703話・謎の影
小夜子は無敵の障壁能力『乙女の恥じらい』によって、攻撃魔法も物理攻撃も効かない。
ただし発動条件が「恥ずかしい」という気持ちのときでないといけないので、いつもほぼ裸で戦っている。
心が読める知里によれば、実は小夜子は「見られるのが好き」という性癖もあるらしく、常に障壁を発動できるかといえば微妙らしいのだが、よく心のバランスをとっているのだと感心した。
ただ、物理も魔法も無効の無敵のバリア能力とはいえ、毒ガスを防げるかは微妙だ。
それに市街地とは違い、誰も見ていない戦場で、相手も怪物化していれば「恥ずかしい」という感情が生まれにくいのではないか──。
と、いうか彼女は現在、障壁を発動させているのか──?
前の戦いもそうだったけど、四肢に小さな傷を負っていたことは気になった。
それに“近未来くのいちスーツ”もところどころ破けている。
ひょっとしたら、障壁は発動していないのではないか──?
昭和の女性だから根性で戦っているのかもしれない──。
そう思った俺は、毒の危険も承知の上で戦場に乱入した。
「小夜子さん! がんばれー! ボロボロの女忍者姿でお尻丸出しで戦ってて大丈夫? おっぱいが見えてしまうんじゃないか心配だー」
俺は通信機を拡声器モードにして、棒読みの声を響かせた。
「直行くん! 猛毒だから来ちゃダメー!」
小夜子はいい塩梅に切れ目の入った胸元を隠しながら俺を制した。
ポワッと彼女の周囲にピンク色の障壁が浮かんだ。
俺の心配は当たっていたようだった。
彼女は防御障壁を発動せず、文字通りほぼ裸で戦っていた。
セクハラ的な観点では完全にアウトだが、俺の一言で小夜子の動きは格段に冴えた。
俊敏な牝豹のような動作で怪物化した霍去病の背後を取ると、脊髄めがけて太刀を入れた。
完璧な殺傷ポイントだが、この斬撃もキャンセルされることは間違いないだろう。
俺は『未来視』を発動させて霍去病が再起動する位置を確認すると、戦車のハッチを開けて虚空に石を投げつけた。
「小夜子さん! 未来を読んで敵の再登場地点を知らせる! おっぱいの中身が見えそうだけど気にしないでピンポイントで攻撃してくれ」
「もう! 直行くん! 変なこと言わないで!」
ガスマスクを装着しているので小夜子の表情は分からないけれど、上ずった声で答えた。
心なしか露出した肌が上気しているように見え、ピンク色の障壁は強く濃くなっていった。
「おのれ恥知らず!」
怪物化した霍去病の巨躯から、雷鳴のような声が響いた。
エルマが使用した〝見えない神経ガス〟を取り込み、それを自身の能力としてまき散らしている。
レモリーが上空から風を送り、毒ガスをこちらに流れないように調整してくれているが、いかんせん見えない攻撃である以上、万全な効果は期待できない。
それでも、防毒マスクの効果もあって、俺たちは戦闘を継続することができた。
問題は霍去病の過去改変の能力で、今のままではまず勝ち目がないことだ。
剣技では小夜子が圧倒しているものの、倒しても倒しても無限コンテニューであらわれる敵には、やがてこちらの体力も限界になる。
ましてや猛毒の中での戦闘──。
いくら俺が『未来視』を能力を持っているといっても、その未来が確定されているわけではなく、可能性のひとつが見えるに過ぎない。
だから行動を変えて、最悪な未来を避けることはできた。
一方、霍去病の能力は『過去改変』で、起こったことをリセットする。
不確定な未来予測と確定的な過去改変がまともに戦ったら、どうしたって俺たちに分が悪い。
せめてもの救いは、ネオ霍去病がそこまでの戦闘巧者ではない点だ。
倒せないまでも俺たちが厄介な相手を足止めしている間に、前法王ラー・スノールによる停戦を決めてしまえば、〝七福人〟たちから戦う理由を奪える。
本国の停戦命令を無視すれば、彼らは政治的に孤立する。
霍去病がどう動くかは完全に未知数だ。
俺の『未来視』でも複数の可能性が入り乱れていて、正直対策は難しい。
過去改変能力を持つテロリストなんて最悪な未来もある。
だから、どうにかしてここで討ち取りたいところだが、俺たちには決め手に欠ける。
「──む?」
そんなことを思っていた矢先、奇妙な変化に気がついた。
ネオ霍去病と戦っている小夜子が、しきりと周囲を気にしているようだ。
上空に目をやると、風を操り毒ガスを風下に流していたレモリーの動きが止まっている。
俺の未来視に銀色の鎧をまとって戦う小夜子の姿が浮かんだかと思うと、影の中から誰かがあらわれた。
怒り得る可能性ではなく、突然割って入ってきたかのような鮮烈な映像だった。
「直行さま。この気配は……ありえないことです」
上空のレモリーは、動揺していた。
しかし不穏な空気ではなく、ただ驚いている様子だった。
ガスマスクを装着している小夜子の表情は分からないけれど、警戒している様子ではなく、周囲を気にしている、といった反応だった。
一方、怪物化したネオ霍去病はかつてないほど険しい表情で周囲を伺っている。
そのとき俺の頭の中にイメージが浮かんだ。
細長い手足を持つ、ミイラのような包帯姿の存在が、俺の脳裏にチラついた。




