるかと思います。ここは頼みます!」
俺はあえてトシヒコの名を呼ばずに、拡声器でそう叫んだ。
「俺の『未来視』でも、奴を仕留めることはできませんでした! 可能性のひとつでしかない『未来』よりも、確定した『過去』をキャンセルする能力の方が強かったか、あるいは敵は未来にも干渉できる能力を持っているのか──」
「この雑魚が! ベラベラと喋るな! 死ね!」
突然として目の前に怪物化した霍去病があらわれた。
巨大なクマムシのケンタウロスのような異形の姿で、大剣を振り上げていた。
過去改変を応用して小夜子との戦いをキャンセルし、狙いを俺に変更したのだ。
ピンク色の戦車ごと両断されるイメージが俺の脳内に浮かぶ。
そう思った矢先、霍去病はまるで磁石が反発したように元の場所へと弾き飛ばされていった。
「貸しは何度目だったかな、恥知らず」
くぐもった声で、そう茶化された。
いまの能力は重力操作に間違いはないだろう。
「まさかあなたがここにいるなんて」
体中を包帯でグルグル巻きにしている、某幕末剣士バトル漫画の悪役のような姿の男は、戦車の砲身に軽く腰掛けると肩をすくめた。
「鬼畜令嬢から聞いてなかったか? とっておきの隠し球があるって」
そういえばエルマがそんなことを言っていたような気がするが、奴は普段からロクなことを言わないので気にも留めていなかった。
「まあいいや。そうか恥知らず、あの騎士から『未来視』を盗んだのか。泥棒はよくないぜ?」
彼はおどけた様子で、軽く俺を指さした。
そのもう一方の手には、小夜子が持っていたはずの太刀〝濡れ烏〟が握られている。
普段は小夜子に預けているか、本来は勇者トシヒコの愛刀──。
存在そのものを歴史上から消し去るという、途方もなく邪悪な異能を持っている。
かつて1000年君臨した魔王の名前も存在も、その刀によって消し去られた。
だからこの世界で魔王の名を覚えている者はいない。
思わず背筋に寒気が走った。
〝濡れ烏〟の真の能力は、性格の優しい小夜子では決して発現しないという。
勇者トシヒコがその刀を手にしたということは、本気だ。
俺は少しだけネオ霍去病に哀れみを感じた。
「なあ恥知らず。勇者トシヒコと小夜ちゃんが結婚する未来が見えたら絶賛おしえてくれよ。そのルート最優先だからな!」
「はい?」
唐突に聞かれて面食らっている間に、勇者トシヒコだと思われる包帯男は戦場に消えていった。
確か彼は花火大会でラーの妹、アニマ王女と婚約したばかりだと思ったけれど、あれは反故にされたのだろうか──。
「レモリー。この場は彼らに任せて大丈夫だろう。俺たちはロンレア領で和平条約を調印してクロノ王国正規軍を撤兵させる。行こう」
俺は通信機で上空のレモリーにそう告げて、戦車を東に走らせた。
風の精霊と同化していた彼女もしばらく空を泳いだ後、戦車内で合流した。
俺たちは軽くキスを交わした後、ロンレア領へと向かった。




